二階の階段室に行って、テッドが先にくすねてきた鍵で開錠する。
敵も強いはずなのだが、このメンバーの前ではそのへんのもさもさとたいして変わらない。
「手ごたえがないわねぇ」
「最終決戦に向けて力を温存できるのはいいことです」
「今までの敵の中で一番手応えがあったのがもさもさっていうのは、敵ながらどうかと思うわ」
「…………」
それは兵士のせいじゃなくて俺達のレベルのせいです。
あとあの光るもさもさは基本倒せなくていいやつです。
テッドは心の中でだけ突っ込んだ。
敵をぶち倒しながら長い長い階段を上がりきると、枯木の前に佇むクレイの姿があった。
「……戻ってきたか。罰の紋章よ……」
「ついでに俺もな……」
独り言のように呟きながら、しっかりクロス達の耳にも聞こえる音量で言ってくれるあたり親切だ。
ぼそりと一人返したテッドに、振り向いたクレイは哀れみの視線をくれた。
嬉しくない。
「紋章が見せる過去……あなたにだって見えたでしょう」
「…………」
「ならば、この手に戻し、自分で確認するとしましょう」
無言のままのクロスに、クレイは右手をゆっくりと振り上げた。
右手に光が集まり、枯れ木だった葉に光がともる。
銀、橙、青、緑、黄色と色を変える葉と共に、枝が力を取り戻し、大きく枝葉を震わせて嘶いた。
枝のそこかしこで小さく光っているのは紋章弾か。
枝の上に煌々と光が収束し始める。
「撃つ気かしら」
「でしょうね……あまり長引かせたくはないですね」
「そんな心配はたぶん要らないと思うけど」
「……だな」
その言葉はまさしく正しかった。
クロスもテッドも紋章フル稼働。
シグルドとフレアは遠距離攻撃ばっちりで、多少寝たところでシグルドかテッドのどちらかが起きていれば装備している流水の紋章の「優しさの流れ」で眠りから全員回復できる。
ていうか一度攻撃受けたら普通に起きるし。そして体力はほとんど減らないし。
そうして片手で足りるターン数の間に、断末魔と共にどうっと巨大樹は倒れ、白くなった。
紋章弾が爆発して全体へと引火し、ぼろぼろと崩れ落ちていく。
「私を受け入れぬか……罰の紋章よ……。かつて切り落とされたこの身には、二度と戻ってきたくはないと……?」
「いやぁ……そもそも真の紋章って美形好きだから……無理じゃないかなぁ……」
「…………」
「ていうか息子さんはとっくに成仏(?)しちゃってるから、宿してもたぶん会えないよ?」
「……なんだと……?」
「というわけで、フレア」
「はいはーい。眠りの風」
「……ぐ……」
「というわけでクレイもお持ち帰りするからね」
「するのか」
「後味悪いじゃん? エレノアとの麗しき師弟劇場はぜひ甲板で大々的にやってもらいたい」
「……本人達が全力で拒否しそうだ」
「ほらテッド、ちんたらしてると瓦礫に潰されちゃうよ」
「お、おう」
言われてテッドは慌てて後を追おうとする。
それから少し考えて、背中にしょっていたスコップをそっとその場に置いた。
「さらばだスコップ……!」
これでこいつともおさらばなはずだ!
戻ってくるなよと心から念じて、テッドは最上階を後にした。
船に戻ればすっかり凱旋ムードだった。
けれど、クロスにはまだひとつ戦いが残っている。
「私と戦え、クロス」
「…………」
無言でクロスはトロイの待つ小船へ飛び移った。
甲板では皆がこの戦いの行く末を、固唾を呑んで見守っている。
クールークはすでに群島からの撤退を余儀なくされている以上、トロイとの戦いは受ける必要のないものでもあった。
けれど、誰もが心のどこかで期待していた。
海神の申し子と呼ばれる伝説の存在と、軍主であるクロスとの戦いを。
「あのさ」
剣を互いに構えた状態でクロスが妙に拍子抜けする声を出した。
「これに僕が勝ったら、ひとつ聞いてほしいことがあるんだけど」
「……ずいぶんと余裕だな」
「負けるつもりはさらっさらないんで」
すう、とクロスの目が細められる。
いきなり増した威圧感に、トロイが一瞬ひるんだ。
だがすぐにトロイも表情を引き締めて、剣をまっすぐに構える。
「ゆくぞ」
「手加減は、しない」
だんっ、と地面を強く蹴ってトロイが前に出る。
繰り出される剣はクロスが避けた事で宙を切った。
「はあっ!」
クロスの剣が下からトロイへと迫る。
すばやく剣を戻してその一撃を受け止めたトロイは、足でクロスの体勢を崩そうと蹴りを出した。
イレギュラーな戦法は、訓練された騎士団員ならばひっかかるものだが、いかんせんクロスが未来で戦っているのは手足も頭もなんでもありな連中なので、クロスは体をひねって軽くかわす。
右の剣でトロイの剣を絡め取ったまま、左の剣をがら空きになった腹に叩き込んだ。
息を詰めてふっとんだトロイに追い討ちをかけるように、クロスは懐に飛び込むと思いきり剣の腹の部分でトロイの手首を打ち付ける。
音は間抜けだが、あれは実際やられると非常に痛い。
それでも剣を離さないトロイの根性は凄いと思うが、足払いをかけられその場に倒されたトロイに逃げ場はなかった。
剣を持つ手首を足で押さえられ、首元に剣をつきつけられて、トロイは諦めたように体から力を抜いた。
「決着はついた」
「……貴様に感謝する。私は最後まで武人でいられた」
「じゃあこれからは漁師としてでも生きれば?」
「……は?」
「死んで楽になろうったってそうはいかないからねー。ヘルムートとコルトンはうちにいるし、クールークで残務処理するでも漁師になるでも隠遁生活送るでもなんでもいいけど――死ぬのだけは許さない」
呆然としているトロイの手から剣を弾き飛ばして、クロスはトロイを見下ろしてにっこりと笑った。
この距離ではよく見えないが、トロイが息を止めているのは分かった。
……クロス、地味に怒ってんな。
フリーズしているトロイを笑顔で黙らせて船に引きずりあげる。
ヘルムートが駆け寄ってきて、トロイにしがみついた。
「トロイ様!」
縋りついて泣く部下に、トロイもさすがに思うところがあったのか眉尻を下げている。
牢に入っていたはずのコルトンまでいつの間にかいるが、ここでそれに突っ込むのは野暮だろう。
「感動の対面シーンだな……いいのか、ほっといて」
「たとえクールークに戻ったとしても、トロイなら少しはマシな風にするでしょ。……そしたらイスカスみたいなバカが動かないかもしれないし」
「イスカス?」
「最後にカツオになったラスボス」
「……ああ」
「もしかしてラプソディアまでやるのかなー。そしたら今度はテッドも参戦だよねー」
「ホントカンベンシテクダサイ」
胃がもたねぇ、と腹を押さえて呻くテッドにクロスがからからと笑う。
と、その時。陸から轟音が響いて、全員がそちらを振り返った。
「要塞が……!」
「あ」
「……そういや」
クールークの本拠地が爆発して、それから。
「要塞の爆破の余波がここまでくるんだっけ☆」
「それを先に思い出せぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「舵を今すぐ切れ!!」
「だめです、間に合いません! このままだと船が転覆します!!」
「くそ……ここまでか……!」
「あー」
「……これで終了、か?」
「だねぇ」
クロスは甲板の先へ走った。テッドもそれに倣う。
立っているのも厳しい風圧の中、クロスは紋章を開放した。
周りに光が満ちる。
全てをかき消すような光と叫びが空間を満たし……突如、ぴたりと止んだ。
眩しさに目を閉じていたテッドは瞼を持ち上げる。見れば、他の皆は目を閉じた状態で固まっていた。
「そういやTの時もこんなだったなぁ……」
「――お疲れ様でした、二人とも」
ふぉん、とレックナートが現れた。
クロスがことりと首を傾げる。
「えーっと……これで、終了?」
「はい。さぁ、元の世界に戻りましょう」
「……なぁ」
「はい?」
「もっかい聞くけど、ほんっとーに、あんた、黒幕だったりしねぇの?」
「違います」
戻りますよ、とレックナートは手を掲げた。
ああ、今回も俺は振り回されただけだったな……。
テッドは最後に溜息をひとつ世界に残した。