海戦に勝利し、別働隊が要塞へともぐりこむ。
くれぐれもエレノアをよろしく、と別れ際にテッドへ言ったクロスは、周囲には軍師の身を案ずる軍主の姿に見えたに違いない。
現にミレイなどは涙ぐんでいた。
しかし実際のところは「首根っこ引っ掴んで連れ戻せ」という命令だと分かっているので、テッドとしては感動も何もない。
失敗した時の事を考えると俄然気合は入ったが。
人気のない代わりに明かりもない水路からようやく地面に降りる。
小船に五人が膝をつき合わせていたせいで体を伸ばすと筋が嫌な音を立てた。
「先頭は私が進もう。殿はテッド、頼めるか」
「わーった」
「エレノアはその前。戦闘になった場合はすぐに離れろ」
「わかっているさ。無理言ってついてきたんだ。邪魔はしないよ」
先頭からキカ、ブランド、ビッキー、エレノア、テッドの順で上の階を目指して進み始める。
ほとんどの兵士が海戦に参加していたのか、水路からの道筋は比較的手薄ではあった。
時折戦闘になってもキカの指示は的確だったし、戦力的にもそのへんの雑魚に負けるような連中ではない。
何よりこの面子、ボケがいないからさくさく進む。
クレイがどこにいるか探しはするが、アイテム漁りもしないし兵士にわざわざ突っ込んでなけなしの経験値をぶん取るような所業もしない。
こんな楽な進軍初めてかもしんねぇ、と逆に物足りなさを覚えているテッドだった……ナレーションに割り込むな、物足りなさなんぞ覚えてねぇ。
さくさく三階までの探索を終了し、四階へと階段を上っていると、エレノアがやや遅れてきた。
さすがにこの階段は年寄りにはきついかと言えば、脇腹に肘で一撃入れられる。
「……バアさんの癖にいい肘してんじゃねぇか」
「バカなこと言ってんじゃないよ。……あんた、どうせクロスにあたしが妙なことしでかさないか見張れって言われてるんだろう」
「ああ」
「否定しないのかい」
「口止めされてねーからな」
「なら話は早いさ。あたしのことはほっといてくれないかい」
「嫌だ」
「……あんたがクロスの言うことをそこまで律儀に守る性格には見えないんだけどね」
「あいつが本気で怒った時の恐ろしさを知らねぇからそんなこと言えるんだ……それに、俺だって」
「遅れているぞ」
言いかけたところで、先頭の方から声がかかった。
話している間にずいぶんと距離を開けられてしまったらしい。
追いついたところで四階に到着し、探索が始まってしまえば会話も打ち切られた。
四階の一室、制御室らしきところにクレイはいた。
振り返ったクレイは、エレノアの姿を認めて瞠目する。
「!! ……なぜあなたが……ここに……?」
「久しぶりだね……。あんたの噂を聞いて、あたしもじっとしていられなくなったのさ」
「……なるほど、そういうことですか。あなたですね? 赤月帝国軍が北の国境を突破してきたなどという情報を流したのは」
「その通り、あたしさ。ついでに言うと、情報はでまかせじゃないよ」
「……ふむ、故郷の御家族を使いましたか。手回しがお上手なのは、相変わらず……。衰えていませんな」
そんなことしてたのか。
酒ばっか飲んでるわけではなく、クロス達が寄り道しまくってる間にちゃんと軍師っぽい事もしてたのか。
ちょっと感心したテッドの前で、クレイが意味ありげに左手を上げる。
その腕から鋭いものが飛んできたのを、テッドのスコップが華麗に防いだ。
甲高い音で跳ね返されたそれは地面に落ちる。
「針……毒針か」
見覚えのあるようなないような武器だったが、追及しない事にした。
一〇八+αが五作以上も出ていれば、武器なんていくらでも被るだろう。
「いい反射神経ですね……いいでしょう、ではこれでカタをつけてさしあげる」
言ったクレイの左手に光が集まりだす。
「疾走する雷撃!」
ビッキーの先制攻撃がクレイに叩き込まれた。
しかし雷撃が静まった後、クレイは平然とした顔で元の位置に立っている。
よく見れば、クレイの周囲の空気が歪んでいる。
「魔法耐性のシールドでも展開しているのか」
「厄介だな」
「本当にそう思うか?」
「へ?」
さっくりとキカに問い返されて、テッドは目を瞬いた。
キカ→双剣使いの伝説の海賊
ブランド→片手使えないけど歴戦の猛者
ビッキー→桁外れ魔法少女
テッド→人外レベル
「……いや、厄介じゃないな」
「ではいくぞ! はあっ!!」
「ふん!」
「いっきまーす……天雷!!」
「……すまんが成仏してくれや。裁き☆」
グレアム=クレイ。Lv.50、HP4000。
この面子の前では魔法シールドなどあってないようなものだった。
顔を歪めたクレイは踵を返すとどこかへと逃げ去っていく。
それを見逃したのは、単にエレノアが止めたからだ。
「じゃ、合流地点へ戻っとくれ。ここの細工は、あたし一人でいい」
「何バカなこと言ってんだ」
「そうだ。クレイが戻ってくる可能性もある」
「奴の行く場所は他にある。見当はついてるよ。それより、帰り道の安全の確保をお願いしたいね」
「細工はテッドに任せて行けばいい」
「……あのバカ弟子の始末はあたしが取りたいんだよ。悪いが」
とすっ
どさっ
「「…………」」
「さ、戻るぞ」
昏倒したエレノアを担いで凛々しく言ったキカに、テッドは思わず声をかけていた。
「……キカさん……?」
「私も出立前にクロスから頼まれていてな。エレノアがごねたら一発喰らわせてでも連れ帰れと」
「…………」
あれー? 俺必要ないですかー?
「急ごう。ビッキー、テッドと一緒に後から戻ってきてもらえるか?」
「はーい」
「……俺が細工係デスネ」
キカとブランド(とエレノア)を見送って、テッドは紋章砲に細工を施す。
ぶっちゃけ途中で面倒になったので短縮版裁きを使ったりしてみたが、使えなくなればいいわけだから問題はないだろう。たぶん。
「テッドさん、できました?」
「おー。……あ、ちょい待ち」
「?」
テレポートしようとしたビッキーを止めて、テッドは隣の部屋へ入った。
机の中身をひっくりかえして「階段室の鍵」を入手する。
出かけにクロスから頼まれていたもうひとつの指令はこれだった。
いちいち四階まで行くのめんどい」とのたまったクロスだったが、テッドとしても奴らと戦闘する時間が少しでも減るのであればこれくらいは引き受ける。
「もういいぜ」
「いっきまーす」
くしゅん、と可愛いくしゃみと共に、要塞の裏口にまで戻される。
そこにはクロス達がすでにスタンバっていた。
「おつかれ様です」
「鍵はちゃんと取ってきてくれたよね?」
「おう」
「じゃあ行きましょうか」
「ビッキーはキカ達がここまで戻ってきたらテレポートで本拠地まで戻ってね」
「わかりました」
ビッキーに見送られて四人は要塞へと侵入した。
テッドにとってはこれで二度目だ。