猛スピードで進んでいるが、その合間で仲間はしっかり集まっている。
このあたりはさすがだと思うが、それにことごとく付き合わされるテッドの精神的疲労は半端なかった。

なにせあれから常にシグルドも共にいるのだ。
残りの一人はキカだったりビッキーだったりブランドだったりと色々変わるが、大抵が空気を読まないスキルを身につけている。
ブランドは空気は読めるが、彼は彼でキカの対処に忙しいらしく、テッドについては祟らぬ何とやらとばかりに手伝っては一切くれない。
クロスもすっかりシグルドといい感じになっていて、正直テッドとしては二人で行ってくれと思う。
戦力的にも雰囲気的にも俺はいらないと思う。

輪をかけていただけないのは、そんな空気を感じ取ってかちらほらとテッドへ同情の視線が寄せられる事だ。
二人に巻き添えを食らわされている……という意味合いでならともかく、傍から見るとテッドは「クロスをシグルドに取られた」と見られているらしい。

不本意だ。非常に不本意だ。
不本意すぎて一度その出所を探してみたが、ケネスが言うには「初期からずっと一緒にいたからな」というわけで、どこかしらか煙が立ち上って火がつき広まっていたようだった。
ついでにケネスは特に消火してくれなかったらしい。
ちくしょう俺の味方はどこだ。

しかしそれを理由にパーティを抜けさせてくれと言ったところで、クロスが認めてくれるわけもなかった。
「テッド。テーッドー」
トントントンと執拗に繰り返されるノックに、テッドは布団から頭だけ出して怒鳴り返す。今日こそは。今日こそは行ってなるものか。
「うっせぇ! 俺は今日行きたくねぇんだよ!」
そうするとぴたりとノックが止んだので、やれやれと思って布団に潜りこもうとした刹那。


ドッ

ガッ、ゴッ、ガキッ


「テッド、さあ行こうか☆」
晴れやかな笑顔でぶっ壊れた扉にもたれかかって、クロスがそこに立っていた。
ちなみにドアがこの調子で破られるのは、両手の数でも足りなくなっている。

「おまっ……一体誰が直すと思ってんだ!」
「テッド」
「…………」
程度の差こそあれ三日に一度は必要となるテッドの部屋のドアの修繕は、最早テッドの習慣になっていた。
最初の内はトーブに頼んでいたのだが、あまりに頻繁すぎるので、自力で直せと言われてしまった。
「壊されるってわかってるんだから、最初からおとなしく出てこればいいのに」
「お前が壊さなきゃいいんだろ!」
「テッドが出てこない方が悪いんじゃない」
「どうしてそうなる!」
甘いね、とクロスは指を立てて振ってみせた。
「テッド、今は僕の二周目なんだよ? 軍主は僕」
「俺にだって休む権利があるだろうが!?」
「パーティを組む権限は僕にあるわけ。というわけでぽちっとな」
「横暴だ!?」
絶叫したテッドだったが、すでにパーティに登録されてしまったとなっては抵抗など意味がない。
この強制連行は早朝に行われるため、テッドがこんな理不尽な扱いを受けている事を知る者はあまりいない。

「つーかマジで寝かせてくれ……」
「夜早く寝ればいいじゃない。エレノアの酒飲みになんて付き合ってるから」
「酒でも飲まなきゃやってられっか!」
酒場で飲むには煩すぎるし、まとわりついてくる奴もいるし(先日とうとうアルドが加入した)、見かけ少年の域を越えるか越えないかな風貌のテッドを見て「それ以上はだめ」と酒を取り上げてくる奴までいる。
その点エレノアの部屋は静かだし、エレノアとの会話はないに等しい。
あるとすればどこの酒が美味いとかそういう程度だ。

「エレノアと仲いいよねえ」
「バアさんと酒の趣味は合う」
「へぇ。今度僕も一緒したいなぁ」
「で、今日はどこに行くんだ」
尋ねたテッドに、クロスは何食わぬ顔で言った。
「オベル」
「…………」
「今日の予定はオベル奪還だよ」
「…………」
「金印はリノさんに突っ返したし。オベルを奪還したら後はクールークを撃退するだけだからね」
「そんなあっさり進むもんなのか」
「霧の船イベントないしね」
「…………」
「やっぱりテッドがいると出てこないんだねぇ霧の船」
それは始まった直後にテッドが船長をぶっ倒してしまったからです。
  
何はともあれオベル奪還である。
長かった、とリノが感慨深く呟いている。
驚くほどあっさりとここまでこれたと思ってはいたが、日数の問題ではないのだろう。
だがしかし、テッドは笑いを堪えるのに必死で、そこまで突っ込めなかった。
「前方、敵第二艦隊です!」
「よし、計画通りに進めとくれ」
エレノアの合図と同時にリノが甲板の先端で声を張り上げる。

「私はオベル国王、リノ=エン=クルデス! オベルの地を、再び我がもとに! 我の血、再びオベルのもとに!! いざ……参る!!」
 言っている事は格好いい。格好いいのだが、あの独特のセンスが滲み出る服は一体どうした。

「正装キター!」
「あれが正装!? まじでか!?」
「まじもんです」
「てことはお前もあれを着るかもしれなかったのか」
「その時はまず最初に王族の正装のリニューアルを強行するね」
頑なにクロスがリノとの血縁を認めたくなかったのって、もしかしてあの服が原因の一端を担ってたんじゃなかろうかとちらっと思ったテッドだった。

怒涛の速さで海戦を片付け、クールークの艦隊を撃沈し、なんの躊躇いもなくクロスの紋章発動イベントをこなし、彼らは再びオベルの地を踏んだ。
「クロス! テッド!」
たんっ、と軽いステップで桟橋へ降りてきたフレアが二人のもとに駆け寄ってくる。
隣で腕を広げて待っていたリノが膝をついて泣いていた。
父親を先に呼んでやれよ。

「フレア、無事だったんだね」
「ええ。島の皆は元気よ。クロス達も元気そうね」
「……フレア……父さんの心配をしてくれ……」
「見るからに元気そうね父さん。安心したわ」
「フレア……!」
にっこりと微笑んだフレアにリノの表情が明るくなる。
そのまま抱きつこうとする父親を足であしらって、フレアはクロスの隣に立つシグルドに視線を移した。

「はじめまして。フレアよ。クロスと父がお世話になりました」
「シグルドと申します。お噂は以前よりかねがね」
「おてんばって?」
「凛々しいと」

うふふふふふふ。
ははははははは。

「…………」
最怖タッグが形成された瞬間に立ち会っている気分だ。実際最怖タッグになるのだが。
少しだけ横にずれてテッドはこの場から逃げ出したいなと本気で思った。
と、そこへ。

「クロス!」
「「あ」」
「そういえば、あの人もずいぶんと心配してたのよ」
石段を駆け下りてきたのはグレンだった。
団長だ、とラズリル船の上からいくつもの声が降ってくる。
ラズリル船からも何人か降りてきた。ケネス、タル、ポーラ、ジュエルの四人だ。
喜色を浮かべているタル達と違って、ケネスだけはどことなく焦りの色を浮かべている。

クロスもケネスと同じだった。
真相を知るものはケネスとクロスとテッドしかいないのだが、グレンはオベルに置いてきぼりを食っている。
そして食らわせたのは間違いなくこの三人だった。
出会い頭に「どうして俺を置いていった!」と叫ばれでもしたらアウトである。色々な意味で終わる。

内心冷や汗をかきつつグレンを出迎えたクロスの頭に、グレンが手を置いた。
「オベルにいても噂は聞こえてきたぞ。頑張ったな」
「は、はい……」
ぐりぐりと乱暴に頭を撫で回されて、巻いているバンダナがずれる。
落ちてきたそれを掌で押さえて、クロスはほっと溜息を吐いた。
どうやら怒ってはいないようだ。
考えてみれば、グレンは元々細かい事にはこだわらない性質だった。
それに怒った事は多々あれど、後々にまでそれを引きずるような男でもなかった。

よかった、とクロスはケネスと目配せをして肩の力を抜く。しかしそこでグレンが「しかし」と続けた。
「だがあの時俺が島を駆け回っている間に崖から轟音が聞こえた時は驚いたぞ」
「「!!」」
「まさかおいて――」
「僕らも驚きましたよ!」
「団長が自らオベルに残るって聞いた時にもびっくりしましたけど!」
「けど、オベルの人達のことを思って残ったって聞いて、感激しました! さすが団長です!!」
「あ、ああ……?」
捲し立てるケネスとクロスの勢いに呑まれて、グレンは戸惑いながらも頷く。
「船に団長の姿がなかった時はどうしたのかと思ったけど、話を聞いたら納得しました」
「俺達の団長はやっぱり凄いぜ!」
「ええ」
困惑気味のグレンだが、ジュエル達がうまい事乗ってくれたおかげでごまかせそうだった。
だんだん自分でもその気になってきたのか、グレンもそれなりな表情をしている。

「なんとか乗り切ったな……」
「ふう……」
「お前ら……」
「「元は言わなかったテッドが悪いんだからな」」
「お前らが言えることか!?」



――何はともあれ、残すは最終決戦のみである。