石灰棚の島を駆けずり回っていたテッドが回収されたのは、ネイ島の島長に話をつけた後だった。
テッドを迎えにきたクロスの腕には、しっかりとケヴィンとパム特製の饅頭が入った袋があった。
そこまできっちり進めてきたか。
「テッド、どれくらい回収できた?」
「……二十くらい、か?」
「コンプリートできてないのかぁ……せっかく瞬きの手鏡貸しておいてあげたのに」
「お前あの地図頼りに一人で二十だぞ!?」
「ルネがいたでしょ?」
「掘るしかしねぇし! 俺がスコップ持ってたらそれすら手伝わされるし!」
「はいはいお疲れ様でしたー」
「心が篭ってねぇ……」
「残りの宝は後で集めに行くとして、これからラズリル奪還だから、ちゃんとスコップの泥落としておいてね」
「…………」
「一緒に戻ろうね☆」
「俺、最後まで宝探しを」
「ダメ。なんのために連れ戻しにきたと思ってるのさ」
「嫌だ! あそこには行きたくない!」
「僕だって嫌だよ!!」
やはり巻き込むために呼びにきたのかと、テッドは逃れられないらしい運命に涙した。
シナリオもこのあたりになればテッドも加入していたので、だいたいの流れは分かる。
考えてみれば初期から引きずり回されるのも散々だったが、あんなローブ着てあんな問答をしてあんなこっぱずかしいセリフを吐いて、踏み板が外れてギャグもいいとこな落ち方をして……なイベントをやらないで済んだだけよかったのかもしれない。
それはともかく、ラズリルの解放については、クールークの艦隊を倒してクロスの冤罪を晴らしてめでたしめでたしだったはずだ。
町の人間はクロスに友好的だったし、フィンガーフート家との確執は多少あったが、そこまでクロスが嫌がる事も、ましてやテッドが拒むような事もなかった。
前回は。
残念な事に今回は冤罪だったり冤罪じゃなかったりする。
「団長殺人未遂は確かに冤罪だが……」
「拉致も冤罪だってばテッド」
「……問題は」
「置いてきたことだよねぇ……」
乾いた笑みを浮かべてクロスは笑う。
ケネスと二人で「オベルに残った」という偽シナリオは作ったが、島民全体にそれを説明するのは骨が折れる。
「だから僕は先にオベルがいいって言ったのに!!」
「いや、それは無理だろ」
シナリオではオベルを奪回したら次はもう最終決戦、目指せクールークだ。
戦力的にはまぁできなくもない気がするが、オベルを先に奪還したら、確実にラズリルが霞む。
「じきにラズリルの周辺海域に入ります!」
見張りの声に、クロスの表情が変わった。
「仕方がない……こうなったら腹を括ろう」
「頑張れ!」
「テッドは何も言わなくていいからね。何を聞かれても答えないように。口を滑らせたら今度こそ……消す」
わき、と左手を動かすクロスの目は本気だった。カタリナの時の事を根に持っているらしい。
口を閉じる仕草をして、テッドはこくこくと頷いた。
やがてラズリルの島影が見えてきた。
同時に、黒い点がこちらに向かって動いてくる。
頭上からニコの声が甲板に響き渡った。
「来ます! クールーク艦隊です!」
「全員戦闘配備!!」
号令と同時に、甲板が一層慌しさを増す。
クールーク艦隊はガイエン海上騎士団の船を連れていたが、クロス達が乗っているのに気付くと早々に寝返ってくれた。
クールークよ。そう簡単に寝返られていいのか。
というわけで海戦終了。
「くそっ……!! かくなる上は……!! 十字軍、クロス殿。我が艦隊の負けだ。我々は降伏する。これ以上、互いに犠牲者を出したくはない。私の部下を……引き取ってくれるか? 私は、好きにしていただいて構わぬ。それくらいの覚悟はできている」
甲板の上、戦意がない証明として武器を床に捨てたヘルムートの言葉に、クロスは聞き返した。
「本当に好きにしていい?」
「軍人に二言はない」
悔しげな表情をしつつも撤回しないヘルムートに、クールーク兵達から「艦長!」と悲壮な声があがる。
「たとえば、ナルシー装備で固めた状態で戦闘してほしいとか、フンドシ姿で投網漁やってほしいとかでも?」
「えげつねぇ……」
「……軍人に、二言、は、ない」
あ、ちょっと怯んだ。
それでも撤回しない軍人精神は凄いかもしれない。見習うつもりはないが。
「艦長! そんな……フンドシだったら俺がかわりに!」
「そうだ! やるなら俺達にやれー!!」
「わかった。じゃあフンドシ投網は彼らにやってもらうとして、ヘルムート、君には別の課題を与えよう」
クロスはそう言ってにんまりと笑った。その笑みにヘルムートの表情が固くなる。
ヘルムート、迂闊な事を言うからそうなるんだ。
「好きにしていい」なんて、「いじってください」と同義だ。
「美青年攻撃メンバーラスト一人加入ー!!」
「び……え?」
「やっと見れるー!」
楽しげなクロスに、ヘルムートはわけが分からぬままにその場に立ち尽くしていた。
「……ついに……戻ってきたんだな」
ケネスが感慨深そうに言う。その心中はいかばかりか。
「お前ら、無事だったんだな!」
「カタリナさんも一緒だったんだね……よかった」
「しかし、団長の姿が見えませんが……一緒だったのではないのですか?」
出迎えた騎士団の同窓生達を前に、クロスとケネスは顔を見合わせて小さく頷いた。
「団長は、オベルに残って島民をまとめているんだ」
「え、オベル?」
「僕達、オベルの船に拾われたんだ。そこでしばらく働いていたんだけど、クールークの襲撃に遭ってオベルは占領されてしまった……」
「俺達はリノ王の作った船で一度逃げることになったんだが、団長は残る人も必要だからと言って……な」
「そうだったのか……」
「なんか、団長らしいね!」
「それなら私達も、頑張らないといけませんね」
「ああ、団長を皆で迎えに行こうぜ!」
盛り上がる団員達から少し離れたところで待機しているテッドは、顔を引き攣らせて呟いた。
「……俺は今、詐欺の現場を見ている気がする」
「クロスが白と言えば白ですよ?」
「どこの信奉者のセリフだ!」
かく言うテッドは万が一口を滑らせて余計な事を言われては困ると仲間外れ中。
カタリナの時の前科があるので特に文句はない。
むしろ口を滑らせたら今度はクロスとシグルドのダブルアタックを確実に喰らうのでぜひともハブっていただきたい。
クロスがラズリルの人々の前で簡単な演説を終えると、大反響だった。
タル達が事前にグレンの事を広めてくれた事もあるだろう、士気がずいぶんと高い。
「さすが団長……すごい存在感だ」
「その存在感のある人物を忘れてた奴はどこのどいつだ」
「やだなテッド、他人事みたいに」
「俺は今回が初対面だがお前らは長年一緒だったんだろうが……」
明らかに罪の重さが違うだろ、と小声で突っ込んでいると、となんか太ったおっさんが出てきた。
「あ、スノウパパ」
「あれがか」
言われてみれば確かにそっくりだ。主に外ハネが。
スノウパパはぷりぷりと怒っている。
クロスを睨みつけて、ふん、と鼻を鳴らした。
「私の土地で、何を勝手に……! あなた方のような、恩知らずのならず者には痛い目にあってもら……ひっ!?」
スノウパパのセリフが終わるより前に、かかかっと小気味いい音と共に、スノウパパと引き連れた兵士達を取り巻くようにナイフが石畳に突き刺さっていた。
投げたのは当然シグルドだ。
シグルドから立ち上る真黒オーラに、スノウパパは顔色を一気に悪くする。
「……あ、あなた達がこの土地を欲するのでしたら、取引しましょう。い、いくらで買うと……?」
「買うも何も、もうクールークに売ってるんだから二度売りだよ」
「ぐっ」
「そういやそうだ」
そもそもガイエン領であったのだから、売り買いできるはずもないのだが。
商人には向いてないなぁ、と島民達に追い出されるスノウパパを見送りながら考えていたテッドは、クロスの言葉で我に返った。
「テッド、この島出たら今度は海賊スノウとの戦いがあるからね」
「あ」
「シグルドがスノウをヤらないように見張っててね☆」
「……難易度たけぇなー……」
スノウパパで微妙にストレスが溜まっているシグルドがスノウを殺らないようにするとかどんな死亡フラグだ。