数日後、エレノアが再び皆を集めた。
「説明を始めるから聞いとくれ。クールークと戦う前に、このあたりの島々と手を結ぶ、という話はしたね。オベル王国以外で大きいところはふたつある。ミドルポートと、ガイエン本国からも見捨てられちまったラズリルだ。このふたつは確実に押さえたいと思う」
「……ラズリル……」
ケネスが複雑そうな声を漏らす。
ぶっちゃけオベルで団長を回収するまではラズリルに帰りたくないんだろう。
確かに説明とか色々面倒だ。
「ラズリルには、オベル王国ほどじゃないがクールークの部隊がまだ駐留しているから、向かうのはこちらが力をつけた後だ。まずミドルポートに向かいたい。ミドルポートと組めば、他の島からの協力も得やすくなるだろう」
「周囲の小さい島は、言うことを聞くしかなくなるってことだね」
「ああ、そういうことだ。ものわかりがいいね」
それはつまり強制的に従わせるという事だ。
正々堂々と周囲を脅す相談をしてるんだが……まあいいか。
「それぞれの島から協力を得られるようになったら、ラズリルへ行く。クロス、この段取りでいいか?」
「ラズリルの前にオベルに行きたいんだけど」
「そこの順番はまた後で考える。いいね」
ざくっと切られ、当初の予定であるミドルポートへと行く事となった。
「ミドルポートかぁ……」
甲板の上でクロスが溜息を吐いている。
何か憂鬱なイベントでもあるのかと尋ねたテッドに、クロスは指を折りながら答えた。
「丸焼きにしようか酒蒸しにしようかバター炒めにしようか悩んでてね……活きがいいなら刺身でもいけるけど……あれは刺身にするにはちょっとなぁ……」
「お前は何の心配をしてるんだ……?」
夕食の献立にしては真剣すぎると思っていると、船ががたりと大きく揺れた。遠くで誰かの悲鳴が聞こえる。
「島が動いてるー!!」
「島ぁ!?」
見れば、船に乗り上げようとする大きな島があった。触手付きで。
「触手のある島がどこにある」
「島じゃなくてデイジーちゃんだよ」
「なんだそのファンシーな名前」
「ミドルポートの領主のペット」
「…………」
「行くぞ今夜の夕食!」
「待て! まさかさっき言ってた調理法ってあれか!?」
あれ食材か!? モンスターだろうどう見ても! 美味そうにはちっとも見えねぇ!!
うごうごと動く「デイジーちゃん」は船を沈めようと触手を船へと押し付けてくる。本体と距離があるため近接戦闘ができない以上、紋章と飛び道具に頼らざるをえない。
そして現在テッドの武器はスコップである。
というわけで。
「裁き」
「永遠なる許し」
「激怒の一撃」
「大爆発〜」
テッド、クロスに続いてジーンとビッキーの魔法が炸裂する。
ぶすぶすと煙をあげて、デイジーちゃんはぶくぶくと海へ沈んでいった。
そこはかとなくいい匂いがするのがなんだか悔しい。
「……なぁ、一応それまだ使えないと思うんだが」
「今更だって」
「…………」
いいんだろうかこれで。
「ようこそ、ミドルポートへ。私がシュトルテハイム=ラインバッハ二世です」
「二世キター!!」
「どうかなさいましたかね?」
「いえいえなんでも。あ、どうもシュトルテハイム=ラインバッハ三世です」
「クロスどの。あなたのお名前、もちろん存じております。そんな偽名など必要ありませんよ。近頃、あなた方のお噂はよく耳にします。ずいぶんと派手に立ち回っているそうじゃないですか」
にこにこにこと商売用の笑顔を浮かべているシュトルテハイム=ラインバッハ二世(以下ラインバッハ二世)に、あっさり偽名を打ち破られてクロスは残念そうな顔をしている。
いや、ばれるから。
ていうか二世が父親なら三世いるから。生きてるから。
「……ん? つーことはあれが」
「うん。彼が有名なシュトルテハイム=ラインバッハ三世だよ」
「そうか、あれが……」
実物に会うとなんだか感慨深かった。
予想に違わない格好だった。
そして彼らが住んでいる屋敷も無駄にきらびやかだった。名は体を表しすぎだと思う。
ていうか、本人を前にその偽名を使うなよ。
対話の結果、結局ミドルポートはクロス達の活動に対して黙認のスタンスを取るというところに落ち着いた。
帰り際に何かクロスがラインバッハ二世にこそこそ話をしていたが、テッドは無視しておく。
どうせロクな事ではない。
それに、一領主に構っている暇がない程度に、今のテッドは切実な問題を抱えているのだ。
最近妙に視線が痛かった。
大抵は本拠地内、テッドが一人でいる時で、振り向いても誰が視線を向けているのか分からない。
何度か本気になって探ってみたのだが、それでも分からない。
自分が悟れないってどんだけだよと思うのだが、自分の部屋に入ってしまうと特に視線を感じないので、暗殺目的ではないらしい。というか狙うならテッドより先にクロスだろう。
しかし、そのクロスといる時はまったく視線を感じないのだ。
念のためクロスに尋ねてみたら、そんな事は一切ないと言う。
「もしかして誰かがテッドに惚れたんじゃない?」などと冗談交じりに言われたが、そんな好意的な視線でもない。
むしろ殺意に近いような。俺何かしたっけ。
「クロス様。今日の待機組なんですが」
「あ、ありがとう」
その時シグルドが待機メンバー表を持ってやってきた。
キカの計らいか本人の意向か、こういった書類関係を最近シグルドが持ってくる事が多い。
散々テッドが言い含めた事もあって、クロスもあからさまに避ける事はなくなった。
まだ微妙にぎこちない部分はあるが、シグルドは慣れたのか吹っ切れたのか笑顔を保っている。
「確認をお願いします」
「うん」
渡された紙をクロスの隣から覗き込んでいたテッドは、何気なく視線をあげた。
まだそこに立っていたシグルドとかっちりと目が合う。
「…………」
ふい、とシグルドはすぐに後ろを向いて行ってしまう。
一瞬の間に、テッドは最近感じていた視線の正体を悟ってしまった。
一気に血の気が引いた。俺が一体何をした。
いつから視線を受けるようになったかを思い返し、テッドは更に顔を青くする。
あの夜、後部甲板でシグルドの悩みを聞いてからだ。
あの時の会話のどこかがシグルドの「何か」の引き金を引いたらしい。
しかもミドルポートから戻って以来、視線は日々強まるばかりだ。そのへんの暗殺者よりもタチが悪い。
「……おい、クロス」
「ん?」
「ミドルポートで、シグルド関連のイベントってあったのか?」
「シグルド絡みっていうと……キーンかな」
「……キーン」
ああ、あの腹立つ懺悔室をやっている老人か。
「前の時、ラインバッハ二世がキーンに依頼してシグルドの暗殺を企んでたんだよね。今回は本人に話つけて依頼を取り消しさせたけど」
「ああ……」
なるほどミドルポートでの会談の帰り際にラインバッハ二世にに耳打ちしていたのはその事だったのか。
「でもなんでシグルドが領主に命狙われるんだ?」
「知らなかった? シグルドって、元々ミドルポートの領主お抱え艦隊にいたんだよ」
「……初耳だ」
「あそこ、裏では紋章砲を売り捌いてたりもしてるから。裏事情を知ってるシグルドを放置しとくとまずいと思ったんじゃない?」
「…………」
あの尋常じゃない気配の隠し方とか真っ黒なオーラにはそれなりの過去があったのかと変に納得してしまったテッドだった。
「で、最近シグルドとなんかあったか」
「……う」
明らかに動揺した。あるのか。
「……この間、シグルドが懺悔室にきて」
「…………」
「「海賊が嫌いなようです」って言うから、オケ落とした」
「…………」
「最近は一緒にパーティに入ることもあるのに。ちょっとカチンとくるよね?」
「…………」
お前、少し前までの自分の行動振り返ってみろ。
それで俺が睨まれる意味がまったく分かりません。
結局解けなかったその疑問は、数日後に綺麗に解けた。