「さて……それじゃ早速、これからの話だ」
作戦室に要人達を集めてエレノアが切り出した。
その手には酒瓶が握られていたが、クロスが突っ込まないので誰も突っ込めない。
「侵攻してくるクールークに対抗するには、ここらの島々にある小さな勢力を本気でひとつにまとめあげて立ち向かうしかない。そのためには強いリーダーが一人必要なんだが……」
ぐるりと集まったメンバーを見渡し、視線をひたとクロスで止める。
その目がどこか楽しんでいるように見えるのはたぶん気のせいではない。
「クロス、あんたが本物のリーダーかどうか試させてもらう。現状、王に従いたいという人間も多いだろう。クロス、ここでリノと決着を。王もそれでいいな」
「ああ。リーダーはひとりでいい」
「そうですね。さくっと決めちゃいましょう」
「……ちょっとは躊躇うとかそういうのはないのか?」
「ない」
すちゃっと構えたクロスに、リノはも己の武器を構えた。
「そんじゃ、ズバっといきますか」
ズバっと。
「……ス、ストップ! ストップ!! 俺の負けだ!!」
「え、もう降参ですか?」
「「…………」」
リノの声の後、気付いたらリノの首に剣を添えてクロスが微笑んでいた。
その場にいたほぼ全員が何が起こったかよく分からなかった。
瞬殺だったのはよく分かったが。
「こう……もうちょっといい戦いだったな的な」
「レベル差考えてから言ってくださいね」
加入時から一切レベルが上がっていないリノと、常に最前線でざっしゅざっしゅ敵を切りまくっているクロスとではもう色々と違う。
「……皆聞いてくれ! 今この時をもって現オベル王はその地位を一時退く!」
「いや僕はここのリーダー張れればいいから。代行でもオベル王にはなりたくない」
クロスは小声で突っ込んだが、幸いリノには聞こえていなかったようで、宣言をして晴々とした顔になってからくるりと振り返った。
「新しいリーダーはお前だ。オベルの王であったこの俺が認める。これはその証だ。大事に使ってくれ」
「ありがとうございます」
受け取ったクロスはその手に重みのある金印を握り締める。その目に光るものを見て、エレノアがぼそりと突っ込んだ。
「……売るなよ?」
「やだなぁエレノア、何を言うかと思えばそんな……」
「クロス、俺の目を見て言ってくれ」
「ありがとうリノさん、大事にします。とりあえず重いからテッド、パス」
「へ……いぢっ!?」
いきなり金印を投げられて、テッドは頭でそれを受け止めた。
なるほどいい重さだ。痛い。
「絶対大事にしないだろう!?」
リノの悲壮な声があがったが、全ては後の祭りだった。
船はパール号、軍は十字軍になった。
皆がいい名前だと沸き立つ中で、突っ込まないぞとテッドは震える手を握り締めていた。
散り散りになった後、二人でクロスの自室に向かいながらクロスが言う。
ちなみにテッドの部屋はまだできない。
「ちなみに由来は、真珠で船を豪華にしようってことと、僕の名前と奪回をかけてみたんだけど)」
「説明せんでいい! 俺は突っ込まないだけで精一杯だった!」
あの空気をぶち壊さないように頑張った俺を褒めてほしい。
「あ、テッド。エレノアにこれ届けて」
「はぁ?」
「カナカン産のお酒。あげるって言っちゃったから」
「……ちょっと待て。これは俺がとっときにしておいた」
「渡してきてね?」
「…………」
この場で一気飲みしてやろうかと思ったが、やったら後が怖いので、おとなしく瓶を抱えてテッドはエレノアの部屋に向かった。
こうなったらエレノアの部屋で一緒に飲んでやる。
「芝居はあれでよかったのかい?」
「すまない。汚れ役だったな……この船のリーダーはあいつなんだ。俺が決めたことだしな」
「この船にオベルの王が乗っているというのはあまりおおっぴらにするべきことじゃないだろうよ。まあ、あんたはどう見ても王には見えないからいざとなれば乗組員に紛れちまえば見つからないだろうけどね」
「はっはっは……そうかもな。……しかし、よくこの船に乗る決心をしてくれた。改めて歓迎するよ、軍師エレノア殿」
「よしとくれ、こそばゆい。クレイにはちょっと因縁があるのさ……それだけだよ」
うーわぁ超入りにくい。
エレノアの部屋の前で待ちぼうけをくらうところまで、クロスは予想していたのだろうか。
どうすっかなぁと考えていると、テッドの前に立つ影があった。
「どうしたんですか?」
「いやー……密談中らしくて入り損ねてる」
「差し入れですか」
テッドの腕の中の酒瓶を見てシグルドが目を細める。軍師の酒好きはすでに周知の事実のようで、テッドはまぁなと頷いた。
「時間があるようでしたら、少しご相談してもいいでしょうか」
「ここでか?」
「そうですね……後部甲板でもいいですか」
移動先にサロンでなく人気のない後部甲板を指定してくるあたり、こちらも密談らしい。
見ればやけに深刻な顔をしている。
前回の時にこんな真面目に悩むシグルドなど見た事がなかったからなんだか新鮮だ。
酒瓶は部屋の入り口付近に転がして、テッドはシグルドと二人で後部甲板に出た。
深夜に近づいたこの時間帯では、さすがにウゲツもいない。
明かりのない真っ暗な甲板で、男二人。
一緒にいるのが女の子なら少しは心も浮き立つが、相手がシグルドという時点で浮き立つどころか底辺だ。
「クロス様のことなんですが」
「……おう」
「俺だけ避けられている理由を、何か知っているかと思いまして」
「…………」
とうとう本人から問い合わせがきてしまった。
どうしよう。まさか「元彼だから気まずいんだろ」などと本当の事は言えない。
「最初は海賊だからかと思いましたが……ハーヴェイやダリオとは普通に接しているから違うのでしょう。俺は気付かない内に何かしたんでしょうか」
「なんでそれを俺に聞く」
「テッドが一番クロス様と親しいでしょう?」
さも当たり前のように言われて、テッドは改めてクロスと距離を置いた方がいい気がしてきた。
傍から見るとそう見えるのか。不本意すぎる。
「えーっと……でかいから、とか」
「オルナンやリノ王と同じくらいですが」
「…………」
シグルドの目に不穏な光が滲み出す。
これは勘繰られている確実に。
「本当のことを教えてください」
「……あいつ、の」
「はい」
「元彼に似てるんだ」
てか本人だけど。
声もなく虚を突かれた様子のシグルドの横を逃げるように擦り抜けて、テッドは明るい船内へと足を踏み入れる。
シグルドにそんな顔をさせられた事が楽しくて、どこか勝ち誇った気分で、テッドは小さく唇を舐めた。
「つーか、そんなに気にするなんて、お前クロスのこと好きなんじゃねぇの?」
テッドの言葉にシグルドの肩が大きく揺れる。
過去に見た事のない反応に、癖になりそうだ、とテッドは性質の悪い笑みを浮かべると、シグルドを一人残して後部甲板の扉を閉めた。