洞窟を利用した彼らの溜まり場は、置かれたテーブルに人が座れば人一人通るのにも苦労するほど狭い。
おまけにテーブルと人数が合っていないものだから、洞窟の中はかなりにぎやかだった。
その中のひとつを確保してキカが座り、その隣にシグルドが座る。
リノがキカの前に座るのを見て、クロスはちらりとシグルドを一瞥してから残った一つに腰掛けた。
その隣にテッドがちょこんと。
「って俺同席!?」
「こういう場所って僕緊張しちゃって☆」
「明らかに俺浮いてるから!」
「テッド、話が始まるから静かにしててね」
「…………」
笑顔という名の力技で黙らされ、テッドは大人しく俯いた。うちのリーダー怖い。
「ひさしぶり」
「ああ」
テッドを一切気にしていない軽い調子で挨拶から始まった会談に、できる限り気配を殺して空気に溶け込む事にした。
俺は石だ。空気だ。
しかし、親しげに挨拶を交わす国王と海賊ってどうなんだろう。改めて傍から見ると不思議な関係だ。
「しかしクールークはなぜ急に王国を狙ってきたんでしょうね。ガイエンを狙うならわかりますが」
シグルドの問いにリノが頷く。
「あと気になるといえばクレイ商会だ。奴らの動き、どうも引っかかる。このふたつ、関係があるんじゃないか」
どう思う、と話を振られてクロスは曖昧に首を傾げてみせる。
「そうですね。手でも組んでるんじゃないですか」
「……だろうな」
難しい顔のままリノが頷く。問うたのはシグルドだ。
「何か根拠でも?」
「ええと……僕、元ガイエン海上騎士団員なんですが、クレイ商会から一度依頼を受けたんです。香辛料の運搬って話だったんですけど、積荷を見た者曰く、巨大な紋章砲の弾だったと」
「…………」
一同が重く沈黙し、クロスは淡々と続ける。
「まだ使われてはないけど、あちらにそれを使う設備があると考えた方がいいかと。運び先はイルヤでしたが、まさかそこにそのままあるとも思えないし」
「……クールークか」
「しかしクールークと手を組まれると、我々だけではクールークと戦うのは厳しいですね」
「なら、こちらも手を組めばいいじゃないですか」
あっさりとクロスが言った。
目を瞬かせてリノはすぐににんまりと口元を上げる。
キカはそれもそうだなとあっさり首を縦に振った。
シグルドはクロスの提案に少し驚いたようだったが、他二人の意見に同調した。
テッドは最後まで無言を貫いた。
こうしてあっさりと手を組んだ彼らは、互いの紹介を今更ながらに簡単にすると解散となった。
とりあえず、当分はここで体勢を立て直しつつ、各島を回って仲間集めをする事になるだろう。
最終的にはクールークとの戦いになるが、現段階ではさすがに戦力が足りない。
一度船に戻ろうかと話していたら、キカに呼び止められた。
「クロス、少しいいだろうか」
「はい」
「あ、じゃあ俺はこれで」
「いや、テッドも一緒にだ」
「ハイ」
なんで?
こっちだ、と呼ばれたのは洞窟の奥で、つまりはキカの私室だ。
財宝だのなんだので雑多としているその一角に、物をどかして作られた小さな寝床があった。
そこに座り込んでいた影は部屋へ入ってきたキカに頭を垂れ、後に続いていたクロスとテッドを見て、ぎょろっとした目をこぼれんばかりに見開いた。
どうやら無事に辿り着けていたらしい。
「ペック。お前の言っていたのは彼のことか」
「そ……そうです! そうです!!」
かくかくと首を振ってペックは瞳を潤ませながらクロスを見上げた。
「あの時、おいらとブランド様を逃がしてくれた。まだおいら達が生きていられるのはこの人のおかげだ……!!」
なんだかものすごく命の恩人的な扱いになっている。間違っちゃないが、なんだろうこの申し訳なさは。
「ブランドは、今は?」
「ブ、ブランド様は……」
ペックはそこで気まずげに視線を逸らせた。
その意味ありげな仕草に、まさかとテッドは眉を寄せる。
紋章は抜けたがそれまでにかなり命を削っていただろうし、もしかして海賊島に辿り着く前に力尽きてしまったのか。
答えたのはキカだった。
「あいつなら今外で船の清掃中だ」
「「……は??」」
「事情はペックから聞いたが、事情がどうであれあいつの勝手な都合で勝手に出て行ったことは許せん」
「あの時のキカ様の怒りようは、尋常じゃなかった……」
思い出すも恐ろしい、と告げるペックの顔は青ざめている。
一体ここで何があった。
「クロスは死ぬなら私に斬られて死ねと言ったそうだな。生憎私は死にたがりを死なしてやる善人ではない」
そう言って鼻を鳴らすキカはどこか楽しそうだ。
ブランドと今度一緒に酒を飲んでみたい。凄く話が合いそうだ。
「この際だ。ペックとブランドも一緒に連れて行くか」
「おいら、恩を返すためならなんでもするぞ!」
「ブランドの奴も好きなだけ使っていいぞ」
この場にいないブランドに決定権はないらしい。
いてもないかもしれないが。
「……ブランドに同情するな」
「所有者の許可も下りたことだし、たっぷり働いてもらおうっと」
「所有者ってキカのことか……?」
にっこりといい笑顔になったクロスからテッドは半歩身を引いた。
「けど、お前騎士団だろ? 海賊島にいていいのか?」
ごもっともなペックの質問に、キカはうむと頷いた。
「騎士団を追い出されたらしい」
「……まさか、おいら達を逃がしたから」
「いや、それはあんまり関係なくて……」
そこまで言って、クロスははたと何かを思い出したように硬直した。
テッドも思い出した。
そもそも忘れている事を忘れていた。
だって一周目はいなかったんだ。
忘れていたって仕方がないじゃないか。
ていうか誰か言い出せよ。
むしろクロスが一番忘れてちゃいけないんじゃないのかこれ。
固まってだらだらと冷や汗を流しだしたクロスとテッドを、キカとペックが不思議そうに見ている。
「どうした」
「ごめんちょっと僕大変なこと思い出した! 詳しい話はまた後で!!」
そう言い残してクロスはキカの部屋から走った。
テッドもそれに続く。途中で驚いた顔をしたシグルド&ハーヴェイとすれ違ったが、今はそんな事に構ってなどいられない。
岸にあった小船に乗り込んで、できる限りの速度で船へと急ぐ。
侵入者を拒む海賊島特有の入り江がこの時ばかりは恨めしかった。
船に戻ると、残っていた面々が戻ってきたクロスを出迎え、その鬼気迫る表情を見て引いた。
クロスは船内を走って目的の人物を探す。彼は甲板でのんびりと釣り糸を垂らしていた。
「ケネス」
「なんだクロス、話し合いはうまくいったのか?」
「……話し合いはな」
「どうしたんだ? テッドも。すごい顔してるが」
「ケネス、ひとつ聞きたい。団長、オベル脱出してから、見かけたっけ」
「…………」
ケネスはしばらく考え込む素振りを見せ……きっぱりと頭を振った。
「見てないな」
「……てことはやっぱりもしかしてもしかしなくても」
「オベルに置いてきたな」
「「…………」」
テッドの一言に、クロスとケネスは明後日の方向に視線を逸らした。
「ちょっとケネス、団長忘れるとかそれでも団員!?」
「そういうクロスだって団員だろが!」
「元だし! それに前の時はいなかったんだもん!」
「前っていつだよ!」
「前は前だよ!!」
「そもそも出港準備の時も船の中にいるものだと」
「……そういや町で擦れ違ったなぁ」
「なんでそれをもっと早く言わない!」
「いや、俺も忘れてた。つーかてっきり戻ってるもんだと。俺で最後ってクロスが言ったし」
「「…………」」
てことは、今団長はinオベル。
団長を忘れて出航しました、なんて口が裂けても言えない。
というか忘れていた事を今まで忘れていたなんて余計に言えない。
ケネスとクロスはしばし目だけで会話をして、最終的にはこういう事にした。
「……団長は島民を守るために、自分からオベルに残ったってことで」
「伝言はテッドあたりが受け取ったことにしておこう」
「俺かよ!」
「団長と最後に会ったのはテッドだし」
「ああ、伝言はテレパシーで受けたってことで」
「俺を巻き込むなよ!」
とにかくこれで丸く収めた事にしようと、クロスとケネスは固く誓った。
どこも丸くない。