洞窟の中の船はどんなものだろうと思って最初に足を踏み入れたのは、サロンの二階部分だった。
狭く暗い洞窟から明るく整えられたところに出て、目が眩む。 
サロンにはすでに数人の人影があった。
クロスもゼロから仲間集めを始めたわけではなかったらしい。

「……随分広くないですかここ」
ケネスがサロンの一階を見下ろして半ば呆然と呟く。デスモンドは小さく笑って言った。
「そうだそうでした。王からの伝言があります。ここに人を集めてもらいたい、それも能力のある人間を……ということです」
「どういうことですか?」
「はい……ええと、言葉どおりの意味です、はい。あと、この仕事はクロスさん、あなたの責任でお願いします」
「わかりました」
「それでは、頑張ってくださいね」

私は奥にいますのでご自由に散策してください、とデスモンドが消えたところで、ケネスとグレンはクロスを正面から見据えた。
「で、国王とどういう話をしたんだ?」
「ええと左手の紋章についての説明と、当分この国にいたらどうかっていう話を」
「紋章っていうと、左手のか?」
「そういえば、デスモンドさんも王女もその紋章に随分と驚いていたが……特別な紋章なのか?」
 グレンとケネスにダブルで聞かれて、クロスはことりと首を傾げて答えた。
「えーと、罰の紋章っていって、真の紋章のひとつなんだけど、使う度に宿主の命を削っていって、最終的に魂をぱっくりいっちゃう紋章なんだよね。ついでに前の宿主が死ぬと、近くにいる人に移るオプション付き」
「な……」
「そんな……それじゃあ、お前」
クロスのさらっとした説明は一瞬軽く聞き逃しそうだが、言っている内容はめちゃくちゃシビアだ。
顔を青くして絶句したケネスの代わりを継ぐようにグレンが問う。

「外すことはできないのか」
「真の紋章って外すのえらく難しいらしいんで、片手切り落とすとかしないと無理ですね。まぁそのへんの呪いは全部クリアしてるので気にしないでください」
「……は?」
「つまりどれだけ使っても問題ナシってことです」
「「…………」」
あれ、今ものすごくしんみりした空気が流れていたはずなのに全部吹っ飛んだ気がする。
ざっくりと説明しすぎだと思ったが、下手に口を挟んで余計なツッコミをされたくなかったのでテッドは静かにしている事にした。

「テッドは驚かないな。知っていたのか」
「…………」
突っ込まれた。
「あ、テッドも真持ちなんで☆」
「人のヒミツ設定をさらっと暴露すんなぁぁぁぁぁ!!」
「いいじゃん公然の秘密だったんだし。ばしばし活躍するんだし。攻略本にも載ってるし!」
「そういう問題じゃねぇぇぇぇぇぇぇ!!」
がくがくとクロスを揺さぶるテッドに、ケネスが今さらながらにぽん、と手を打った。
「ああ、だから二人よく一緒にいたのか。恋人同士とかでなく」
「頼むからその誤解はもうやめてくれ!」
おかしい、ここはシリアスに始まってシリアスに終わるべきところじゃないのか。

クロスの襟首を掴んだまま、テッドはがっくりと肩を落として項垂れた。
ケネス達のこれからの身の振り方についてはしばらく考えるということで別れたクロスは、テッドを引き連れて階段を上り、ドアをひとつくぐって少し行ったところにあるクロスの部屋へと向かった。

その正面には名札をひっかけるための板が用意されている。
まだそれは十も埋まっていない。
これを再び埋めるのがクロスの仕事だ。
そして上から四つ目の欄には。

「うーん……やっぱりあるねぇ、テッド君♪」
「もう俺は逃げられないのか……」
「どこまでも追いかけてあげるよ?」
「死のオニゴッコの恐怖は味わいたくねーよ」
「ところでテッド、ひとつ重要な問題があるんだけど」
「なんだ」
「君の部屋、まだないんだよね」
「……は?」
「だから。君の部屋。まだこの船、下層は使用できないからさ。テッドの部屋、まだ使えないんだよね」
「この船完成してんだよな!?」
「ちょこちょこトーブ改装してたしなぁ」
「改装レベルであの数の部屋ができるわけないだろ!」
「じゃあこう言おう。仕様だと」
「……それまで適当な部屋に」
「そのうちテッドの部屋ができるのにもったいないよ」
それは部屋がか。
他に何がもったいないんだ。
テッドが文句を言うより早く、クロスはがしっとテッドの腕を掴んで、ずるずると自室へと引きずりこんだ。

「いやだ! お前と同室なんてごめんだ! だったらサロンで寝た方がましだ!!」
「それじゃあ僕が鬼に思われるだろ。それに……今夜、シナリオの通りなら……」
クロスはそこで言葉を切って、半笑いを浮かべた。

テッドを宥め脅し、最終的にクロスがベッドを使いテッドが寝袋で部屋の隅に転がるという結局サロンで寝るのと何が変わるのかという状態で夜を迎える事になった。
二人は連日の疲れもあってすぐに眠りについた……ふりをする。
そして深夜を過ぎた頃、部屋の中央に突然魔力が集まり出した。
テッドが寝袋にくるまったまま片目を開くと、部屋の中央に発光体がある。……来た。

「……突然現れたこと、どうか許してください。私の名はレックナート」
「お待ちしてましたレックナート様」
「…………」
ぱちっと目を開いて体を起こしたクロスに、レックナートは微妙な沈黙をもって返した。
その光景にテッドも起きあがる。それに気付いたレックナートはテッドの方に顔を向け、物凄く微妙な表情をした。
「……テッド」
「あー……はい」
「お疲れ様です」
「労わりのお言葉ありがとうございますちくしょう」
じんわりとする胸の辺りを押さえてそっと目頭を拭ったテッドをよそに、クロスはレックナートに向き直った。
「で、今日はどのようなご用事で?」
「……あなたのひだりてにあるものはしんのもんしょうのひとつばつのもんしょうとよばれるものです」
「レックナート様、棒読みすぎます」
「つーか、わざわざ言わなくてもいいんじゃねーの」
三百年以上の付き合いがあるクロスの方が罰の紋章には詳しいし、そもそも今の罰の紋章には呪いも何もないらしいから、試練も当然ない。

レックナートは小首を傾げ、それもそうですねと納得したらしかった。
「では宿星集め頑張ってください」
「はーい」
「次に会う時は全てが終わった時ということで」
さくっと今後の自分の仕事放棄を宣言して去って行ったレックナートだった。
「本当に寝てるとこにくるんだなぁ」
「テッドはレックナート様の夜這い初めてだっけ」
「おう。つーかあの人、もう来る気ねーんだな……」
「だろうね」
そんなどうでもいい会話で夜は更けていった。