「俺がここの王をやってる。よろしくな」
口調も格好もそのままだった。開き直ったらしい。
「そのまんまの格好かよ!」
とうとう堪えきれずに突っ込んだテッドは、クロスの肘で床に沈んだ。
「え、この人が王様なの?」
「クロス、前に会ってたのか」
「さっきテッドとこの辺り散策してた時にちょっとね」
「ははは、本物がこんなおっさんでがっかりしたか?」
「王! 何をおっしゃってるのですか!」
きりきりと眦をつりあげるセツを適当にいなして、リノはクロスと二人きりで話がしたいと皆を追い出してしまった。
ずるずるとケネスに引きずられて外へ出たテッドは、クロスに一撃を食らわされた部分を摩りながら息を吐く。
「話ってなんなんだろうな」
「さぁね。そういやお前らはラズリルに戻るのか?」
「戻らないつもりか? ……そういえばテッドは元々北に行きたいんだったか。すっかり忘れてた」
「う……まあ、それはそれで、な」
まぁ北の人間といえば人間だが。
クロスはこれから群島統一ついでに交易王への道を驀進する予定だから、ラズリルに戻るつもりはないと思われる。
ついでにテッドも戻してもらえないと思われる。
「クロスはこのままラズリルには戻らないと言っていた」
「え!?」
グレンの言葉にケネスが驚いている。
オベル王国に着いた時にクロスとグレンが二人きりで話していたから、その時に聞いたのだろう。
何をどこまでどう説明したかは知らないが。
「テッドは知っていたか?」
「まぁ、一応」
「そうか……クロスの紋章については?」
紋章についても話したらしい。
それが「どこまで」なのかを計りかねて肯定も否定もせずに黙っていたのを肯定と取られ、グレンは苦い笑みを浮かべた。
「私は団のこともあるからラズリルに戻らねばならん。クロスについての誤解はなんとか解いておきたいと思っているが、ラズリルを出たいと望むのであれば、無理に連れ戻すこともできんだろう」
「団長……」
「ただ、いつでも戻ってきてもいいようにはしておく。テッドからも、たまにはラズリルに立ち寄って顔を見せるよう言ってくれ」
「はぁ……って、なんで俺から」
「一緒に行動するのではないのか?」
「……クロスが言ってたのか、それ」
「いや、そんな感じがしただけだ」
「さいですか……」
間違ってはないがそうも断定されるとちょっと否定したくなる。
「……団長、俺もクロスとテッドについていってもいいでしょうか」
「ケネス?」
「騎士団の外で経験を積むいい機会かもしれないと思って。もちろん二人が許してくれるのなら、ですが」
どうだろう、と視線を向けられて、テッドは視線を横にずらす。
「クロスがいいっつったらいいんじゃね?」
つい先日までなら諸手をあげて歓迎するところだったのだが、なんだか微妙にあの無人島のくだりからケネスが味方と思えない。
いや、戦力的にも常識人的にもいい戦力なんだが、どうもクロス絡みだとやりにくくなっているような。
「確かに見識を深めるにはいいかもしれんな……団の皆には私の方から説明しておこう」
「ありがとうございます」
「……と、終わったみたいだな」
会話に切りがついたところで、丁度よくリノとクロスが連れ立って出てきた。
「早かったな」
「一体何の話だったんだ」
「どうせ俺達をこき使おうって腹だろ?」
溜息を吐いて言うテッドに、リノは豪快に笑った。
「ああ。クロスから、当分この島に滞在すると聞いたからな。そうとなれば俺の下であれこれと働いてもらう。住む場所はあるから心配するな」
おい、とリノはデスモンドを呼びつけ、小声で指示を出す。
別に聞こえたところで問題ないだろうに、わざと内緒話をしてみせるあたり喰えないおっさんだ。
耳打ちされたデスモンドが驚愕に目を見開く。
「王! ほ、本気で」
「ああ本気だ。けっこう適任だと思うぜ?」
「な、ならばあちらの男性の方が」
「こっちはラズリルにある騎士団の団長さんなんだろ? 権力の息がかかってる奴は残念ながら任せられねぇ。その点クロスは自由だろ」
「まあ、騎士団は追放されてるし、僕の方が都合いいですよね」
「よろしく頼むぜ。住む場所はデスモンドに案内させる。それからデスモンドに……」
「僕らの行動を見張らせる、ですよね」
「話が早くて助かるよ。一応念のためだ、気を悪くしてくれるなよ」
「そういうわけでよろしくお願いいたします」
「よろしく」
なんだかとんとん拍子で話が進んでいくが、いいんだろうか。
順調すぎないかと思ってクロスに小声で聞いたら「前もここはこれくらいだったよ」と返された。
連れてこられたのは居住区からだいぶ離れたところにある崖だった。
例の本拠地船が普通に入り江につけてあると思っていたテッドは、どこにも船の影が見えない事に少なからず驚く。
崖の突き当りには、細く続く洞窟の入り口がぽっかりと開いてクロス達を待っていた。
「……その奥が……あなたがたのこの島における拠点となります、はい」
「洞窟の中……ですか」
「俺達は一生この中で働くということか?」
「いいえそんな。いえいえご心配なく」
曖昧な返答をして、デスモンドが中へと入るよう促す。
細く暗い道を小さな明かりを頼りに進みながら、テッドは感心したように呟いた。
「この先に船があるのか……」
「あ、そうか。テッドは船になった後しか知らないもんね」
「……船じゃない時期があったのか」
「あの船って秘密裏に作られたものでね、誰にも見つからないように洞窟の中で作ったんだって。だからぱっと見洞窟の中に部屋があるようにしか見えなくって……出航するって聞いた時はびっくりしたなぁ」
「へぇ……」
それは新鮮かもしれない。