オベル王宮はやはりどこまでも開放的だった。
あの頃見ても「大丈夫かここの警備」と思ったが、改めて思う。

「ザルすぎんだろ」
「一応色々考えて配置はしてたみたいだよ」
合流したクロスとテッドはのんびりと王宮の庭を散策していた。
どう見てもよそ者がこんなに堂々と歩いているのに、兵士はのんびりと近所のおばちゃんらしき人と喋ったりしている……本当に考えられているんだろうかとちょっと不安になった。

「それいっ」
「ぶっ……何しやがんだ!」
「いやぁ、そんなに警備の人見つめたら不審者だと思われるじゃない?」
「口で言え! 水をかけるな!!」
「かけてないよ、ちょっと水蹴っただけだよ」
「言い訳にすらなってねぇ!!」
そういう造りなのか暑いから打ち水のつもりなのか王宮の庭には池というか水路というか水が張られている。
そこの水を蹴ってテッドにかけたクロスはけたけたと笑いながら逃げ出す。
その後ろを追いかけるテッド。
傍から見るとまるで「うふふ捕まえてごらんなさーい」「待てよーう」な状態なのだが、当の本人はいたって真面目だ。追いかけている方だけは。

「若い奴らは元気だな!」
「っ、と」
「うおおおお!?」
いきなり声をかけられて、クロスは急ブレーキをかけた。
突然追いかけていた相手が止まったので、テッドはそれに対応できずに蹈鞴を踏み、勢いあまって水に尻餅をつく。
「……大丈夫? テッド」
「おいおい、大丈夫か」
ほれ、と差し出された手はテッドより二回り以上大きい。
一瞬その手を取るか迷ったが、断るのも不審すぎるだろう。
今の彼はどう見てもただの陽気なおっさんなのだ。

「……どうも」
「若い勢いってのは大切だが、ほどほどにな」
大口を開けて笑う男はどう見ても国王には見えない。
ぶっちゃけ船に乗っている間でも、彼が王様だなぁと思った事など数えるほどしかなかったが、こうして見てみると本当にただのおっさんだ。

「ねぇおじさん、王様はどこにいるんでしょうか」
「お、おいクロス」

お前何言ってんだ。
目の前のおっさんが国王だろうが。
リノ=エン=クルデスだろうが。
つーかお前の親父さんだろうが。
久しぶりすぎて分からなくなったか?

声に出せないツッコミを心の中でするテッドを無視してクロスは笑顔を浮かべている。
そしてリノはといえば、まるで自分の事を聞かれたわけではないといわんばかりに頷いて、王宮の開け放たれたままの入り口を示した。

「王様なら、ほれ、そこの建物にいるんじゃないのか?」
「そうですか、ありがとうございます」
「…………」
いや、お前だよな。今俺らの目の前にいるよな。
心底突っ込みたいのをテッドは必死で我慢した。
散々口が軽いだの滑りすぎだのと言われているのだ。
ここで余計な事を口にしたら今度こそ口を縫われかねない。
先ほど念を押されたことでもあるし。

「たしかに、王様がこんな昼間からふらふら外を一人で出歩いてるわけないですよね。ましてや裸にシャツ一枚で短パンとか、無精ひげとか、ないですよね」
「……そ、そうだな」
「きっと立派な方なんでしょうね王様って。こう、びしっとして、いかにもって感じの。ね、テッド」
「あ……ああ、そうだな……」
こいつわざと言ってやがる。
まったく笑みを崩さずに理想の王様像を語るクロスに、リノは相槌を打ちながらもその額には暑さからではない汗が浮かんでいた。
最初にあんな事を言い出した以上今更「自分がオベル王です」とも言い出せないのだろう。

「い、いや、けどな。王だって人間なんだ。そんなに立派な奴でも……」
「何言ってるんですか、オベル王といえば素晴らしい人柄であると評判の方じゃないですか。国民がそんなこと言っちゃだめですよ」
「す、すまん……」
理想と現実の溝を埋めようとしたところでクロスの舌の前では無意味だ。
というか分かってやっているのだから、埋められるわけもない。


結局クロスの架空の王像演説は待ち合わせの時間ギリギリまで続き、リノは色々打ちのめされたようだった。
これで謁見の時には少しはまともな格好をしてくるだろうか。