無人島を出発してえっちらおっちら漕いでいたら、オベル王国の船に拾われた。
気弱そうな男がこの船の代表者なのか、クロス達の前で自己紹介をした。

「私の名はデスモンドです。一応あなた達のことも知らせていただきたいのですが……そちらの方は随分と消耗していらっしゃるようですが、どこか具合でも?」
「……疲れてるだけだ」
「元ヒッキーでね。体力がないんだ」
「誰のせいだと思ってる誰の」
ぎりぎりとクロスを睨みつけるテッドをそ知らぬ顔で流して自己紹介するクロスに、テッドはここに至るまでの道のりを思い出して痛む胃を押さえた。

結局食糧の調達やらカニの消費やら人魚とのフラグ立てやらで、無人島には三日ほど滞在するハメになった。
クロスは「リーリンとのコネクション作りは大切だよ」とのたまっていたが、真の目的は彼女の残していくアクセサリとヌシガニだったに違いないとテッドは思っている。

「二度同じ味が味わえるなんて……」
ヌシガニを食べながらうっとりと呟いていたクロスは底抜けに幸せそうだった。
……まぁ、確かにべらぼうに美味かったのは認めよう。
残すなんて絶対無理、とクロスは言い張っていた。
テッドにしか聞こえない声で言う必要があったかは知らないが。
……クロスが定期的にカニを狩らなければ、あと百五十年くらいしたら次のヌシガニが生まれるんじゃないだろうか。
戻ったら提案してみよう。



「で、これが元ヒッキーのテッド。今はヒモをしています」
「誰がヒッキーでヒモだ!! 今はヒモじゃねえ!」
うっかり考え事をしている暇もなかった。
ほっとくと人物紹介すら捏造されるってどんないじめだ。
「じゃあ元ヒッキーで未来のヒモ?」
「……頼むから未来の俺をヒモ呼ばわりするな。デリケートな問題なんだ」
「相変わらず仲がいいな」
「……ヨクネェ」
ケネスも船上や無人島で二人のやり取りを見ている内に、これが通常スタンスだと認識したのかとうとうクロスを止めてくれなくなった。
俺の味方は絶滅危惧種か。

クロスの言ってくれた自己紹介を律義に書きとめていたデスモンドは、顔をあげて彼の手へと視線を向ける。
「その左手、紋章かなにか? すみませんが見せていただけますかね。こちらも調べるのが仕事なので」
ぴくりとクロスの表情が動いた。
テッドは自分も手袋をしてるんだけどなぁと思ったが、これもシステムというものだろうか。
そういえば前回も特に突っ込まれなかった気がする。
そもそもクロスの反対側の手も手袋をしているが、よく左手に紋章をつけてると分かるものだ。
真の紋章の特性はこんなところでも理解されているのか。

テッドがぐだぐだ考えている間にクロスの左手の紋章を見たデスモンドは、目を見張るとばっと踵を返してどこかへと行ってしまった。
それと同時に急にクロスがそわそわとし始める。また襲撃でも来るのだろうか。
「クロス、どうした?」
「え、何?」
「お前いきなり落ち着かなくなってないか?」
「あー……うん、まぁね」
だってさぁ、と左手をさすりながらクロスは甲板の向こうを見やる。
「昔すぎて最初の距離感覚えてないんだもん……」
「は?」
「……来た」
クロスの声が緊張で固い。誰だとテッドは視線の先へと顔を上げ――凍りついた。

「デスモンド、この人が?」
「はい」
「……ほんとう、これが巡り合わせとでも言うべきことなのかしら」
これが巡り合わせなら俺は今すぐ漂流し直したい。
この際丸太でも文句は言わない。
ON MARUTAで笑いものになってもかまわない。
テッドは今ようやくクロスの緊張の意味を理解した。

そういえばこれ、オベルの哨戒船だった。
そしてどっかの王女サマは、哨戒船に乗るのが大好きだったとクロスが昔話で言っていたではないか。

ふわっと肩口で揺れる金髪に、ぱっちりとした青い瞳。
一見して王女には見えない簡素な服装だが、その行動も王女という肩書きが詐称じゃないかと思わせるくらいに豪胆でえげつない事をテッドは知っている。
もとい骨身に染みている。

「フ、フレア……」
「あら、あなた、私の名前を知っているの?」
紋章に気を取られているとばかり思っていたフレアが耳聡くテッドの独り言を拾って視線を向けてきた。
「え、いや、その」
言葉を濁すテッドにフレアが首を傾げ、デスモンドが胡散臭いものを見る目つきを向ける。
やばい、と冷や汗を流すテッドの足に衝撃が響いた。
「テッドは僕らと会う前は旅をしていたらしくて。オベルにも寄ったことがあるんですよ」
テッドの足をぎりぎりと踏みつけながらクロスが笑顔でフォローした。
声もないが、今回はテッド自身が悪いので文句……は言っていいか。やっぱ痛ぇ。

「なにすんだ!」
「仏の顔も三度までだからね。あと一回だよ?」
「…………」
「テッド、どしたのー」
「なんでもねぇよ……」
能天気に声をかけてきたチープーを涙目で睨んで退散させている間に、フレア達の興味は紋章に戻ったようだった。

「詳しい話は戻ってからにしましょう。デスモンド、この人達の世話をお願いね。失礼のないように」
「わかりました、王女」
「王女?」
「この方はオベル王国のフレア王女です」
グレンの疑問にデスモンドは答えた。
驚くのはグレンとケネスとチープーで、テッドとクロスは彼らの反応に納得している。
やっぱり王女が哨戒船に乗っているなんて思わないよな。

「王女様が哨戒船に乗ってるの?」
「それは王女様の希望でとでも言っておきましょう」
言ったデスモントには気苦労の影が見えて、やっぱり苦労してるんだろうなぁとテッドはしみじみと思った。














  
やがてオベル王国の島影が見えてきた。クロスがまっすぐオベルの方向を指示していたから、思ったよりもオベルに近いところにいたらしい。
……普通に漕いでたら普通にオベルに到着できたんじゃないだろうか。
「わざわざ拾ってもらう必要性があったのか……?」
「拾ってもらわないと、謁見イベントまで行けないよ」
「自己申告でもよくね?」
「どこの世界に真の紋章持ってますって自己申告する主人公がいるのさ」
「……ごもっとも」
「本当は、今回いろいろあって日数ショートカットとかしてるから、会えるか不安だったんだけど。シナリオの修正力って素晴らしいね」
「……そうだな」
「じゃあ……また後で。必ず王宮に顔を出してね? きっとよ。王に呼ばれたって言えばわかるようにしておくから」
念を押して去っていくフレアとデスモンドに手を振って、クロス達は久しぶりに人のいる島に降り立った。

「あー、なんか落ち着く……」
「色々なことがあったからな」
「あ、お店だー!」
ぶんぶんと手を回して露店へと走っていくチープーに笑って、しばらく自由時間にしようとグレンが言った。
直行するつもりならフレアと一緒に行けばよかったのだが、それぞれ久しぶりの陸地で羽を伸ばしたい気持ちもある。

「そうだな、二時間後に、もう一度ここに集合するか。それから行こう」
「そうですね」
「わかりました」
「クロス、少し話があるんだが、いいか」
「はい」
呼ばれてクロスはグレンと港の端へと行く。
それを見送ってテッドも羽を伸ばすかと背を逸らしたところで、ケネスに捕まった。

「テッド、あっちに美味そうな屋台があるんだ」
「俺は一人で」
「飯食いながらクロスとどうやってあそこまで仲良くなれたか教えてくれ。ラズリルに戻ったらポーラとジュエルとタルに報告しないといけないんだ」
「は!?」
「俺達のが付き合い長いのに、あっさり追い越されたのはちょっと気に食わん」
「…………」
笑っているから冗談のつもりで言っているかと思いきや、軽い口調と裏腹に、ケネスさん目が笑ってません。
結構本気で気になっているらしい。
ぶっちゃけ付き合いの長さは腐れ縁を通り越して腐り落ちてくれたらいいなぁと思う程度になっているので、参考になるものなんてひとつもないと思うのだが。

といえども適切な言い訳など思いつくわけもなく、テッドはされるがままケネスに引きずられていった。
巻き戻されてから流される事が増えている気がする確実に。
「テッドとケネスもだいぶ仲がよくなったね」
「打ち解けていてなによりだ」
そんなクロスとグレンの会話が遠ざかりつつも聞こえてきて、テッドは泣きたくなった。
主観と客観の差が酷すぎる。