クロスは一人甲板を歩く。
トロイとコルトンの姿が視認できるところまで近づいて物陰に身を隠していると、明らかに軍人だろうと思わしき乗組員が二人に近寄ってきた。

「どうした、予定より早いではないか」
「は、近くの島で騒動がありまして、そのご報告を……」
「どこだ? 敵領か?」
「はい。ガイエンのラズリル周辺海域で、六本マストが現れたそうです」
「その程度のことでいちいち報告など必要ない」
「申し訳ありません……念のためご報告をと思いまして」
恐縮しきっている兵にコルトンが鼻を鳴らし、もう行けと手を振る。
コルトン自身も何か用があるようで去っていき、トロイは甲板の上で一人きりになった。

一人で暗い海を見つめているトロイにクロスは後ろから気配を消して近づき、唐突に声をかけた。
「すみません」
「なんでしょうか。もうお疲れでしょう。今日はもうお休みください」
振り向いた表情はいたって平常だったが、滲み出る空気は驚きを隠せないようだった。
そりゃあ現役の軍人がどこの馬の骨とも知れない子供に後ろを取られるなんて面目潰れもいいところだ。

「クールークに戻ったら、クレイ商会を調べてはもらえませんか?」
「……突然なにを?」
「このままだと、島がひとつ潰れます。と言ったら動いてくれます?」
「…………」
にこりと笑みを浮かべたままのクロスを露骨に警戒しだしたトロイに、クロスは更に畳みかけた。
「僕としては余計な犠牲は出したくないんですよ。あなたもそうだと思ったんですが。海神の申し子さん」
「お前……!」
ちり、とトロイの剣の鍔が鳴った。
けれど刃が光るより先に、クロスの詠唱が闇を裂く。

「諸刃の剣!」

甲板に轟音と共に何本もの赤黒い刃が突き立つ。
いきなりの衝撃と音に、一気に船上が慌しくなる。

「近い内に僕の知り合いが説明しに行くと思うんでよろしく! あとこれは船を壊したお詫びです!」
目の前に紋章を展開されて一瞬クロスを見失ったトロイへ騎士団にいる間に作っておいた特製饅頭をその場に残し、クロスはダッシュで後部甲板を目指した。

そこには何が起こったのかと瞠目している四人の姿があった。
「テッド、急いで脱出!」
「クロス、お前」
「ちょっと挨拶を」
「……お前の「ちょっと挨拶」は罰の紋章をぶちかますことか?」
「さぁとっとと脱出しましょう」
テッドをさらりと無視して促したクロスに、最初に頷いたのはグレンだった。
「そうだな……クールークの軍艦に長居するのは避けた方がいいだろう」
「これ、クールークの軍艦だったんですか!?」
「ああ、最初に会った青年がトロイだ。……テッドに言われて気付いたが、たしかに当時の面影がある」
「あれが……」
「とにかく今は脱出しよう」
こうして船上が混乱している内に、クロス達は再び海上の住人となる事に成功した。
成功と言うのかこれは。

「これでまた漂流ってことか」
「でも現在地はわかってるし方角もわかるもの。大丈夫」
「大丈夫ってお前……」
「さぁ目指すは無人島!」
「ラズリルに帰れよ!」
「僕、考えたんだ」
急に真顔で言い出したクロスに、テッドはなんだと表情を引き締めた。


「ラズリルに戻ってもいいことないし、グレン団長の誘拐の冤罪もあるし、時間もかかるし、もうこの際このまま進めた方が楽だと思わない?」
「知るか!!」
テッドの叫びが夜空に響いて消えた。