「星が綺麗だねー」
「ああ」
「現実逃避してんなよお前ら!!」
「しかたがないさ。オールがなければ船も進まない」
宥めるように言ったケネスに、テッドは船べりに額をつけて押し殺せない溜息を吐いた。

とっぷりと暮れた空には星が瞬いている。
方角が分かるというのに、オールがなければ船を思うように進ませる事もできない。
ただただ波に任せて流されていくだけだ。

「――僕もうあんな大きな暗の中だって怖くない。きっと皆のほんとうのさいわいを探しに行く。どこまでもどこまでも僕達一緒に進んで行こう」
「……何を言い出すんだ」
「テッド、ここはこう返してくれないと。「ああきっと行くよ。ああ、あすこの野原はなんてきれいだろう。みんな集ってるねえ。あすこがほんとうの天上なんだ」」
「…………」
「クロスがそんなロマンチックなことを言うとはな」
クロスはともかくグレンまでこんなに暢気でいいんだろうか。
仮にも団長だろう。騎士団に戻れるかも怪しいっていうのに、少しは焦れ。

「グレン団長、そんなにのんびりしてていいんですか。ラズリルじゃ今頃大騒ぎじゃないんですかね」
少し刺々しい思いを込めて言ってみると、これまたのんびりとした返答がきた。
「大丈夫だ、クロスと話をしてくると書き残してきたからな」
「大丈夫じゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

「……ねぇ、ケネス」
「なんだクロス」
「今ここで団長突き落としたら、不幸な事故ってことで処理されないかな」
「クロス落ち着け、目が据わってる」

じりじりとグレンに寄りながら言ったクロスをケネスが必死で引き止めている。
テッドとしてはクロスに大いに賛同したかった。
なし崩しにクロスとテッドの罪状が悪化していっているのは気のせいではない。

グレンはそんなクロスが新鮮だとばかりに笑っている。
本気で落とされるとは思っていないらしいが、今のクロスならやるぞ確実に。

「む? 向こうに何か見えた」
クロスを引き剥がしていたケネスが、水面上に何かを見つけた。
全員がケネスと同じ方角を向く。
目を細めて見れば、たしかにちらちらと光が闇の中で瞬いていた。
「……普通の商船のようだな」
「俺、あっちに乗せてもらおうかなぁ」
暢気に言うチープーの言葉は全員がスルーして、船に向けて精一杯手を振ってみれば、気付いたらしい船は徐々にこちらへと近づいてきた。

「俺……こうして拾われるの今回二度目だ……」
「あと二回くらい漂流するからね。まだまだだよ」
「え、なにその過酷な運命」
「現在地がわかれば一回くらいはスキップできそうだけどねー」
「…………」
どんだけ漂流慣れしているんだと突っ込みたかったが、隣接した船からロープが下ろされたのでそれ以上は話すのを止めて船へと上る事にした。

「どうした……おほ、ごほん、どういたしました? 夜中に、こんな海の真ん中で」
髭を蓄えた中年と呼んで差し支えない男性が、ややぶっきらぼうに言い放つ。
大根芝居もいいところだ、というかセリフの途中で言い直すな。
ついでに隣に立っている艦長とやらは、立ち姿がどう見ても軍人のそれだ。

というかコルトンとトロイだろこれ。
どう考えてもこれはクールークの軍艦だろ。
隣に立つクロスはしらっとした顔をしている……これはシナリオの内か、内なのか……こういうのは予告しておいてくれ頼むから!!

テッドが声なき声で絶叫している間も、クロス達はシナリオという名の規定事項というか会話を進めていた。
「この船はどこへいくのー?」
「海図はありますか? それから、もしよろしかったら食料も……」
「あっ、だったらおれ、チーズ!」
「お前達、少し静かにしていろ。――拾っていただいたこと、感謝いたします。申し訳ないのですが、海図を見せていただけるでしょうか。あと、心苦しいのですが、次に寄る港まで乗せていただけると……」
「あ、ああ……もちろんです。海の上ではお互い様ですからな」
グレンがまとめて言ったので、怒鳴りかけていたコルトンのボルテージは下がったらしい。
ごほんと咳払いをして、やや引き攣った笑みではあるが努めてにこやかに言った。

「気苦労も多かったことでしょう。今夜はお休みになってはいかがですかな?」
「かたじけない」
頭をさげ、グレン達は船内へと入っていく。
その最後尾でちらりと振り向けば、トロイは静かな目でこちらを見ていた。

「テッド」
「んぁ?」
「ちょっとこっち」
袖を引かれてずるずるとテッドは船内の別の部屋へと連れ込まれた。
ええと……操舵室?

こんな勝手にうろついていいのかとも思ったが、クロスは大胆にもがさがさと机を漁っている。
「んー……これじゃないんだよなぁ」
ぽいっと投げられた紙を何気なく開いてテッドは口を開けた。
「海図じゃねえかこれ!」
「え、ああそうだった?」
「今一番必要なもんじゃねぇのか!?」
「僕はこっちのが大事♪」
「……なんだそれ」
「宝の地図。ここで逃すとコンプできないんだよね〜」
「お前はワンピースでも探すつもりか!」
海図より大事な宝の地図ってなんだ。
ランダムで発掘される宝はモノによっては一攫千金だが、どうでもいいものもあるじゃないかそれ。

かつて散々この地図のために群島中を走り回った経験が走馬灯のように蘇ってきて、テッドは手にある海図を破り捨てたい気分だった。
破れないけど。本当に破りたいのはクロスの手にあるものだけど。

「さてと。テッド、小船を一隻拝借しといてくれる? 食料と水とオールも込みでね。準備できたら適当に言いくるめて団長達を連れてくるのも忘れずに。団長はトロイの名前を出せばある程度すんなりいくはずだから……ていうか、いくら昔のこととはいえ、自分の負けた相手の顔くらい覚えてていいと思うんだけど……」
後半やや独り言だったが、さくさくと今後の予定を指示したクロスに、テッドは一応形ばかりの抵抗を試みた。
「お前がやれよ」
「僕はまだ僕ですることあるの。勝てない戦闘はしたくないでしょ?」
「……ここにもあるのか」
「永遠なる許しをぶちかましてみたいけど、システムで決まってるならたぶん倒れないんだろうなぁ」
「船探してきます」
こき使われていると自覚しつつも、今のところは従うしかない自分が悲しい。
オベルに着いたら脱走してやると固く決意して、テッドは船室を出た。