海賊の逃亡幇助並びに味方への攻撃と傷害。言い渡された処分はやっぱり流刑だった。
妥当といえば妥当だし、過剰といえば過剰だ。
ただひとつ言える事は、結果的にはきっちりシナリオ通りになったという事か。
システムは侮れない。
「どのような理由があったにせよ、味方……しかも団長への攻撃は許されないこと。……それでも本来ならば、謹慎あるいは騎士団からの除名で済ませるのですが……」
語尾を濁したカタリナの表情から彼女の言いたい事は分かったので、クロスは苦笑してみせた。
スノウに一撃お見舞いして小船で流したのは事実だし、それがどのように伯爵まで伝わったかは分からないが、何にせよ伯爵の機嫌を損ねたクロスはラズリルに居場所はない。
というかラズリルから出る事が目標なので、流刑は願ったり叶ったりだ。
流刑までの間自室での謹慎を言いつけられたクロスは、ごろりとベッドに寝転がって欠伸した。
「あーあ、暇ー」
「お前……流刑になるって奴のセリフじゃねえぞそれ」
「テッドも流刑仲間じゃない」
「俺は巻き込まれただけだよな!? てかなんで同じ部屋に突っ込まれてんだ!」
「これも決まっていたことなんだよ」
「お前はどこの協会の回し者だ」
ツッコミを入れてもクロスはまた欠伸する。
テッドは諦めて大仰に溜息を吐いてみせると、少しだけ真面目な顔を作って言った。
「ところでお前、調子はどうなんだ?」
「え、眠い」
「紋章の話をしてんだよ!」
「あー……普段と同じって感じ」
へらりと笑ってクロスは左手を掲げて見せる。
左手にある紋章はすっかり落ち着いているようで……そういえば普通に使ってたな永遠なる試練。
「ま、イベント以外でどれだけ使っても命削られないのは一周目も同じだよね」
「システムって都合主義だよな……そういや、結局ラマダ達はクールークに行っちまったけどいいのか?」
このまま紋章弾がクールークの手に渡ればイルヤ島が壊滅する未来が再びやってきてしまうのではなかろうか。
心配したテッドに、クロスは「大丈夫」と軽く言った。
「大丈夫だよ、ミズキとアカギをこっちに引きずり込んであるから。あの二人にうまく動いてもらう予定」
「いつの間に!?」
「港にいる二人をちょっと捕まえて……ね」
「…………」
含み笑うクロスに、あの二人がどんな地獄を見たのか想像して、ご愁傷様とテッドは冥福を祈っておいた。
死んでないけど。
そんな感じでだらだら過ごしていると、コンコン、と扉を叩く音がした。
「クロス、テッド。出なさい」
「はい」
「へーい」
そろって気のない返答をする。
まったく反省の色を見せない二人にカタリナは眉を寄せたが、苦言を呈するわけではなく二人に背を向けると「ついてきなさい」とだけ言ってさっさと歩き出してしまった。
その背に追いついてクロスが問う。
「団長の具合はどうですか?」
「怪我の方は随分といいわ。元々打ち身と軽い擦り傷だったから。他の者もすでに通常訓練に合流しているわ」
「そうですか」
「どうしてあんなことをしたのかは、やはり話すつもりはないの?」
「ないですね」
「理由によっては情状酌量の可能性だってあるのに、どうしても話す気はないのね。……たしかにあなたは、ラズリルから出た方がいいのかもしれないけれど」
溜息を吐いてカタリナは少しだけ歩みを緩めた。俯きがちに呟かれた言葉は気をつけていなければ聞き逃してしまいそうだった。
「ラズリルの外の方が、あなたは自由なのかもしれない」
「副団長……」
クロスの呼びかけに、カタリナはさっと背筋を正した。歩みの速度も元に戻る。
「副団長として、海賊を逃がし、団長に危害を加えたあなた達を許すことはできないわ。ラズリルにはもう戻れない。それだけは肝に銘じておいてちょうだい」
二人を乗せた小船を海へ下ろして、騎士団の船は去っていく。
それを見送ったクロスは、いきなり真剣な顔でテッドの両手を握った。
テッドの首筋に鳥肌が立つ。
「……やっと二人きりになれたね、テッド」
「やめろ近寄るな」
「ひどいな。僕はずっと君と二人きりになれるのを待ってたのに」
「……それ以上おかしなこと言ったら紋章ぶっ放すぞ」
「そんなことされたら船が沈んじゃうじゃない」
にっこりと笑ってクロスは更に顔を近づける。
どこか頭がおかしくなったんじゃないかと顔を青くしているテッドの肩口に額を当てて、クロスは堪えきれないとばかりに震えだした。
押し殺した声は……笑いか。
「あー……取り込み中のところ悪いが、ここで先に進まれると気まずいんで……」
「いるなら止めろ!」
「あっはっは! テッドったら面白い顔!」
「流刑開始早々人で遊ぶな!!」
複雑そうな笑みを浮かべて出てきたケネスに、クロスの行動の真意を悟ってテッドはその場に崩れ落ちた。
そんなテッドを放置して、クロスはケネスに「ついてきてくれたんだ」などと感動したような声をかけている。
知ってたくせに。
「お邪魔みたいだけどな」
「そんなことないよー」
「……俺はいてくれて助かった」
あれ、でもいなければあんなおぞましい事をされずに済んだのか。
そうするといない方がよかったのか?
首を傾げるテッドの思考をどう汲み取ったのか、ケネスは「すまなかった」なんて真摯な言葉をかけてくる。
まっすぐな視線が痛い。
「けど、お前らいつからそんな関係に」
「ケネス待て! その誤解は危険だ! これ以上俺を追い詰めないでくれ!!」
「あれは僕がテッドと初めて二人きりになった時……」
「お前はそれ以上喋るな頼むから!」
「テッドったら照れ屋さん☆」
「……クロス、本気で紋章ぶっ放すぞ?」
右手をわきわきさせて暗い声で呟いたテッドに、さすにこれ以上はまずいと判断したのか飽きたのか、クロスはケネスに向き直って話題を逸らした。
「ところでケネス、一人でついてきたの?」
「それがな……」
「流刑になったというのに、随分と賑やかだな」
「……団長!?」
船中から出てきたグレンに、さすがに予想外だったらしくクロスは声をあげた。
もちろんテッドも予想外だが。
ケネスは気まずそうに首に手を当てている。
「どうしてもお前と話がしたくてな。だが、面会許可が下りなくて」
「団長の暗殺未遂者ですからねー」
「自分で言うな」
「それでケネスに頼んで一緒に乗せてもらったんだ」
「最初は俺とポーラが来るつもりだったんだが……さすがに三人は乗れないってことで、俺がな」
俺だって止めたんだと目で語るケネスは疲れているようで、クロスもテッドも彼を責める気にはならなかった。
ケネスは悪くない。
真面目な彼の事だから、一生懸命止めたに違いない。
それを聞かなかったのはグレンだ。
つーか団長自ら乗り込んでどうするよ。
「なんで来ちゃうんですか……」
「おまえ自身の口から理由を聞いていなかったからな」
そのために流刑船に密航してくる度胸は凄いと思う。
さすが団長。だけどもうちょっと考えてほしいな色々と。
こっそりクロスは溜息を吐いたが、グレンには聞こえなかったらしい。
とりあえず団長を戻すためにも一度ラズリルに戻らないといけない。
流刑中の身だろうと、こればかりは許されてもいいだろう。
降ろされた位置はケネスが把握しているという事で、こっそり乗せてきたオールをグレンとケネスが取りに後ろの方へと行っている間に、クロスはテッドに囁いた。
「……僕、ずっとグレン団長を素晴らしい人だと思って尊敬してたんだけど」
「ああ」
「故人の思い出が美化されるって本当なんだね……」
「…………」
「しょせん団長もリノさん属性だったか……」
それはつまり猪突猛進っていう意味か。
そういえばシグールの親父さんであるテオ様も、真面目に見えて意外と突拍子もない事をするタイプだった。
……もしかして、天魁星の父親(的役割)の人ってみんなそうなのか?
テッドが嫌な予感を抱いた瞬間、ばっしゃーん、と船の前方から水飛沫があがった。そこに現れたのは。
「リヴァイアサン!?」
「こんなところに!?)」
ケネスとグレンが驚きの声をあげる。リヴァイアサンは普通ここでは出てこない。
とりあえずレベルを知りたいのでぜひともスペクタクルを使いたい。
「…………」
無言で巨体を見上げているテッドの横で、クロスが溜息混じりに解説してくれた。
「ホントはここはウォータードラゴンなんだよ」
「……よく覚えてるなお前」
「ウォータードラゴンにしても、ほんとはもうちょっと後に出てくるんだけどね。イベントボスだから竜の鱗と竜の骨を落としてくれるんだけど、リヴァイアサンは十回に一回くらいしか落とさないから……」
「……それが溜息の理由か」
「他に何があるの?」
「…………」
「ほんと残念だ」と呟いて、クロスはいつの間にやら腰に提げていた双剣を引き抜いた。
ついさっきまでは騎士団の備品を使っていたはずだが、いつの間に見慣れた双剣クロスに。
どこで武器を調達する余裕があったんだ。
テッドが自分の記憶を漁ってツッコミに勤しんでいる間に、クロスは自分で答えを出していたようだ。
「あ、テッドが加入してるから、調整的な?」
「鬼か……」
そんな調整いらない。これくらいはきちんと予定通りに進行してほしい。
「とりあえず倒そう。……これで団長拉致も上乗せかぁ」
やる気なさそうに剣を構えたクロスが不吉な事を呟く。
その意味をテッドが知るのは戦闘が終わった直後だった。
リヴァイアサンはあっさり倒せたものの、出現時の波でオールが攫われてしまったため、彼らはタルの中に入っていたチープー共々本当の漂流を余儀なくされたのだった。