今日も海はいい波が出ている。
空は綺麗に晴れているし、こういう時にはいい事がありそうだ。
残念なのはそれはテッドにとってではなく、隣にいるフリーダム小間使い@まだ騎士団に所属中、にとってのいい事なんだろうが。

ぐうっとクロスは背筋を伸ばして、広がる大海原を前に言った。
「さて、ちゃっちゃか継承イベント片づけますか!」
「待て」
「なにさ」
突っ込みたくはないが義務感でテッドは突っ込んでおく事にした。
そもそも主人公のはずのクロスがイベントとか言っちゃってる事に関してはもうスルーだが。

「なんで俺はここにいるんだ」
「僕が提案したから」
「なんて!?」
「テッドが北方出身だから送ってきますって」
「…………」
「今回イルヤまでだからね。そこから先には僕らは行けないし、そこでテッドを落としてくるってことで話をつけてみた☆」
それで出かけに妙にグレンやカタリナに名残惜しそうな顔をされたのか。
本人すら知らなかったんだがどうなんだそれ。
「レベルも上がったし、やることないしね〜♪」
鼻歌を歌うクロスから視線をそらし、テッドは黙祷する。

しばらく騎士団の任務だのなんだのでクロスが船で海に出ている間、テッドは町を歩いたり裏通りでチンピラやふさふさ狩りをしたりしてのんびり幸せに過ごしていた。
そしたらクロスとのレベル差がだいぶ縮まっていたので何をしたのか尋ねたところ、クロスは訓練生の先輩を泣くまでぼこしたり、海もさもさ狩りと称して地図を完成させに行ったりしていたらしい。
どうりで戻ってこないと思った。テッドの幸せは誰かの不幸の上に成り立っていたわけだ。
ありがとう海もさもさ。ありがとう先輩方。

「システムのせいでイルヤまで行けなかったのが心残りだよ」
遠くを見つめて溜息を吐くクロスに、テッドは付き合ってられんと話を戻した。
「で、俺は本当にイルヤで下ろされるのか? それともこの航海につきあうのに意味あんのかね」
「だから、イルヤは行けないんだって。ここで継承イベントがあるんだよ」
「誰の」
「僕の」
「……今回、護衛依頼なんだよな?」
「あれ、知らなかった? この時に襲ってくる海賊ブランドが罰の紋章持ってるんだよ」
「初耳だ! だいたい、お前グレン団長から受け継いだんじゃねーのかよ!」
「うん。海賊から団長に移って僕に移る」
「だったら……」
途中まで言いかけて、テッドは口をつぐんだ。

海賊→グレン→クロスの構図をそのままに行くなら、海賊とグレンはその過程で命を落とす。当然クロスがそれを許すわけがない。
「……団長を死なせないために、俺が必要ってことか?」
ややシリアスに尋ねたテッドに、クロスは首を振った。
横に。
「団長については海賊から直接紋章ぶん取るからいいんだけど、そのままトンズラしようと思ってるからテッドもいないといけないよねと思って」
「今すぐ俺を降ろせぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「だめだよテッド、もう陸は見えないよ」

なんでクロスと別行動してる時に逃げておかなかったんだろうか俺。
それは港の船に乗ろうとしてもガイエン海上騎士団の皆さんが体調の戻っていない(と思われていた)俺を心配して止めてくれたからです。
これぞまさしくシステムという名の四面楚歌。

「すっかり仲よくなったんだね、二人とも」
ぎゃいぎゃい言い合う二人に割って入る声があって、テッドとクロスは言葉の応酬を止める。
二人の後ろに苦笑したスノウが立っていた。
「クロスがこんなに楽しそうなのは初めて見るよ」
「羨ましいとか思うなよ絶対」
「どうして?」
「そんなことより。スノウ、どうしたの?」
航海に問題でも、と尋ねたクロスに、スノウは首を横に振る。
しかしその表情は優れない。

スノウはちらりとテッドを見たが、移動する気配がないのを感じ取って、問題ないと判断したのか諦めたのか、口を開いた。
「ここから先は穏やかなもんだよ。いい風も吹いてるし、問題はないと思う。……ラマダさん、積荷は香辛料だって言ってたよね……あのさ、僕、出航前に積荷を見たんだ」
ラマダって今回の依頼人の……ラマダ……ラマダ……ラマ……あ、思い出した。
「ああ、クールークのスパ」


だんっ


物凄い音がして、スノウがびくりと肩を震わせた。
クロスが何食わぬ顔で「どうしたの」と言ったその横で、テッドは足を押さえてうずくまっている。
「クロス……てめぇ……」
「テッド、その口もう少し重くしようか」
「スミマセンデシタ」
「テ、テッド……大丈夫かい?」
「ああ、ちょっと」
「ちょっと足を滑らせてコケただけだよね」
「海水で甲板は滑るからね、気をつけた方がいいよ」
「……どーも」
どんな天然の受け応えだよと思いながら、テッドは大人しくしている事にした。

スノウが言いたかったのは、積荷は実は香辛料ではなく紋章砲の弾で、しかもとてつもなく巨大なものだという事だった。
クロスは知っていたので平然としていたが、もしかしてもしかしなくても、それがクールークの巨大紋章砲に使われるんじゃなかろうか。
ていうか出航前に団長に報告しろよそういう事は!

「おいクロス」
「テッドが想像してる通りの物だよ?」
「おいおい……ほっといていいのか?」
「大丈夫、ちゃんと手は打ってるから」
何をだ、とテッドが聞こうとした瞬間、スノウが固い声を出した。
その視線は海を見ている。

テッドとクロスも釣られるように視線を向けた。
「クロス……あの帆船……「六本マスト」……?」
「なんだそれ?」
 聞き覚えのない名称に首を傾げたテッドに、クロスは間違っているが的確な返事をくれた。
「あそこに僕の紋章がある」
「……ナルホド」
あれに罰の紋章が乗っているわけですね。
つーか見張り仕事しろ。甲板が先に気付いてどうする。
「……商船じゃない!! 右舷に砲列……!!」
スノウのその声に団員が反応するより早く、第一撃が船に撃ち込まれた。衝撃に船が大きく揺れる。

「いっ……ちくしょう、久々だと目が回る……!」
爆音と光でくらくらする頭を支えて、テッドは身を起こした。
クロスは倒れなかったのか、近づいてくる海賊船に視線を固定している。
「ほらテッド、とっとと起きて」
「お前、もうちょい人を労われよ」
そう遠くない位置に船が見える。初めて見るが……そりゃそうか。
この船は本来テッドがお目にかかる機会はないのだから。

「いたっ……あ、う、腕が……」
呻く声に二人は同時に振り返った。
腕を押さえて悲愴な声をわざとらしいほどにあげているスノウに、テッドは思わず感嘆の声を漏らした。
「おお、これがあの迷言」
「スノウ……早く立派になってね」
場違いな感想を述べている間に、騎士団員達が駆けつけてきた。
「艦長! 右舷に被弾!! 指示をっ!!」
「う、腕……腕が痛くて動かないよ」
「あの……か、艦長……?」
戸惑う彼らの問いかけを遮るように、もう一発砲撃が撃ち込まれた。
テッドは今度は踏ん張って転がるのを防いだが、襲撃を伝えにきた団員は打ち所が悪かったのか力なく地面に倒れている。

それを見てスノウは顔を真っ青にして震え出した。別の団員が再度スノウに指示を仰ぐのだが、当然。
「と、取り舵! 全力で逃げるぞ!」
「我々だけ逃げるというのですか!?」
「だからにげ」
「とうっ」
言いかけたスノウの首筋に手刀を一発入れたクロスは、呆然としている団員を振り返って、凛とした声で告げた。
「戦うぞ!」
「は……はっ! 面舵いっぱい!」
……雰囲気に呑まれて言う事を聞いているが、こいつ今船長落としたからな?
慌しく駆けていく団員を見送ると、クロスはくったりとしているスノウをテッドにぺいとよこした。
「テッド、スノウ小船に乗っけて適当に流しといて」
「なんのつもりだ」
「え、今後の下準備☆」
「…………」

喉元まで出かかった色々なものを飲み込んで、クロスの言うとおりにスノウを脱出用の小船に乗せて流す。
その間に、紋章砲の撃ち合いは完勝していた。