「待て。ちょっと待て。すごく待て」
日が暮れれば騎士誕生祭が始まる。
火入れの役目を担うスノウの付き人をする事になっているクロスは、入り口まで一緒に(引っ張って)きたテッドに尋ねた。
「どうするテッド、一緒に行く?」
「人を引きずっておいて、さも自主的についてきたかのように言うな」
「火入れ式って、代表者が町の人達が持ってる松明に順番に火をつけていくものなんだ。今回はスノウがその役目なんだけど、僕はそれについてかないといけないから」
「無視かよ!」
「テッドで遊んでる暇がないんだよねー。一緒にいたところで遊べるイベントもないし」
「俺に選択をさせてくれ!」
悲痛なテッドの叫びに、クロスはにこりと笑った。
「そう……じゃあこれ」
ぽん、と手渡されたのは薪だった。
なんだろう、これを祭で使うのだろうか。
よく分からないまま素直に受け取ったテッドに、クロスはいい笑顔で指令を出した。
「裏通りのチンピラ、僕が行くまで狩っててね☆」
「…………」
一瞬何を言われたか理解できず、テッドは手の中にあるものを見下ろす。
薪である。確かに太さは手によく馴染む太さだし、すぐに折れたりはしなさそうだが、薪である。
初期装備にある「ひのきのぼう」以下の存在である。薪である。
「……これで?」
「それで。大丈夫、昔僕はそれでふさふさを倒したことがある」
「…………」
「よろしくね☆」
そう言ってクロスは門の外で待っていたスノウと合流して行ってしまう。
その背中を見送って、テッドは改めて渡された薪を見た。
長さも太さも普通の薪だ。軽く壁を叩いてみれば、乾いた木の音がする。
衝撃を与えた途端に爆発するとか、そんな特殊アイテムではないらしい。
これで本当に戦えるのか疑問だし、まがりなりにも騎士団なので、探せば他に剣でも弓でもあるのだろうが、クロスは「僕が行くまで」と言っていた。
ということは後で合流する予定というわけで。
その時にテッドが薪で戦っていなかったらどうなるか、考えなくとも想像がついてしまうわけで。
「……俺って不幸」
溜息を吐いて、テッドは薪を持って裏通りへと向かった。
テッドの防御力は紙である。
日頃そんな風に感じないのは単に上がりまくったレベルと回避能力の賜物であって、ほぼ完璧を誇るステータスの中で「唯一の弱点」と称されるほどにテッドの直防は低い。
Tでアリやもさもさに辛酸を舐めさせられた記憶はテッドにとっては新しい。時代的には後だが。
そんなテッドは、今回笑い声も高らかにチンピラを一掃していた。
「ははははは! 初期レベル万歳!」
テッドの加入レベルは四十だった。
ちなみに裏通りで出てくるチンピラとじゃじゃ馬はせいぜいが三だったりする。
いかにテッドの防御がオブラート並であってもここまでのレベル差があれば問題ない。ついでに薪でも問題ない。
なんだか小さな女の子を囲んでいる柄の悪い連中もいたので適当にぶっ潰しておいた。
「弱い者いじめしてるみたいで、気が引けるよなあ」
がごんとチンピラを地面に沈めつつ言うテッドの顔は笑っている。
「どっちが悪者かわかんないよねー」
「うっせえ……な……?」
後ろから近づいてきた気配に振り返ったテッドは、首を傾げた。
てっきり儀式とやらを終えてから来ると思っていたのに、クロスの手には煌々と燃える松明がある。
「火入れ式ってのはまだ終わってねーのか?」
「うん、まだ途中」
「だったらさっさとやってこいよ」
「その前にやりたいことがあってね」
そう言うクロスの顔は何かたくらんでいるもので、テッドは眉を寄せる。
その時チンピラがまた数人、懲りずにこちらへ向かってやってきた。
「ったく、性懲りもねぇな」
溜息を吐いてテッドは薪を構える。さすがのクロスも儀式に使う松明を持った状態では身動きはとりづらいだろう。
消えてしまっては困るだろうし。
なお、スノウの腕については、初期の頃の残念さは話に聞いているので最初から当てにはしていない。
どっちにしろ俺一人で十分だと薄く笑みを浮かべていると、クロスが前へ出た。
チンピラに一撃を入れる。その手に持っていた火付きの松明で。
ぽかんとしているテッドの前で、クロスは松明でチンピラを全員殴り倒してしまった。
「ふぅ」
「な……にをやってんだお前は!」
「もう一回やりたかったんだよね。これ」
「ファイヤーダンスか!!」
「薪も立派な鈍器だという証明を」
「火を消せ! 燃え移ったらシャレになんねぇぞ!」
「だめだよ、この火は儀式が終わるまで消せないんだから。っていうか消えちゃったらだめだし」
「だったら余計振り回すな!!」
ぜいぜいと肩で息をするテッドに、クロスはなぜか不機嫌そうだ。
「……じゃあ、こうする」
すっと松明をテッドの持っている薪に近づけ。
「テッドも一緒にしたら問題ない!」
「あるわ!!」
薪を地面に叩きつけて消火した。
消火をしたはいいが、思い切り叩きつけたせいで薪が折れてしまったので、武器を失ったテッドも広場へ行く事にした。
テッドを案内するからとスノウに残りの火入れを押し付けたクロスと一緒に裏通りをのんびり歩く。
相変わらずチンピラは襲ってくるが、今度はちゃんとクロスも騎士団の剣を持っているし、テッドはもともと素手の方が強いのでちょいと拳が痛い程度で問題ない。
なんでわざわざテッドに薪を持たせたのか尋ねてみたが、単に薪で戦わせてみたかっただけらしい。ふざけろ。
「レベル差がありすぎて面白味にかけたなぁ……」
「そういや今の俺とお前、三十くらい差があるのか……紋章もまだないんだよな……」
「テッド、何が言いたいのかな?」
「イイエナニモ」
なぜだろう。
ステータス的には圧倒的にテッドが上なのに、なんでこんな逆らえない感じになってるんだろう。
これが体に染みついた上下関係か、はたまた天魁星と天間星の宿命の違いか。
どんよりと暗雲を背負っていると、クロスがいきなり道の脇にしゃがんだ。
そこにあるのは。
「……宝箱」
「忘れない内にとっとかないとねー」
ぱかっと開けたその中に。
「…………」
「…………」
「……ここの宝箱にはこんなもんが入ってたのか?」
「僕も全部の宝箱の中身まで記憶してないけど、少なくとも、宝箱にスコップはなかったなぁ」
箱の中に入っていたのはスコップだった。
先っぽの部分や持ち手の部分がちょっと赤くなっていたり欠けていたりするのは使用品の証だ。
もちろん今は中古品がどうのという話をしているわけでない。
残念な事にテッドはそのスコップにとってもよく馴染みがあった。
Tで使っていた、あれだ。
カナンだったりクレイズだったりウィンディだったりを埋めたり気絶させたり落としたりするために使った「あの」スコップだ。
「…………」
ここで何も口にしなければただのスコップとして処理されるはずだ。
もしこれがTでテッドが使っていたというか使わされていたスコップだと知れたら、クロスの事だから、武器はこれにしようとか言い出しかねない。
「テッド」
「な、なんだ?」
「これ君のでしょ」
「なんでわかった!?」
言ってから口を押さえてももう遅い。
両手で口を押さえてだらだらと冷や汗を流すテッドに、クロスはスコップの持ち手の部分を見せてにっこりと笑った。
「だってここに「テッド」って彫ってある」
よくよく見ると、確かに持ち手の見えにくいところに小さく「テッド」と彫ってあった。
誰がこんなとこに懇切丁寧に彫った。
一人しかいねぇよ。
「シグール……!!」
「よかったねテッド、愛用の武器が見つかって」
「……ありがとうよ……」
これで今回の俺の武器は弓からスコップに変更か。両手でスコップを持って、テッドはがっくりと項垂れた。
レンジの短い武器を持たされて、今はいいとしても後半戦に入ってから自他共に認める紙防御をどうしよう、なんて事は考える必要はなかった。
今回は後列が存在しない。その時点でテッドの運命は決まっている。