訓練所での訓示が終わってスノウ達と話をしながら外へ出ようとすると、カタリナに呼び止められた。
「こんな日まで大変だなお前も……」
グレンの用件におおよそのあたりがついているケネスが労いの言葉をかけてくる。
それに笑って、クロスは仲間に手を振って別れた。

「ちょっと行ってくるよ」
「また夜にねー!」
ジュエルがぶんぶんと大きく手を振るのに小さく返して、クロスは逸る気持ちを抑えながら、早足で客間へと向かった。
団長がクロス呼んだ理由は、おそらく卒業試験の帰りに拾った漂流者の世話だろう。
並走して進んでいた団長の船が一時離れた理由は、すでに連絡事項として団員達にも知らされていた。
漂流者をラズリルに一度連れて戻った事も知らされていたから、その世話が自ずとクロスに割り当てられる事は予想できた。

しかし、クロスの記憶する限りこんな時期に漂流者などいなかった。
何か行動を起こしたわけでもないのに、イレギュラーな事態が起こっている。
クロス以外にそんなイレギュラーが起こせる人物なんて、普通に考えたら一人しかいないわけで。



「クロスです」
「入れ」
入室したクロスは確かに見た。
部屋の中央に立つグレンと。
「…………」
クロスを見て声にならない叫びをあげているテッドを。
顔に盛大に縦線を入れて口を開閉させる姿は、グレンの後ろにいるため彼には見えていない。

さりげなく唯一の出入り口を体で塞ぐ形で立つと、クロスはさも誰だろうかといわん表情を作った。
「すまんな、こんな日にまで」
「いえ。……彼が例の?」
「ああ。しばらくの間、彼の世話を頼めるか。彼も同年代の者といた方が、気が楽だろう」
「わかりました」
物分かりのいい小間使いという立場に相応しい完璧な応答をすると、テッドはぶんぶんと首を横に振った。
もちろんグレンには見えていない。

「お、俺は一人でいい」
「そんなこと言わないで。よろしくね」
「テッド、こいつはクロスだ。歳は同じくらいだろうから気も合うだろう」
「…………」
無言のままのテッドに、クロスは笑顔で右手を差し出し握手を求めた。
テッドは苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、クロスの笑顔に黒いものを感じたのか、おずおずと右手を出す。
「よろしくね、テッド」
「…………」
「よ・ろ・し・く・ね?」
「……コチラコソ」
出された右手をがっちりと掴んで、クロスはにこやかな笑みを崩さない。

「テッドは海の上を丸太一本で半日近く漂流していたらしい。体調もまだ万全ではないだろうから、気を配ってやってくれ」
クロスの表情が輝いた。テッドの表情が引き攣った。
「わかりました」
「テッド、今夜はちょうど祭がある。よければ見にくるといい」
そう言い残してグレンは部屋を出て行った。
グレンの気配が完全に消えるまで、クロスはテッドの手を握ったままだった。
その手は小さく震えている。それどころか、グレンが扉を閉じる前からクロスの体は小刻みに震えていた。

「……いつまでこの手を握ってるつもりだ」
地を這うような声でテッドが吐き捨てて、クロスの手を振り払う。
その手が離れた瞬間。
「ぶはっ……あっはっはっはっはっはっはっはっは!!」
「ちっくしょう最悪だ!!」
頭を抱えてその場に膝をつくテッドに目もくれず、クロスは体を折って腹を抱えて心の底から笑った。
テッドが何か悪態を吐いているが、笑うのに忙しいのでいちいち返答をしている余裕はない。
「ま、丸太って……スノウ? スノウの再来を狙ったの? あ、まだスノウは漂流してないから先駆け? さすがだねテッド!」
「どっちもちげぇよ! 丸太は上に乗るのが一番合理的なんだよ!!」
テッドが自棄気味に弁解をしているが、クロスにしてみればそれすら笑うネタにしかならなかった。

テッドon丸太。
見たかった。ぜひとも見たかった。

「テッド……次の機会があったら、ぜひ」
「誰がやるか!!」
いい加減息が苦しくなって、ようやく笑いを止めたクロスを、テッドは射殺さんばかりの目で睨みつけてくる。
それでもテッドを見ていると丸太に乗ってぷかぷか浮いている姿を想像してしまって頬がつい緩む。
当分人前でテッドと話す時は表情を作るのが大変そうだ。

「あー笑った……これはいいお土産話ができたよ……」
「シグール達に話したらトラン湖に浮かべるぞお前」
「え、丸太で?」
「…………」
がっくりと肩を落とすテッドに冗談だよと笑って、クロスは椅子に座った。
倣ってテッドも適当に座る。
依頼人や客人の応対のための部屋にある椅子はそれなりに上等なもので、本来クロスは座れないし昔は座ろうとも思わなかっただろうが、今は「人が他にいなけりゃいいよね」だ。

足を組んでクロスはにっこりと微笑む。
「随分と早いご登場じゃない? 霧の船はどうしたのさ」
「……消えた」
「消えた?」
「ソウルイーター取り戻しついでに一発裁きかましたら……ぱっと」
「消えた、と」
「おう」
「それで海に落ちた?」
「おう」
しばらく押し黙ったクロスは、やがて「君さ」と口を開いた。
「前の時もアレが消えたら船も消えて、海から落ちそうになったよね?」
「…………」
「それで僕達に散々からかわれたの、忘れてたの?」
「……いや、ちょっと、他のことで頭がいっぱいで」
「たとえば?」
「お前から逃げ……なんでもない」
「うんわかった。逃がすつもりはないから安心して☆」
「…………」
「僕の僕による僕のための二周目、当然付き合ってくれるよね?」
「…………」
「ね?」
「…………」
「ね?」
凄んだクロスに、テッドはかくかくと首を縦に振った。
ああ悲しきかな宿星の性。

「とりあえずは紋章継承イベントなんだけど、今回団長すっとばさないといけないから、早速手伝ってね」
「継承イベントって……まさかお前」
「うーん。まさかの継承前」
ほら、と剥き出しにした左手の甲には、今は水の紋章が宿してある。
「……ここは何もないのがお約束っつーか」
「宿せるものは宿すよ。なんか新鮮だよねー」
「……さいで」
「というわけで、ちゃんとイベントまで付いてきてね☆」
「…………」
「君の世話、僕の役目だしー」
絶対お前と俺の役割逆だ、とテッドの目は語っていたけれど、クロスはまったく意に介するつもりはなかった。





***
というわけで序盤からテッド加入。
これがやりたかったんだ(キラキラ