朝になると、ジェスが独断で兵を出陣させる準備をしていた。
彼が集めてきた約五千の兵を使って一気にネクロードを叩きにいくつもりらしい。

止めに行くグフタフに、ジェスは自信気に告げる。
「死者の群れはネクロードの術によって操られています。ならば、ネクロードを倒せば敵は一気に壊滅します」
「それでどうにかできてたなら、僕らがとっくに三回くらい終了させてるんだけどね……」
「ネクロードの居場所がわかっているのか!」
「もちろんだ。かねてより、同盟軍再結成のため、あちこちにスパイを放っていたんだ。王国軍に捕まり命を落とした者も多かったが、皆ミューズのために戦ってくれた。その中の一人がネクロードの居場所を調べ出してくれた」
「それが間違っていたらどうするんだ?」
「……わがミューズに忠誠を尽くしてくれた男が死をかけて伝えてくれた情報だ。間違っているはずがない!」
「あ、だめだ聞く気がないね」
仕方がない、とシグールが取り出したのはスコップだった。……どこから出した。

「ほいさぁっ!」
「!?」
べこんっ、とジェスの頭頂部目掛けてシグールがスコップを振り下ろした。
地面に突っ伏してぴくぴくと震えているジェスを見落として、シグールはやれやれと首を振る。
「あのねジェス君。君がその若さという無謀さに任せて血気盛んにネクロード追おうとするのは結構なんだけど、もしその情報が偽だった場合、ネクロードに五千の新しいぴっちぴちの死体をあげることになっちゃうわけ。こっちが超不利になっちゃうわけ」
「だ、だから俺の情報は間違ってなど……!」
「んー、二重スパイなんて吐いて捨てるほどいるのが戦争の常だよ?」
「……そこらへんにしておけ、シグール」
このままだとフリックを苛めるオデッサよろしくになりそうだったので、シグールの肩を掴んで止める。
やや不満そうな様子が伝わってくるが、ルカは無視した。

「行くなら俺達の兵と合わせて全力で叩く。下手に分散させて向こうにつけいる隙を与える理由もあるまい。グフタフはティントの守りを固めておけばいい。……それならジェスも文句はないな」
「えー、ルカはジェスの情報信じるの?」
ルカの選択に、シグールはいささか不満を口にする。シグールの言にも一理あるが、ここでの頭はルカで、シグールはあくまで部外者というスタンスだ。それに。
「信じてはいないが、この手のタイプは一度好きにやらせて失敗してみないとわからんだろう」
「……ルカ、僕より酷いね?」
すっかり沈黙してしまったジェスを見て、シグールがけらけらと笑った。


 
デュナン軍から派遣された一団と合流しクロムまで行ったところでシグールがやたらとごねるので、進軍はリドリーらに任せてしばらく滞在する事になった……ら、ティントがネクロードに制圧された。
ティントの地下ある坑道の内、外から入り込めるものがあったらしい。
ちなみにジェスはやはり偽情報を掴まされていたようだった。
幸い、進軍していた方は大きな被害を受ける前に離脱できたらしいが。

そしてここで例のヴァンパイアハンターと再び出会った。
「久しぶりです、ビクトール。ルカ殿もおひさしぶり」
「カーンじゃねぇか。おまえも、ネクロードを追ってか?」
「まぁ、そういうことになりますかねぇ。いや、ネクロードの魂を封じる方法を追ってというのが正確です」
「『魂』を封じる?」
「私が結界を作り、あなたが星辰剣でネクロードの身体を砕いても、魂を封じなければ再生するかもしれないことがわかりましたから」
「その方法ってのは?」
「方法……というか、その力を持つ相手を見つけました」
微妙な言葉の濁し方は聞き覚えがある。シグールの事を第三者に語る時のフリックとかと似ているのだ。
虎口の村にいるというその人物に会うため、ルカ達は虎口の村へ行く事になった。
ナッシュが「吸血鬼……まさかな……」とか呟いているのは何かの伏線か?
 




***





虎口の村は寂れた村だった。緑の少ないこの土地では、鉄鋼業以外に生産を立てる術がないだろう。
歩きながらナッシュはカーンに声をかける。
「なあカーン、さっき言ってたネクロードの魂を封じる力を持つ相手ってさ」
「私の昔の知り合い……ですかね。力になっていただけると思いますよ」
「ネクロードの力を封じることのできる『人間』ってことか?」
「力は間違いなくあると思います」
ナッシュが問いかけたかったのは『人間』の部分だったのだが、さらっとかわされる。
まあもう村に入っているのだし、どちらにしろ答えはもうすぐ出るだろう。

そう思いながらぼやっとしていると、怒気交じりの声が聞こえてきた。
本音を言えば聞こえなかったふりをしてスルーしたいが、シグールが目を輝かせている時点で望みは薄い。
「ティントの村が吸血鬼とゾンビの手に落ちたっていうじゃねぇか。お前も奴らの仲間なんだろ!」
「そうだ! そうだ! だいたい、ここで何をしてるんだ。一日中、宿の部屋にこもりっきりで!」
騒いでいるのは村の人間だろう。
いい年をした男達がぎゃあぎゃあと、と言わんばかりの不愉快さを顔面に張り付けたルカが舌打ちするのを見て、男達の将来が透けて見えた。ドンマイ。

騒ぎの元をうかがおうと、ひょいっと覗く。
男達に囲まれているのは、銀髪、赤い目、白を基調としたワンピースの上に紫と青のマントを……
「あーーーっ!!」
思わず絶叫した。そして何も考えず、彼女を囲んでいる男達を左右に押しやって、輪の中心にたどりつく。
後ろから誰か何やら言っているがどうでもいい。
きょとんとした顔をしていた彼女が、また消えてしまう前にと体が勝手に動いていた。

「シエラっ!!」
「っぅ!?」
小さく柔らく、少し冷たい体を抱きしめる。
その感触は間違いなく本物だ。
消えたりしない、本物だ。
「シエ」
「手を離せ!」
柔らかい髪に頬を寄せていると、鋭い声と共に体に衝撃が降ってくる。
雷を落とされた、と地面に突っ伏してから気付いた。
「ぐっ……」
「何をするかこの戯け! いきなり抱きつく奴がおるか!」
そしてさらに追加が落とされる。容赦ないですオババ様。
足元しか見えないが、落とされる雷は確かに彼女の証拠で……別に懐かしいわけではないが。
「カーン、彼女か」
「ええ、そうです。シエラ様、ですね」
「なんじゃ、おんしらは? わらわは眠いのじゃ、用なら手短にな」
頭の上で会話が交わされ出す。
やはりカーンの言っていた「力を持つ者」というのはシエラの事だったらしい。

ナッシュが回復して起きあがるまでに、概ねの状況説明は済んだらしかった。
……なぜルカが剣を抜いて構えているのか。

「ほう、勇気のある子供じゃ」
くすりとシエラが笑みを浮かべている。
「ちょっ……何するんだ!」
慌てて間に割り込むと、後ろからシエラの呆れた声が聞こえてきた。

「そこをどけい」
「こいつらシャレになんねーんだよ! っつーかなんで戦うことになってんだ!」
「聞いてなかったのか。足手まといになるか判断をつけるために戦うところだが」
「おいシエラ、馬鹿な真似するな! 特にルカとシグールはマジで強い! 俺が保証するから!」
シグールもルカも頭にドがつく戦闘好きだ。
特に相手が強ければ強いほど盛り上がるし……なにより、たいしたダメージにはならないとは分かっているが、彼女が攻撃されるのを見たくはない。

「うるさい下僕よ。わらわが戦うと言ったのじゃ。さがっておれ」
「そうはいくかよ!」
ナッシュは自分の武器を手にして、構える。
「前衛の攻撃ぐらいは防がせろ」
「ヒュー、ナッシュかっこいい♪」
「おいおい、やるじゃねぇか」
シグールやビクトールが笑っているが、無視する。
正直、最後に彼女と戦った事を思い出すから、シエラが傷つくのは見たくない。
「……ふん、興が冷めたわ」
鼻を鳴らしてシエラが呟くと、ルカは頷いて剣を収めた。
「まあこの下僕がそこまで言うのなら実力に不足はあるまいよ」
「失望はさせない」
「さあ、ネクロードの所へ案内せい」
わらわ手ずから助けてやろうと言うのじゃからな、と言ったシエラに「恐縮です」とカーンが頭を下げている。

「じゃがまず宿の荷物を持ってこなければの」
予想していた言葉にナッシュは肩を竦める。
ナッシュが運んでいたあの荷物を今までどうやって持ち運んでいたのだろう。
「部屋を教えてくれれば取ってくる」
「……おんしに頼んではおらぬが」
「いいだろ俺で。何か問題でもあるのか」
前回の旅の時は布一つ持たずに全部ナッシュに持たせていたくせに、と思いながら尋ねると、シエラは眉を寄せて不愉快そうな表情をつくる。

「出会いがしらに抱きつく下郎が何を申すか」
「……心配したんだよ。出ていく時は一言くらいかけろ」
「なんじゃ、おんしは仕事を放棄してわらわを追いかけて来たのかえ?」
艶美な笑みを浮かべたシエラに、仕事は保留というか放棄されているのは事実だったし、シエラの姿を探しながらのこれまでだったのは確かだったので、ああそうだよとナッシュは返す。
「お前らしいが、何も言わずに置いていかれたこっちの身になってみろ」
「朝まで留まると約束した覚えなどないわ」
「…………」
ごもっともだったので黙るしかなかった。
 


クロムに戻るまで、シエラはナッシュに声をかけたりしなかった。
色々言いたい事はあったが、返事が戻ってきそうな気配がなかったので、ナッシュは彼女の荷物を運ぶ事に集中する事にした。
前を歩くシエラに異変はなさそうである。

「戻られましたか、ルカ様」
戻った一同を迎えたのはクラウスだった。いつの間にか追いついていたらしい。
「…………」
無言でシエラに見上げられ、彼は助けを求めるように視線を滑らせた。
「……こちらの方は?」
「あぁ……こいつは……」
ビクトールが説明しようとすると、シエラはさっと手を出してそれを止め、もう一度まじまじとクラウスの顔を覗き込んだ。
「あ……あの……?」
「…………」
何も言わないシエラに、クラウスは思わず一歩下がる。
口さえ開かなければ絶世の美少女だ。そんなにビビるところでもないような気がするが。

「おいシエラ。やめろ」
今まで知らなかったが、もしかすると女性が苦手なのかもしれない。
クラウスの反応が可哀想で、ナッシュはシエラの肩を掴み、軽く引いた。
ふっとシエラの視線がクラウスからナッシュへ向けられる。
深い赤に見つめられて、思わずナッシュは雷を覚悟したが――

「わらわはシエラ=ミケーネ。どうしても力を貸してほしいとこ奴らが言うものでの、手を貸してやることにした」
「は、はあ……シエラさんですか。よろしくお願いします」
「うむ、足を引っ張るなよ若造」
「え、ええと……」
「後は好きにやらせてもらう。部屋を一室もらうぞ」
「は、はあ……どうぞ。では、私は報告書をまとめておきますので……失礼します」
クラウスが一礼してから場を立ち去ると、シエラはくすくすと肩を震わせる。
「ほほほ……かわいい反応じゃこと」
「前途有望な若者をたぶらかして遊ぶなよ」
ビクトールが苦笑して言うが、シエラは愉快そうに肩を揺らすだけだ。
「何を言うか。わらわはたぶらかしてなんぞおらぬわ。少し見ていただけであろう……のう?」
見上げられたナッシュは、この無自覚なオババ様に溜息で返した。

「あんな無言で見つめて何したかったんだよ、あんたは」
「ほほほほ、やはり若造はからかってこそじゃのう」
からかいとあっさり認めたシエラは、疲れた休むと言い放って階段を上っていく。
やれやれ、と溜息を吐いてナッシュもその後を追う。

「おい、シエラ」
「…………」
無言で立ち止まったシエラに、ナッシュはもう一度溜息を吐いた。
「あんたどの部屋に入るつもりだったんだよ」
「……案内せい」
「左斜め前の部屋」
すたすたと進んでいったシエラが部屋の扉を開ける。
開きっぱなしの扉から見かけより軽い彼女の荷物を部屋に運び込んだ瞬間、雷を落とされた。
なんでだ。

「何しやがる!」
「ここはおんしの部屋ではないか!」
「よくわかったな」
荷物はないも同然だ。どこでナッシュの部屋だと分かったのか。
「……っ! 冗談ではないわ! 早くわらわの部屋へ案内せい!」
「実は部屋数的にちょっと足りないんだよ。いいだろ、別に」
床に彼女の荷物を置くと、もう一発落とされた。理不尽すぎる。
「なぜおんしと同じ部屋にならなければならぬのじゃ!」
「なぜって……今回面子に女性いないし、かといってシングルベッドに男二名とかムサいし……っつーか今回デカい男どもしかいないしな」
ルカもカーンもビクトールも、他人とベッドを分かち合える体格をしていない。
唯一小柄なシグールは一人部屋を譲る気などないだろう。

「わっ……わらわにおんしと同じ部屋で寝ろと言うか!」
「邪魔なら俺は床で寝るって。いいから休めよ、眠いんだろ?」
気になるなら部屋から出ておくからさ、と付け足すとシエラはむすっと押し黙った。
眠いは眠いだろう。日光は平気でも彼女は完全に夜型だ。
ここまで歩いて移動したのだし、その前も眠そうにしていたのだ。寝たいに決まっている。

「じゃあ夕食前に呼びに来るからな。ちゃんと寝とけよ」
じゃあな、と手を振って部屋から出ていこうとすると、短い一言で呼びとめられた。
「何だ?」
「……紋章を探す旅はどうしたのかえ」
その質問にナッシュは肩を竦める。
「保留中? まあ一応、軍主の片割れが真の紋章を持ってるし、その観察と報告ってとこか」
シエラはナッシュの説明には何の反応も返さず、カーテンを閉めるとベッドの上に座る。
どうやら寝る事にしたらしい。

「じゃあなシエラ。おやすみ」
もう一度声をかけたが、布団も被らず横になったシエラは何も答えてはくれなかった。



***
全力でナッシエのターン。