トランとの同盟を正式に結ぶ事ができたのは大きかったが、払った犠牲も大きかった……のかもしれない。
「オデッサ……俺は……俺は……」
滞在中散々弄ばれたフリックが端の方でやつれて転がっているが、軍師は一切関知しないつもりのようだ。
「あ、そうだ。シュウに伝言を預かってきたんだ!」
「私にですか?」
「えーっと……なんだっけ」
「『相変わらず性格悪そうだけど、トランが同盟を組んであげたからにはどんな手を使ってでも勝ちなさい』だって」
首を傾げたセノの代わりにシグールが口にした言葉に、シュウは眉を寄せる。
「……それは誰から?」
「オデッサ=シルバーバーグ」
「…………」
名前を聞いた途端、シュウがもの凄く嫌そうな顔をしたのが誰から見ても明らかだった。
知り合いだったのか。
仕切り直しでアップルが戦況を説明し始めた。
王国軍の本隊がすでに中継地であったミューズを出て本拠地へと向かっているらしい。
先日正式に皇王となったジョウイ=ブライトが直々に率いる第一軍、その彼の部下である謎の男が率いるのはキバの率いていた第三軍の兵士の生き残りを中心とした隊だ。
第四軍を率いるのは新しく軍師となったレオン=シルバーバーグと、ハルモニアから援軍として送り込まれた神官将である。
合計すると約五万の兵が、直にここを潰しにくる。
「ハルモニアに援軍を頼むとは。あの男、勝負を一気に決めるつもりらしいな」
「友好国とはいえ、ハルモニアに借りを作るとは……いずれ、高くつきますね……」
キバとクラウスが苦い表情で呟く。
実際のところ、ハイランドがなくなるので高い借りについては踏み倒す未来が見えている。
「こちらの兵力はキバ将軍と共に我が軍に参加した兵士、ルカさん目当ての脱走兵、トランからの援軍を合わせても三万に足りません」
「およそ倍か……だが、それを覆せるだけの策はあるんだろう?」
ルカが胡散臭そうな目つきで尋ねると、シュウは自信ありげに頷いた。
「今日は各自休んでくれ。話の続きは明日以降とする」
「……あ、はい」
慌てて返事をしたセノは、確実に居眠りをしていた。
分かっている事を並べ立てられると確かに聞いている方は眠くなるが。
「ルック、ルック」
とんとんと肩を叩かれて視線を向けると、シグールが紙切れを持って立っていた。
「これテッドからの指令状」
「……何」
「作戦会議するから迎えにきてだってー」
「……いつ」
「今から? っていうか昨日?」
「…………」
シグールから手紙をひったくって文面の最後に書かれた日付を見る。
向こうから鳩が飛ばされたのは、こちらがトランに行く直前だった。
なるほど普通に同盟を組んで戻ってきていれば、昨日の作戦会議は可能ではあった。
明らかにトランでの滞在期間延長が原因だが、まぁ向こうもギリギリに送ってきたのが悪いという事で。
今見た僕らは悪くない。
***
ルックの転移(いつも便利にありがとう)でデュナン城へ行くと、容赦ない殺気を纏って仁王立ちした長身がテッドを待っていた。
ついでに作戦会議が予定日よりずれた事についての謝罪はなかった。
これについてはまぁ、最初から期待していない。ギリギリに送ったこちらも多少は悪い。
「どういうことか説明しろ」
「人が作戦伝えにやってきたらこれだよ!」
ルックかセノかシグール説明しておいてくれよ!
……あ、全員してくれなさそうだ。
「説明は作戦立てた本人がするのが一番誤解を招きにくいだろ」
「…………」
正論だ。正論だが、せめて一言言っておいてくれてもよかったじゃないかとテッドは空を仰いだ。
「セノ、元気だったかい? ナナミは大丈夫?」
「元気だったよー、ナナミも平気っ」
ほのぼのと再会を喜び合っているジョウイはルカに完全に無視されている。
なんで俺だけに殺意が集中しているのか聞きたい。
「おい、なんで俺ばっかりなんだ」
「貴様が作戦を立てているんだろうが。あの男を殺した? ふざけるな、それは俺が行うべきことだった!」
怒鳴ったルカに、テッドは慌てて首を横に振る。
「いやいやいやいや、殺してねーから。ちょっと引退させただけだって!」
セノが不殺を強く言っているのに、アガレスをわざわざ殺すわけがない。
「ちょっと」「穏便に」「正攻法で」引退していただいただけである。
「あの訃報は」
「嘘に決まってんだろ。キバとクラウスをこっち側にするためにはあれしか方法が浮かばなかったんだよ!」
「まあまあ。そろそろ話し合いしようよ」
ルカを宥めながら、クロスがどこから持ってきたのか知れないカップと大きなポットを机に置いた。
……ああ、やっぱりカップは八つなんですねわかります。
「ひーふー……クロス、カップが多くないか?」
セノと談笑していたジョウイが、カップの個数に首を傾げる。察しが悪いなジョウイ。
「連れてきったよーん☆」
その時、タイミングよく扉を開け入ってきたのはシグールだった。
シグールと………シュウだった。デスヨネー。
「ななななななんでしゅしゅしゅしゅ」
「落ち着けジョウイ。お前はどれだけシュウにトラウマがあるんだ」
「反応がシグールを見た時のネクロードと同じだぞ……」
顔色を変えたジョウイの肩を落ち着かせようと叩くが、
ついにはガタガタ震えだした。大丈夫か。
「これはこれは、初めてお目にかかりますね。ジョウイ=ブライト殿」
「なんでシュウを呼んだんだい……」
「作戦をシュウに伝える時に間違っちゃったりしたら困るでしょ? だから呼んでおいたんだ」
セノの心遣いは非常に助かる。
自分が「もしかしたら難しい事を聞いていて寝落ちしちゃうかもしれない」というのを理解している事も好ましい。
まあ、ジョウイにはいじめにしかならないわけだが。
「始めなよ。僕も付き合ってあげるんだから感謝しなよ」
相変わらず上から目線のルックに促され、テッドはまずルカに椅子を勧めるところから始めた。
大男は立ってるだけで圧迫感があるんだ。
「さて、一応ここまでは予定通りだ。ギリギリ進行で連絡が遅くなったのは謝る。こっちも色々手一杯だったんだ。……ということでルカはもう睨むな」
「ふん」
腕を組んでこちらを見るルカの視線から殺気が消えて、テッドは一息吐く。
「で、ここからが物語の佳境だ。何が起きるかについては、セノとジョウイにざっと説明してもらう」
「はいはい。前回はここでルカを倒す作戦が入ったんだけど、今回ここはカットだね」
「その後はシグールさんを仲間にするイベントがあったんですけど……今回はそれもないですね」
「和平交渉も今回はない……かな」
「ティントでネクロードと戦って、それが片付けばティントと同盟です。その後はグリンヒルを解放しに向かいます。でも」
「その直後にマチルダ騎士団がハイランドへ降伏する」
「なので、ロックアックス城を落として仲間にして、それから最終決戦でルルノイエを落として、獣の紋章と殴り合って……ってこれもないのかな?」
「最後に僕とセノが思い出の地で再会して終了」
「――というのを紙に書いておいてもらったので後で確認してくれ」
「…………」
シュウから今の説明は不要だろうという言葉が聞こえてきそうだが、微妙に要らない後半戦も含めて口で説明してもらった方が早いのだ。一応。
「というわけで今後の作戦だが、打倒ルカから和平交渉のくだりは全面カット。セノはそのままティントにネクロードを叩きのめしに行ってくれ。セノは宿星の回収だけ忘れないように
」
「はい」
「ミューズの件はどうするつもり」
「マチルダを引き入れるのにはあそこは必要だよね」
ミューズの件とは獣の紋章にミューズの住民と流民の命を食わせて以下略、という一連の流れの事である。
被害人数は半端ない事になるため、今回はもちろん却下されている。
だからこそあそこでソウルと罰のコラボレーションを披露したのだ。
「そこは代役がいるから問題ない」
「じゃあグリンヒルもそのままですか……?」
「ちょっと無理があるけどな、ジョウイは軍をグリンヒルから撤退させとけよ」
「善処する」
今回はデュナン軍も結構強いしなんとかなるだろう、とジョウイはやや投げ槍な態度だ。まあ無理もないか。
「マチルダは俺が順調に降伏させるから安心しろ。っつーかゴルドーならさっさと自己保身に走るだろ」
「いろいろ状況違うけど、そこは大丈夫なの?」
ルックの質問に、テッドはしっかりと頷いた。
前回との差異のせいで(たとえば今回はルカが猛威を振るっていないとか、ジョウイが微妙にやる気がないとか、レオンがあまり目立つ予定がないとか)ゴルドーが寝返らない場合は、テッドが直々に「説得」に行く予定である。
「ゴルドーに人権はないからね、別に乗っ取っても洗脳してもなんでもいいよ」
不殺を唱えるセノのためか、極力物騒な言葉を控えていたジョウイが初めて容赦ない言葉を吐いた。
……そういえばゴルドーだったな、ナナミを瀕死に追い込んだのは。
「はい、やり方はおまかせします。あとは同じですか?」
「……まあちょいちょい変わるかもしれんが」
そしてセノもジョウイの物騒な言葉をさらっと流した。
……これはまさか、ゴルドーは殺ってもオッケーなのだろうか、セノの中では。
ここで聞いて肯定が返ってきたら怖いので聞かないが。
「えーと……シュウから質問はあるか?」
「概ね把握した。随所の軍の動かし方に関しては、俺の裁量でいいんだな」
さすが稀代の軍師である。こんな会話で把握したらしい。
「火力も十二分だ。好きにさせてもらうからな、覚悟しろ」
「……そのいい笑顔はどういう意味だ」
シュウの笑顔は嫌な予感を連れてくる。引いていると、ルックが答えてくれた。
「II戦争システムは知ってるよね」
「いきなりメタったな! もちろん把握はしてるが」
「あれって、それぞれの戦争参加キャラに対して、攻撃力と防御力と特殊能力付加があるんだよね」
もちろんそんな事はテッドも分かっている。
ジョウイから説明を受けたし、勝手は理解しているつもりだ。ルックは今更何を言っているのか。
首をひねっていると、セノが手を打った。
「そういえば、編成全然いじってなかった」
「編成? そんなに変わるのか?」
確かに弓兵に移動力アップや、騎馬隊に火炎槍を持たせると戦術も変わってくるだろう。
だが、シュウがあの笑顔をするほど大きく戦況は動くものだろうか。
「あのですね、僕らって、各自に攻撃力と防御力が割り振られてるんです」
「うん?」
まだメタ会話は続くらしい。
確かにIV戦争でも、個人によって部下の人数や、紋章砲の威力に差があった。
「例えば、僕は攻撃八、防御九なんですよ。それと特殊能力で回復持ちですね」
「ちなみに僕は攻撃十、防御四。風の魔法付加だね」
「この攻撃特化型め……」
これまでもルックの魔法攻撃には苦戦している。遠方にまで届く上に、馬鹿強いって何事だ。
「そして副将のシュウは、攻撃三、防御一です」
「…………」
なんだか嫌な予感がしてきた。
「そしてルカは、攻撃十三、防御十三です」
「待て」
素で止めた。まあ落ち着け。
「まさかシュウとセットにするつもりじゃないだろうな? 大将ルカで副将シュウとか泣きたいんだが」
「いや、俺は副将だが」
「…………」
ルカの言葉に、テッドは卒倒しそうになった。
「……副将!?」
「ああ」
こいつが副将だと!?
「神様嘘だと言ってくれ!!」
「うそじゃないよー」
「…………」
さすがだシグール。今の合いの手は俺の心を折るのに絶妙のタイミングだった。
「旗頭とはいえ、さすがにルカ殿が大将を張ると、都市同盟出身者の反感を買いやすくてな」
シュウの考え抜かれた上でのコメントを受けて、テッドはよろよろとジョウイに顔を向けた。
「ちょ……ちょっとジョウイ、計算してみてくれないか」
「僕の脳は現実と足し算を拒否している」
真顔で返してきたジョウイは視線が虚ろだ。
「つ……つまり、ルックが率いる魔法隊にルカとシュウを突っ込んだ場合……攻撃二十六ができ……にじゅうろくぅ!?」
死ぬ。どのハイランドの隊が当たっても即死する。
それが三マス離れた位置からやってくるって、シュウはハイランド軍を掃討する気か。どんな殺戮ゲーだ。
「それをぶつけてやるから安心しろ」
「……ジョウイ、次から俺は後方に引っ込んでいるが、問題ないよな」
「魔法メインだし問題ないんじゃないかな。僕も引っ込んでるけど、皇王だし問題ないよね」
思わずジョウイと二人でうすら寒い協定を取り付けて握手を交わしたが、俺達だって我が身が一番大事なのだ。