城を出て、ふらり街中を探索する。
同盟についての内諾はあっさりと得られたようで、正式な返事は明日もらえるとの事だった。

「というわけで今日はのんびりグレッグミンスター観光でもしようよ」
「俺はちょこちょこ来てるから、案内くらいはできるぜー。シグールは三年ぶりか?」
「実はこっそり最近来てたりした。ルカは初めてだよね? どう?」
「……綺麗だな」
ゴミの落ちていない、整備の行き届いた通りを歩きながら、ルカは目を細める。

数年前にこの町は激しい戦火に包まれたはずだった。
だが今は、荘厳なる佇まいを取り戻している。
「だろ? 一時期はどーなるもんかと思ったが、綺麗に復興したよなー」
得意げにシーナが言うと、「ほんとに綺麗な町だよね」とセノが相槌を打つ。
「あ、あそこが僕の家ね。今晩の宿〜」
「夕ご飯ご馳走してもらえるんですよね! グレミオさんのシチュー、楽しみです!」
「あれは絶品だからね」
「俺は久しぶりだなあ。三年前はよく食べたぜ」
「シーナ、食べすぎちゃダメだよ?」
前を行く三人がわいわい話しているのをぼんやりと見ながら、ルカは左右を見回しつつ歩みを前に進める。

黄金の都と謳われる、賑やかで美しいトランの首都、グレッグミンスター。
話に聞いた事は何度もあったが、実際に見えるとその大きさに驚かされる。
これが数年前に一度は瓦礫ばかりの町であったのかと、今の姿だけを見ると信じられなくもある。

屋敷に入った途端、顔に傷のある大柄な男が泣きながらシグールに抱きついてきた。
「ぼっちゃああぁぁぁぁぁぁん!! グレミオは! グレミオは心配していたんですよぉぉぉぉ!!」
「あ、うん、ごめんグレミオ」
「ああ、グレミオさんだなー」
「相変わらずだね……」
 慣れた様子の二人に、このやり取りは珍しいものではないのかと思う。
「どこに行っていたんですか? どこかへ行くなら私もお供を……」
完全にルカ達を視界の外においてシグールにあれやこれやと言い募っているグレミオに、シーナが苦笑を浮かべてルカの肩を叩いた。
「ああなるとグレミオさん長いからなー。街行こうぜ。夕飯までには終わるだろ」
「終わるといいけどね」
「…………」
まだ陽が高い外を見て、ルカは初めてシグールに同情心を抱いた、かもしれない。

しかしだからといって助ける気は毛頭ないので、シーナ達に続いて外に出た。
しばらく通りを歩きながらシーナによる観光ガイドを流し聞いて、噴水のある場所まで出た。

「さて次はどうするか……マリーさんのとこ行くか?」
「あの人が出すお茶は嫌いじゃないよ」
「ルカはどうする?」
噴水の前で足を止めたセノに、「好きにしろ」と言ってルカは近くにあったベンチに腰を下ろした。
「俺はここにいる」
「えー、一緒に行動してくれよ。一応国賓だしさ」
「国賓にしては適当な扱いだな……」
「いーんだよ、ダチだし」
「あんたと友人になった覚えはないけどね」
「ルックってば」
くすくすセノが笑うとルックも含み笑いを見せる。
参ったなあとシーナが苦笑いをしつつ頭をかく。

同盟軍の上層部にしてはあまりに暢気な光景だったが、ルカももう見慣れているのでなんとも思わない。
マリーというのも三年前の戦争に関わった者なのだろう。
知己との再会ともなれば、積もる話もあるだろうし、当時を知らないルカがいては話しにくい内容もあるだろうと、ルカなりに気を遣ったつもりなのだ。
それに、ここから街の様子を眺めるのも悪くない。ここからは行き交う人がよく見える。

彼らには好きに動いてもらうとしようと放置して、座ったまま視線を広場から左右にめぐらせ――
「っ!?」
立ち上がり、ルカは駆け出した。
「ちょ、ルカ!?」
いきなりのルカの行動に慌てたセノやシーナの声が背後から聞こえたが、無視してルカは人影に追いつく。

今まさに角を曲がろうとしていたその人物の腕を掴んで、引いた。
「った、何をするん……」
腕を振りほどこうとして振り返ったのは、青い目に黒い髪の女だ。
肩口まで伸ばされた黒い髪、少しきつめの目尻。それに――膝まで落ちる灰色のマント。

「ローレライ」
彼女の名前を呼ぶと、丸くしていた目をふっと細めて、女はこちらを見上げて頷いた。
「なんだ、ルカか。久しぶりだね」
「……ああ」
「どのくらいだ? もう十年くらいか」
「もっとだ」
「背、伸びたのか」
「まあな」
「いいな男は」
何か言え、と笑ったローレライにルカは苦笑いを浮かべ、掴んでいた腕を放した。
「弓はどうした?」
「ああ、三年前に参加した戦争が終わった時に壊れた」
「たいしたものではなかったからな。マントはまだ持っていたのか」
「暖かいし丈夫だからな。重宝してるよ。十年も使えばよく馴染むね」
言って、ローレライはばさりとそれを外してみせる。
「つぎが当たっているな」
「さすがにね」
「新しいのをやる」
「使えるんだからこれでいいさ」
羽織りなおしたローレライは、首を傾げた。

「で、どうしてここにお前がいるんだ? 風の噂じゃ軍のトップに立ったとか聞いたような気がするんだが」
「まあな」
「……ふぅん。じゃあ、そこにいるのが軍主のセノかな」
指されて振り返ると、ちょっと離れた場所で突っ立っている三人がいた。
ルカが振り返ったのを見て、三人が寄ってくる。
「ルカ、知り合い?」
「ああ。ちょっとな」
「あ、僕セノって言います」
ぺこりとお辞儀をしたセノは、ついでといわんばかりにルカにとって聞き飽きたセリフを口にした。
「ローレライさん、仲間になってくれますか?」
「ああ、いいけど」
「随分とあっさりしているな」
「たまには気分転換もいいさ。それに、どこかで見た顔もあるしね」
肩を竦めたローレライは、先程「三年前の戦争」と言っていた。つまり、彼女もシグールの軍にいたという事か。
……世間は狭いな。
 




翌日、城で正式に同盟を結び、そのまま帰るかと思ったら……なぜかもう一泊する事になった。
理由はフリックのレンタル延長だったが、グレミオが一泊では許さなかったというのもある。
マクドール家でオデッサ達を加えて夕食を食べていたら、気付けば酒盛りが始まっていた。

あまりに高いテンションについていく気もなければついていける気もしなかったので、ルカは一足先に本拠地に戻る事にする。
「同盟の件も、早めにシュウに伝えた方がいいだろう」
「そうだねー。じゃあルックに送ってもらおっか。瞬きの手鏡はフィールドに出ないと使えないし」
「ルカが伝えてくれるなら、もう数日レンタル延長してもよさそうね」
ルックを呼ぶセノの隣でオデッサが杯を手に上機嫌に笑っている。
フリックの姿を探して、視線の端、床のあたりに青いものを見つけてルカはそれ以上視線を向けるのを止めた。
そもそも連絡が届いていなかった事に騒ぐなら、分かった時点で連絡のひとつも入れておけばよかったものを。

「戻るのか?」
「ああ」
尋ねてきたローレライに頷く。
「なら、私も一足先に本拠地に行かせてもらおうかな。それにしても……変わらないな、シグールは」
ローレライが苦笑しながら嬉々として酒瓶を空けているシグールを見ていた。
……そうか、変わってないのか。

ぶつぶつと文句を呟きつつ、ルックがセノに連れられてきた。
「まったく……なんで僕が」
「お願いルック」
「セノ、お前はどうする」
「んー……シュウへの報告任せてもいい?」
「構わない」
「じゃあお願い」
「お前も飲め〜セノ〜」
見送ってくれたセノの肩には、シーナの手がいつの間にか置かれていた。

酔っぱらいに見送られながら、ルカとローレライは一瞬で本拠地に帰還した。
夜の本拠地はすでに明かりを落とされ、最低限の明かりのみ残しただけの広間は薄暗かった。
ルカはそれほど飲んでいないつもりだったが、先程まで酒宴の席にいたせいで、酒の匂いがしみついている。
そういえば転移を行ったルックも酔っていたわけで、コントロールを誤る可能性もあったんじゃないかと今更に気付いたが、無事に本拠地に着いたのでよしとしよう。

「へぇ、ちゃんとした城じゃないか」
「トラン城は違ったのか」
「建物というより、洞窟みたいな雰囲気だったな……あれ、ビッキーじゃないか」
「あ、ローレライさん!」
まだ鏡の前にいたビッキーが嬉しそうに手を振る。
ローレライも苦笑してそれに応え、二人は広間を離れた。

シュウはこの時間でも起きているだろうが、酒の匂いをつけて報告に行くのは少し憚られた。
明日の朝でいいか、と思い直して、自身も大概酔っていたとルカは自覚した。
明日の朝でいいのなら、別に酒宴の席を中座して戻る必要もなかった。
まぁ戻ってきてしまったものは仕方がない。

「報告しにいかないのかい?」
「この状態で行ったら嫌味のひとつでも言われそうでな」
肩を竦めたルカに、ローレライが手で杯を煽る仕草をしてにやりと笑う。
「なら、ついでにもう少しどうだい? 向こうじゃ私はほとんど飲んでなかったんでね」
これでも強いんだと得意気に言ったローレライに、試してやると笑ってルカは酒場に足を踏み入れた。
ほとんどの施設が閉まっている時刻だが、酒場はむしろこれからが本格的な稼動時間だ。

「いらっしゃい……おや」
レオナはカウンターから入ってきた二人の方へ視線を向け、興味深そうに目尻を下げる。
「戻ってたんですね、ルカ様。そちらはお連れ様?」
「古い知り合いだ。軍にも加わることになった」
「ふふ、いいですねぇ」
ルカの返しに含んだ笑いを返される。何だと思われたのかは追求しない事にする。
「あれ、ローレライじゃねぇか」

「……久しいな」
カウンターに近い席に座っていたビクトールとハンフリーが振り向くと、ローレライはちょっと目を丸くしてから苦笑した。
「なんだ、また懐かしい顔がそろってるじゃないか。そういえばあっちにフリックがいたっけね……」
「おお、あいつ生きてたか?」
「微妙なところだね」
ローレライの答えが予想通りだったのか、腹を抱えて笑い始めた酔っぱらいに肩を竦め、ローレライはルカを振り仰いだ。

「酒は任せた。カウンターにするか?」
「カウンターでいいだろう。レオナ、いつもの二つ」
「お連れは大丈夫なのかい?」
「私は強いから大丈夫だ」
ビクトール達のいる席から少し距離を取って、二人は並んでカウンターに座る。
並んで座ると肩が触れ合うほどではないが、それなりに近い。

目の前に置かれた酒をそれぞれ手にして、軽くグラスを合わせた。
「十年ぶりの再会に」
「十一年ぶりだ」
「そうだったっか」
酒を飲みながらけろりとした顔で言ったローレライに、ルカは肩を竦める。
「変わらんな」
「そうかい? 丸くなったと思うけど」
「年相応だろう」
「その言葉そっくり返すけどいいかい?」
眉を上げたローレライの言葉は聞こえないふりをして、ルカは残りの酒を空けた。



――セノ達が戻ってきたのはそれから三日後の事だった。