息抜きが済んだので、キバ親子との再戦に挑む。
セノの方は、なんとかナナミを納得させられたらしい。
どこをどう説明して納得させたのか分からないが、付き合い二百年オーバーのルックとはいえど聞いても理解できない気がするため、放置する。
「キバの親子では、わが策は破れぬよ」
自信たっぷりに言い放ったシュウの策は、きっちり王国軍に叩き込まれた。
伏兵を隠しての王国軍との戦いは、ぶっちゃけルックとルカとシュウをひとつの隊に入れた事でなんていうか、ご愁傷様な状態だ。
その上途中から、離脱したフリをしていたリドリーの隊が復帰した事で、流れは完全にこっちへと来た。
あれよあれよ、という間にさっくり王国軍は散り散りとなり、キバとクラウスは捕えられた。
さて、とシュウが一息置く。
「キバ将軍は有能な将。また、その息子クラウスの才も確かなものです。彼らの縄を解き、我らの仲間に引き入れることをオススメしますが」
「というわけで仲間になってください!」
「お断りする」
即答された。流れるような流れだったのに。
ここで大抵は流れに流されてうっかり頷く。
「われらは、ハイランド皇王アガレス=ブライト様に忠誠の誓いを立てた身。敵軍に寝返るなど、武人の名が泣くわ」
「アガレス様への誓いは、揺らぐものではありませぬ」
親子そろって堅物である。
どっかの騎士共といい、何かに忠誠誓うの好きだよな武人って。
まあそれが性質というか美徳というか……アイデンティティー?
だがしかし、今回キバとクラウスは宿星なので仲間にしないといけない。
ルカによるアガレス暗殺が起こらないのをどうやってシナリオ通りに持っていくのか。
まぁテッドあたりが適当に詰めただろう、とルックが斜に構えていると、予想通り動きがあった。
「ハイランド軍から書状が届きました!」
「なんだ。読め」
「はい。『ハイランド王国皇王ジョウイ=ブライト様より、貴軍の戦いぶりに大いなる賞賛を送る。次の戦いが楽しみである。ハイランド王国第四軍軍師レオン=シルバーバーグ』以上です」
「皇王ジョウイ=ブライト……? 確かにジル様との婚儀は決まっていましたが、アガレス様からの王位継承は、まだ先のはずです……!」
「もうひとつ通達がある。アガレス=ブライトの訃報だ」
「な……」
絶句するキバとクラウスに、シュウが畳み掛ける。
「クラウス、今の伝令をどのように読む?」
投げかけられ、クラウスは呆然とした表情のまま答えた。
「……ジョウイ殿が……アガレス様を暗殺したと……」
「な、なんと! クラウス! 滅多なことを……」
「ですが……予定より早い王位の譲渡と、その直後のアガレス様の訃報……それ以外に可能性は……」
動揺する親子を眺めながら、ルックは実際のところを考えてみる。
セノの言葉があるので、アガレスは死んではいないだろう。
おおかた適当に脅してジョウイに王位を譲らせ、片田舎に強制引退でもさせたに違いない。
それが殺されるより幸せなのはかルックの知るところではないが。
かなり力ずくだが、予定より早い王位の移動と偽の訃報は、キバとクラウスを寝返らせるには十分な動機だ。
問題は。
「…………」
背後から無言で超圧力をかけてきているルカにどう説明するかなのだが、そのあたりは今後作戦の調整のため訪れるテッドがするだろう。
それにしても、どれだけシンデレラストーリーの階段を全力で駆け上がったらこれだけの短期間で皇王になれるのか。
キバとクラウスをこちら側につける事ができたが、デュナン軍と王国軍の間には、単純計算でまだ倍以上の戦力差がある。
「さすがに全力でこられると、ひとたまりもありません」
「ティント市は国境を固く閉ざし、いまだ立場をはっきりとさせていません。何度となく使者を送ったのですが、すべて無視されています」
「グリンヒルは占領下、マチルダ騎士団はあの通りだし、ティントは、俺達を無視か……これ以上、頼る相手がいない……打ち止めだな」
「だったら親父に頼めばいいじゃん」
「シーナが言い出してくれるの待ってた☆」
「はっはー、お待たせ!」
イエーイとシグールとシーナがハイタッチをしている。相変わらずこいつらノリが軽い。
「セノとルカ見れば親父も納得するだろ。一応俺が仲立ちするけど、正直シグールいる時点で俺からの進言も一切不要だと思うね!」
「実の息子よりシグールか」
「なんつーか……親父どっかで道踏み外してねーかなって思う時がさ……城にある博物館とか見るとさ……」
少し疲れたように遠いところに視線をやるシーナは、父親で随分と苦労しているらしい。少し同情してやろう。
確かにレパントのシグールへの傾倒っぷりはなかなかに酷い。
「一体何の話をしている?」
「あれ、リドリーって知らなかったっけ?」
「俺の親父、トランの大統領」
「…………」
シーナの今更な自己紹介にリドリーが黙った。
どう見てもシーナはそんな重鎮の息子には見えないから、当然の反応だ。
考えてみたらシーナは自己紹介していなかったし、ネタで言っている時に周りにいたのは三年前もいた面子がほとんどだったから、知られているものと思っていた。
「ふむ。トラン共和国と手を結ぶのは悪くない考えだ」
「そ、そんなバカな。赤月帝国は、いやトラン共和国は、名が変わったとはいえ都市同盟の敵であります。そのような相手と同盟を結ぶなど……」
「赤月帝国は滅んで、トラン共和国になったんだって。名前も違えば中身も違うぜ?」
「トラン共和国はかつての赤月帝国とは別の国だ。そして、デュナン軍も都市同盟とは別の軍だ。同盟を結べぬ理由はない」
「僕は賛成です」
「俺も異論はない」
軍のトップにそろって肯定され、フリードもそれ以上反対はできなかったらしい。
「ところで、トランにはどうやって行く?」
「ルックのテレポートで」
「却下。自分で歩け」
「えー」
「ラダトから船でバナーまで行って、森を抜ければトラン共和国だよ。普通に行ける距離だろ」
「俺は船でハイランドに入ってこっちまで来たんだけど、南の荒野を抜ける気にはならないな。あんなところ、人の通る場所じゃないぜ」
「そうかぁ? 俺は三回くらい通ったが……」
ビクトールがけろっと言うのに、全員が信じられないものを見る目つきを向けた。
「あぁ……そのせいでこっちは死にかけたんだ」
「……バナー経由で行くぞ」
ルカがうんざりとした口調で言った。もちろんそれ以外の選択肢などありえないから全員が頷いた。
「俺も行った方がいいか?」
「仲立ち役だからね。僕は一応一般人Aだもの」
「ここでその忘れ去られた設定引っ張ってくるの……?」
「えーっと、じゃあ僕とルカと……シグールさんとシーナは絶対ですね? 後二人はどうしようかな……」
指折り数えながらセノが残り人数を確認する。
「じゃあ俺はいいわ。フリックを連れていってくれ」
「おい、ビクトール?」
フリックの肩を持って前へ押し出すビクトールは、しっかり覚えていたようだ。それに対してフリックは忘れているらしい。
あれだけ行きたがっていたというのに。
これは面白い事にしかならなさそうだ。
「僕も行くよ」
「ここでお別れだ、フリック」
「……!」
肩を叩いて言ったビクトールの言葉にフリックがようやく気付いたようで、この世の終わりみたいな悲鳴をあげていたが、今更遅い。
***
トランへと向かうため、バナーの村を経て森の中をてくてく進む。
ちなみに「曲者め!!」とロッカクの里の入口で叫んだサスケは、シグールとルックが誠心誠意かつ一方的に修行の相手をしてあげた。
滅多にない事なので感謝してほしい。
道中で襲いかかってきたワームはもちろん一ターンキルで沈ませた。
それにしても、この森に入ったあたりから、フリックの顔色は悪くなる一方だ。
白いを通り越してもはや青い。さすが二つ名に青を持つ男だ。
「見えてきました、関所ですね」
先頭を行くセノが声を上げる。
そこには確かに関所らしきものが存在した。木の柵で囲まれた質素なものだ。
……こんなんだったっけ、当時。
二百年後にはこの森にも立派な道が舗装され、ここにも石組みの塀ができているので、ノスタルジーを感じる。
「門番がいるな。頼んだぞシーナ」
俺達は不審者だろうからな、と言ったルカにシーナは肩を竦める。
「フリックとシグールがいるのに俺なんて必要ねぇって」
「おい、お前らここから先は、トラン共和国の……」
元山賊らしくドスの効いた声を出した門番が、面子の一人を見て飛び上がる。
「ま、まさか……シグール殿! シグール殿じゃないですか! 戻られたのですか!」
そういえばこの世界のシグールはどういう扱いになっているんだろうか。
ルックはシグールが自分をひっ捕まえに塔に来てからしか知らないので、その前にシグールが何をどうしてきたか知らない。
「戻られたのですか」という事は、前回と同じく逃げ……隠遁していたようではあるが。
この人使いが荒くて身勝手な悪魔のせいで最初から全力疾走@二回目もとい二周目に、よくぞここまで付き合ってあげているものだと自画自賛とかしてみる。
「おひさし、バルカス」
「お久しぶりです!! 最初にお目にかかれて光栄です!」
敬礼をしてから、バルカスは残りの面子に視線をやった。
「それと……シーナにルック……ってフリックさん! 行方不明だってんで心配してたんですぜ!?」
見覚えのある面子に顔を輝かせるバルカスの両肩に手を置き、フリックが沈んだ声を出す。
「……バルカス、頼みがあるんだ」
「なんでしょうか」
「バルカス、フリックの言うことは無視するように」
「わかりました」
「バルカスー!?」
さくっと裏切られてフリックは絶望の声をあげているが、解放軍の母体組織の序列二位だったフリックごときが、英雄様に勝てるとでも思っていたんだろうか。
一生覆せない(事はもうほぼ確定している)フリックの立場の弱さにほんの少しの同情と、大いなる安心(自分より確実に下だから)をしつつ、ルックは一同の後に続いてトラン入りを果たした。
全く久しぶりな感覚がない。
グレッグミンスターの中央通りは、戦火に焼かれた事など嘘のように復興を遂げていた。
分かっていた事なので驚きはしない。
発展しきったグレッグミンスターが記憶に新しいせいで、ちょっと懐かしく感じたけれど。
とはいえ城の中は今も昔も……今も未来も変わらぬままだった。
とりあえず、とルカだけを残して五人でレパントに会いに行く。
「シグール殿、ご無事でなによりです」
記憶と違うような気がしなくもなかったが、もちろんセノの紹介とかしたけれど、軽くスルーで始まった。
レパントとしては言いたい事は沢山あるだろうが……さすが大統領、言葉を選んでいる。
「そして、なりゆきとはいえあなたがこの地に戻られたのを嬉しく思います。このトラン共和国大統領の席は、もとよりあなたのもの」
さあ、と椅子を示されシグールは首を横に振る。
「まあそうかもしれないけど……僕は一度手放したじゃない」
「いいえ、お預かりしていただけです。どうぞ、こちらへ」
「……ほんとに? こんな僕でも迎えてくれる?」
「…………」
シナリオが違う。
いや、シナリオというか展開が違う。
ルックの記憶が正しければ、シグールはすっぱり否定しなかったか。それともなんだ、ここでも何かやらかす気か。
「ええ、あなたを中心にこの国を発展させたいと……」
「だが断る☆」
だよね。
思わず頷きかけたが、レパントの顔に浮かんだ表情があまりに悲壮すぎたので、うっかり同情しそうになった。
こんな悪魔に振り回されない人生を生きてほしい。無理だって知ってるけど。
「そもそも、なにゆえこの地をお去りにな」
「まあそんな話はいいじゃない」
にこりと笑ってシグールは「横においといて」とジェスチャーで示して、セノの背中を叩いた。
「とりあえず同盟の件はよろしくね」
「はい」
「あと……」
途中で言葉を切って、ちらりとシグールが背後にいるフリックへ視線を向ける。すぐにシグールの意図を汲み取ったのか、レパントは仰々しく頷いた。
「ええ、すぐにこちらに来ると思いますよ」
誰が、などと聞くまでもない。