戻り次第、キバ親子の率いるハイランド王国第三軍との対決となった。
シュウは正面から迎え撃つと言っていたが、この戦いでの策を事前に知らされているせいで、シュウの発言がいちいち演技臭い。

シュウの立てた筋書き通りに、途中でリドリーがひねて撤退し、それに合わせる形で全軍を退却させる。
戻った本拠地で、何も知らない将軍達は、リドリーの所業にあれこれと意見を交わしていた。
「リドリー殿はいったいどうしたというのだ」
「同盟軍の悪いクセが出たか……」
「……今はリドリー殿を責めている時ではない。キバの軍勢を破るための策が必要だ。皆は休んでくれ、あとは、俺の仕事だ」
「仕事真っ最中のくせしてほんっと狸だよねー」
「ですねー」
ほえほえとセノとシグールが会話しているが、元を知っているとはいえ和みすぎだ。
耳ざとく聞きつけたシュウから刺すような視線が飛んできている。

とりあえずしばらくは自由行動かと散開する奴らを眺めていたら、嵐がやってきた。
「ねぇセノ! ジョウイがなんでハイランドにいるの!?」
ナナミに背後からタックルされた上に羽交い締めを喰らって捕まったセノは、ルカに向かって真剣な顔で言った。
「ルカ……お願いがあるんだ」
「なんだ」
「釣堀で食材釣ってきて! もう白身魚がないんだ!!」
「……リドリーはいいのか」
リドリーはこちらが全てを知っていると知らないし、形式として一度様子を見に行っておこうと思っていたのだが。
「僕が行ける状態になってから一緒に行こうー……白身魚よろしくー……」
ずるずるとナナミに引きずられながら手を振っているセノに「アホか」と言おうとしたが、どうもセノには言いにくくて、ルカは眉を寄せて溜息を吐いた。

「僕も行くー」と言ったシグールと共に釣堀へと向かう。
本拠地に来てから釣りを始めたルカは、まだそれほど上手くない。
目的の物をそれなりに釣るには人手があった方がいい。
それがたとえシグールであっても。

……と思った釣堀に、先客がいた。



「…………」
「やっぱ本拠地は和むなー。城は肩が凝るのなんの」
「テッド堅苦しいとこ嫌いだもんねー。あ、フグだ」
「おうよ。あ、フグ刺し食いてぇ」
「調理免許持ってないから無理じゃない?」
「持って帰ったらクロス調理してくんねーかな」
「えっ、それずるい」
「……なぜいる」
「顔パスだもん、俺」
半眼で尋ねたルカに親指を立てて笑顔で言い切ったテッドの脇に置いている桶の中には、すでに魚が数匹泳いでいた。
いつからいた。向こうの仕事はどうした。

なぜ顔パス、と突っ込もうとして、顔見知りが多いからかと納得する。
三年前の戦いでどうやらシグールとセットで動いていたようだし、その頃の知り合いはこの城にもごろごろしている。

「たまにはこっちの様子も見とこうと思ってなー」
ひょいっとテッドが釣竿を引き上げると、先には貝がついていた。桶の住人がまたひとつ増える。
「あとミューズの説明にきたってのもある」
「……あれか」
あの空に浮かんだ死神はなんだったのか、タイミングを逃したせいで、結局シグール達からも聞いていなかった。 
ミューズの市民がどうなったのかについてはシグール達も知らないようだったし。

「あれってソウルと罰だよね?」
「おう。豪華コラボレーションだ」
シグールの確認にテッドは頷く。
新しい餌を針につけて投げ入れて、シグールに顔を向けた。
「シグール、ヒマならヤム・クーから餌の追加もらってきてくれねぇか?」
「クロスのフグ刺し差し入れよろしくね☆」
「へいへい」
餌ならルカのものを使えばいいだろうに、と言いかけて、わざとシグールを遠ざけたのだと察する。

二人きりになったところで、テッドはルカ向けに説明し直した。
「ミューズの市民については適当な理由をつけて事前に別の町に移動させといたから、あの時点で町はもぬけの殻だった。で、あれは俺と別の仲間の紋章を使ったちょっとしたパフォーマンスだ。獣の紋章発動させた方が楽だったんだが、残り一生セノと微妙な感じになるのは避けたいからなー」
「…………」
軽い口調で言っているが、不穏な単語がそこかしこに散りばめられている。
セノが反対しないのであれば、獣の紋章をあそこで使う事に躊躇はなかったとも取れる。
「……あれが真の紋章の威力なのか」
「しっかしルカは釣竿が似合わねーなー」
あからさまに話題を逸らされた。

ぎろりと睨みつけるが、テッドは飄々と釣りを続けている。引き上げた先についていたのは、今度はエビだ。
「持ってきたよー」
「ナイスタイミング☆」
シグールが戻ってきた以上、この話は打ち切りだろうか。溜息を吐いて、ルカは釣竿を引いた。
糸の先でうにうにとしているイカを見ながらつくづく思う。ここは淡水湖じゃないのか。
 




***





ジョウイとジルの結婚式は、予定を少し繰り上げて執り行われた。
これは出兵中のキバとクラウスに余計な勘繰りをしてもらうためだ。
同時に二人の結婚は国内外へのアピールにもなり、デュナン軍へのアピールにもなり……ジョウイへのプレッシャーにならなくもない。

さすがに今回のジョウイの衣装はクロスではなくお抱えの職人の手によるものだ。
しかしクロスは今まで以上にジョウイの護衛で張り付きつつ、縫い目やフィッティング、刺繍をチェックしながら「さすが本職……僕ももっと精進しないと……!」とか呻いていた。
お前はもうそれ以上裁縫を極めんでいい。本職じゃないだろうが。

「しかし顔グラが多い準主人公である」
「それは僻みか」
「顔芸しなくてよかった! ってことだよ」
「すっぱいぶどうだな」
「じゃかしい。気ばれや皇王陛下」
「まだ違うからね!? そういうクーデーターもろバレな発言やめようね!?」
「そろそろ出番だよー」
扉から顔を出したクロスに促されて、テッドとジョウイは結婚式会場へと向かう。
もちろんテッドは神官将の姿だが、さすがに結婚式で猫面はないので、ルックに例の仮面を塔から持ってきてもらって着用している。

裏でクロスが最大限に気を使って護衛する中での、不安定な結婚式が始まった。
ジルもノリノリだったが、仮面夫婦前提というあたりに微妙に申し訳ない気分と「これでよかったんかい」というツッコミ半分の気分がテッドの中にある。
……もしかするとやっぱりジョウイに惚れてる面があるのだろうか。顔がいい奴は得である。

「統べる者たる『円の紋章』と守護者たる力『獣の紋章』の名において、ブライト王家に、新たなる輝きのあらんことを。ジョウイ=ブライト、ジル=ブライト、そなた達の誓いをここに記すがよい」
「我が身と我が心をもって、ここに守護者として、騎士として、臣民として、ジル=ブライトに仕えることを誓います」
「我が身と我が心をもって、ここに王家の血統として、ジョウイ=ブライトを我が夫とし、彼の者に皇王の座を授け、ジョウイ=ブライトに仕えることを誓います」
ジョウイの厳かな宣言の後に、ジルもよどみなく続ける。
迷いがない、さすがだ。

「そなた達の道行きに栄光あらんことを」
神官の言葉に、ジョウイとジルがゆっくりと視線を上げた。
これで婚姻の儀は終了だ。
あとはこのままアガレスから王位を受け継げば、ジョウイはハイランドの皇王となる。

「僕の……道ゆきに栄光を……か」
「まあ真っ暗な未来しか見えないよなある意味」
「突っ込むなよ……」
横を通り過ぎる時に聞こえた呟きにツッコミ返してやったのに、非常に不満そうな顔をされた。失礼な。




 
婚姻の儀から、そのままアガレスからの皇位継承の儀を済ませて、疲れたとホザくジョウイを引っ掴み、テッドとクロスは部屋にとって返した。
仮面を取って、テッドはクロスが用意した濡れタオルで顔を拭う。開放感に思わず変な声が漏れた。
「風呂あがりのオヤジみたいだな……」
「黙れこの窮屈さがわからんか。やっぱり蒸すなこの仮面」
「猫面と何が違うの……」
「あっちは裏側メッシュ加工で通気性もいいもんねー」
「そんな高性能だったのあれ!?」
「でなきゃあんな仮面はしない」
断言してテッドはやれやれと肩を回す。これでひとつ大仕事が片付いた。

「しかしきっちり夫婦になって皇王にもなれて……これでハイランドの覇権は俺達のものだな!」
「うっわぁものすごく悪党のセリフだねそれ……」
「ここでセノと和平協定とか結んだら終了にならない? なんで前回そうしなかったの?」
クロスの提案に、ジョウイは呻いて頭を抱えた。
「いや……なんで当時の僕はそれを考えなかったんでしょうねわかりません」
「考えたけど後に退けなかっただけだろ。都市同盟とハイランドって仲悪ぃしな。ま、一周目にやってないことすると何がどうなるかわからんし、協定は却下だ☆」
「うわぁああああ」
ジョウイが呻きながらソファで崩れ落ちているが、何度も言うようにそれは過去の自分のせいである。
大いに過去の自分を呪ってくれ。

「真面目に答えてやるなら、そもそもこの戦い自体が都市同盟とハイランドの間の休戦調停が破られた事で起きる戦いなんだ。過去も同じような事を繰り返してるからな。今更別の協定を結んだって、またすぐに破棄されるぜ」
「そんなものなの? そういえば、考えてみたら都市同盟は赤月帝国とも仲悪かったよね」
「赤月はトランに変わったけど、確執は残ってるね……」
「……陸続きだと色々あるんだよ」
完全に部外者のクロスは好き勝手言ってくれるが、この地域はこの地域で根深いあれそれがあったりするのだ。
そういえば群島はそれぞれの島が独立国家みたいなもので、侵略とか対立とかあまり派手なのはなかったな。
このあたり、国同士が陸続きの大陸育ちとは感覚が異なるのかもしれない。

難しいねえ、と一言言って、クロスは大きく伸びをした。
「さて、テッドがいる間に僕は休もうかな。警護疲れたよ」
「というかまだ僕には護衛がいるのかい……?」
のろのろと顔を上げたジョウイに、クロスは肩を竦める。
「それが実はそうでもない。でもやっぱりルカ派っていうのかなー? そういう人達はいるみたいだね」
「国に反旗翻しているルカなのか? アガレスじゃなく」
「ルカを信奉してるんじゃなくて、「とりあえずアガレスには逆らっておきたい症候群」な人達だよね。ジョウイはアガレス路線だと思われてるみたいだから」
「あぁ、どの時代にもいるよね……とりあえず上の意見にはNOと言いたい派閥ってやつだよね……」
「そこで双方の目を覚ますいい裏切りをそろそろ期待していますジョウイ先生!」
「裏切りと言えばジョウイだしな!」
「うるさい! あぁあああ、二百年前の僕の馬鹿ー!」
ジョウイがそう叫ぶのは何回目なのだろうか。
残念ながら二周目で行動を改める権利を持っているのは天魁星だけなので、ジョウイの今後の行動指針は決定している。