マチルダ騎士団から騎士を引き抜いたおかげで、デュナン軍の戦力は一層強化された。
だが所詮は都市同盟の一部が作り上げている集団でしかなく、まだまだその力はハイランドには及ばない。
及ばれてもまずいわけだが。

「そろそろこっちも動かないとまずい」
「なんだよやぶから棒に」
いつものように唐突なテッド参謀長の言葉に、ジョウイは眉間をほぐしつつ顔を上げる。
仕事量は変わっていない、変わっていないのだが慣れがないため、やや苦戦している。
知らないはずの事を知っちゃったりしているし。
たとえばこの土地税の新しい法案は、デュナン王国になったら即廃止されたとか。

「ジョウイ、そろそろアガレス皇王にご退場願うぞ」
「退場って……引退させる目処ついたの」
今回ルカがいないので、ジョウイはアガレスから直接王位を譲り受ける必要がある。
そのためのジルとの結婚なわけだが、この間の三文芝居ではないが、娘婿に立場を譲るなどそうそう簡単にしてはくれまい。

というかジルとの結婚が決まって以降、アガレスの視線が冷たくなった気がする。
ジョウイがジルとの結婚を希望した時もだったが、ジルが「ジョウイ様に一目惚れだったんです」と発言した時のアガレスの視線は、本当に穏健派かと問いたくなるほど殺気立っていた。
「男親は娘を嫁にやりたがらないものだから。アガレスからしてみたらジョウイは憎い敵だろうねー?」
「実感こもってんなおい」
「そりゃぁもう」
「……そこはもういいけど」
溜息を吐いて、ジョウイは改めて尋ねる。

「で、どうやって引退させるんだい?」
「色々考えたんだけどな……なんかもう面倒になったんで、まっとうに正面から脅すことにした!」
「…………」
胸を張って宣言したテッドに、ジョウイは黙って仕事を再開した。
うん、まっとうな手段なんて最初からあってないようなものだった。
 
テッドのいうところの「まっとうに正面から脅す」作戦は、思い立ったが吉日のごとく、翌日の深夜に決行された。
というかただアガレスを脅すだけなので、事前工作も下準備も必要ない。
ただ見張りの目をかいくぐって、アガレスに「ジョウイに王位を明け渡してとっとと引退してくれませんかねぇ」と穏便にお話ししただけだ。
アガレスは非常に「快く」応じてくれた。
詳細についてはちょっと書くのをはばかられるので割愛する。

「というわけでジルとの結婚と同時にアガレスから王位を譲り受けることになりましたとさ。めでたいな!」
「めでたいねー」
「……レオンも連れてきたし、新体制メンバーはこれで一通りそろったかな」
「彼、今回必要だったの?」
クロスの疑問に、テッドは腕を組んで深く頷く。
「あいつがいないと湯葉を連れてこれる奴がいないからな。俺とか見つけた瞬間にあいつ逃げるぞ」
「Iでどんなトラウマを残してきたんだい君達は……」
「ちょっと泣いて逃げる程度だ」
「…………」
それのどこがちょっとなんだろうか、というツッコミはもうしない。しないったらしない。

「まぁこれで残りは消化試合だろ」
「……あれ? キバ将軍の件、片付いてないよね?」
首を傾げたクロスに、テッドの笑顔が凍った。

ジョウイも言われてみて考える。
確かに片付いていない。
キバ親子がルカに従わなかったのは、ルカがアガレスを暗殺して王位を奪ったからだ。
アガレスが引退したとして、穏便にジョウイに王位を譲ってしまったら、キバ親子は普通にジョウイに従うんじゃなかろうか。

「……もうキバこっちのままでいいじゃねぇか!」
「宿星足りなくなるからだめ」
「うー……あー……」
唸りながら頭をがりがりやっていたテッドは、しばらくして真っ黒な笑みを浮かべた。
シグールが何か思いついた時の笑みは大概黒いが、テッドも大概真っ黒である。
「仕方がねぇ。ちょっぴり路線変更だ。アガレスにはオデッサと同じ道を辿ってもらうぜ」
「…………」
アガレスに幸あれ……いや、これはもうないな。
 




***





ラダトが王国軍に占拠されたという知らせを受けて、様子を見に行く事になった。
占拠された町の様子を散歩がてら見に行こうと言い出すビクトールは無謀だと思うが嫌いではない。
毎回毎回懲りないあたりが興味深い。

「軍主入りまーす」
「隣国の英雄様入りまーす」
「隣国大統領の息子入りまーす」
「元皇子入りまーす」
「えっとえっと、軍主のお姉ちゃん入りまーす」
「…………」
「ビクトール、お前……学習しろよ……」
もちろんルカのところはシグールが代理で言っているが、ビクトールはこうなる事を予測していなかったのだろうか。
サウスウィンドゥでも同じ事をしていた気がする。あの時はまだルカとセノの立場は今と違ったが。

「シュ、シュウ」
「何かあったらお前がきっちりセノ殿とルカ殿を守れよ」
嘲笑うようなシュウの言葉に、ビクトールは引き攣った声で任せとけと胸を叩いていた。

というわけで、国際問題を誘発しそうなパーティで向かったラダトでは、クラウスによる演説が行われていた。
演説を終えたその視線が動き、セノ達でぴたりと止まる。

「セノ殿、ルカ様」
「やばい、見つかったか?」
ビクトールの顔が引き攣った。見つからないと思っている方がどうかしている。
クラウスがこちらへ向けて一直線に歩いてきた。
虫も殺さないような顔をしているが、その度胸は敵対勢力の頭を前にしても顔色ひとつ変えてこない。

「お久しぶりです。トゥーリバーの時はこうして言葉をかわす時間はありませんでしたね」
「お前達とかわす言葉などなかったしな」
即答したルカに、クラウスは曖昧に微笑む。
アガレスに忠誠を誓っていたこの親子にとって、なにかと反対の立場を取るルカは好ましい人物ではなかっただろう。
実際この親子とルカはそれほど親しくなかった。

「ジョウイはどうしていますか?」
唐突に尋ねたセノに、クラウスが一瞬息を呑んだ。
クラウスが動揺する事など滅多に見れるものではないと、ルカは片眉をあげる。
「……どうしてその名前を?」
「ジョウイ? セノ、今ジョウイって言った? ジョウイ、今ハイランドにいるの!?」
「お知り合い……ですか」
「ジョウイは幼馴染だよ! 小さい頃からずっと一緒にいたんだもん! ねぇ、ジョウイがなんでハイランドにいるの? なんで? なんで?」
ナナミの言葉に、クラウスはセノとナナミとジョウイの関係性については把握したようだ。
一呼吸置いて、ナナミの問いに律儀に答える。

「どうやらこちらのお嬢さんはなにもご存知なかったようですが……。ジョウイ殿は、今現在、先の戦いで戦線を離脱したソロン=ジーの後を引き継いで隊長をなされています。近いうちに皇女ジル=ブライト様との婚儀が行われる予定です」
「えぇ? ジョウイが結婚?」
「……ああ、やっぱりするんだ」
驚くナナミとは逆に、セノはやけに落ち着いている。
ぼそりと零れた独り言を聞くに、これは前回も同じ流れだったのか。という事は予定調和なのだろう。

「セノ殿、トゥーリバーでは敗れましたが、今度は全力で戦わせてもらいます。……ルカ様も、敵に回られたのであれば容赦はしません」
「はっ、そんなものは不要だ。あの男に伝えろ。俺はお前とハイランドをこの手で叩き潰すとな」
「……伝えましょう」
表情を表に出さぬよう、小さく頷いたクラウスはその言葉をどう報告するだろうか。
あの男がどう思おうとルカはどうでもよかったが。

「ねぇルカ」
「なんだ」
「妹をどこの触覚ともしれない男の嫁にされるってどんな気分?」
煌く笑顔で聞いてきたシグールの本意の方がさっぱり分からない。
というか触覚……は、ジョウイの事か。

「何が言いたい」
「切り捨てたいなら頑張って、って言おうと思って」
「貴様らの仲間なのではなかったか?」
「これが、僕のジョウイへの愛の表し方なんだよ☆」
とりあえずシグールからこんな愛を向けられるジョウイに同情した。

ジルに関しては、あれは嫌な事はきっぱりNOと言う性分なので、特にルカから何か言う事もないし、それ以前に。
「……あれにも今回の一連の事については説明がされているのだから、どうこう言う必要はないだろう」
「それはそうだけどさー。ほら、兄としての心境はまた別でしょ?」
「……あれの手料理を食べられるなら、俺は何も言わん」
「それなら平気じゃない? ナナミの料理で鍛えられてるから」
「…………」
結構真面目に答えたら予想以上の答えが返ってきて、ルカは黙った。