ここで、都市同盟五都市一騎士団の内訳を整理してみる。
サウスウィンドゥ、ミューズ、グリンヒルは現在ハイランドに占拠されている。
トゥーリバーはなんとかこちらへ引き入れたが、ティントはどこかのフードヒッキーよろしく引き篭もり中だ。
残るはマチルダ騎士団のみという事で、同盟を組むべくグリンヒルの抜け道を通ってマチルダ領へと入る事になった。
ちなみにこの抜け道の最中にビッキーをゲットした。
これでこき使われる頻度が減る、と一瞬思ったが、結局ハイランドにいるテッド達とのやり取りに使われる事に変わりはないという事実に気付いて少し凹んだ。
抜け道を出たところで、青い太眉が迎えにきていた。
「デュナン軍のセノ殿、そしてルカ殿、お迎えにあがりました。俺はマチルダ騎士団青騎士団長マイクロトフです」
「また濃そうな……」
「基本幻水で薄いキャラは存在抹消されるからね」
「ああなるほど」
連れて行かれたマチルダでは、なんていうか、散々だった。
主にゴルドーの発言に対してソウルイーターを発動させようとするシグールを止めるのに骨が折れた。
「ねぇちょっとあのヒゲなんなの? あのモアイ像の親戚顔なんなの!?」
枕を壁に向けて思い切り投げつけてストレスを発散しているシグールに、セノも苦笑いを浮かべている。
「そういえば今夜レックナート様が来るはずなんですけど……こないですかねぇ」
「あの人はラストまで何もしないよ」
出されたお茶を啜り、ルックは顔を歪める。
セルフで淹れてこの不味さ……茶葉が古いのか。
さすがに古い茶葉でもそこそこ美味しく淹れられるだけの技量はクロスにしかないので、諦めてカップを置いた。
これなら白湯の方がマシだ。
溜息を吐いて、セノに質問を投げる。
「セノ、この後の流れは」
「そこなんですけど……僕もちょっとわかんないんです」
ベッドに腰掛けて枕を抱え込んだセノが首を傾げた。相変わらず、軍主というより小動物だ。
シグールは「そこ詳しく」と言いながら、自分もベッドに倒れこんで枕を顎下にしく。
壁にぶつけた時に破れたのか枕から中身の羽が少し零れているが……騎士団の備品だからどうでもいいか。
「明日くらいに、マチルダとミューズの国境までハイランドの軍が侵攻してくるんです。ミューズの領地内で発生した流民をおっかけてくるんですけど」
「なぜそんなことを?」
「人を集めたかったみたいで……今回、どうするんでしょうね、アレ」
「アレとは?」
顔を顰めたセノにルカが尋ねるが、セノは言い澱んで視線を左右へと揺らす。
「……えっと……言っちゃっていいんでしょうか」
「いいんじゃないの」
ここについて言うなとテッドから言われているわけではないし、言ったところで今回あれが実現する可能性は低い。
今回どうするかはまた分からないが。
「ルカは前の時、ミューズで獣の紋章を発動させたんだ」
「獣……ハルモニアから下賜された真の紋章のことか」
「そう。ルカはあの紋章を使うための条件、知ってるよね?」
セノに尋ねられて、ルカは首を縦に振る。
ハイランドの皇子として、国の抱えているモノの特徴については当然知っているだろう。
だからこそ前回、ルカはアレを発動させた。
数多の血を吸い上げて発動する紋章。絶対的な破壊のかわりに紋章は更なる血を求め、永久の殺戮を繰り返す。
「なるほどな……世界を滅ぼすには随分と効率がいい」
「ルカ」
鼻で笑ったルカをセノが咎めるが、その瞳に憤りの色はなく、ただただ悲しみだけが詰まっている。
「前の俺がやったと聞いて俺が心を痛めるとでも思ったか? 俺ならやりかねんと思っただけだ」
「……けど、今のルカはやらないよね?」
「…………」
セノの問いにルカは無言だったが、セノはその表情から十分に意図を汲み取れたらしい。
ルックからして見れば普段通りの無表情にしか見えないのだが、こういう時のセノはやけに鋭い。
「そっか。うん、ならいいんだ」
嬉しそうに言って、セノは「おやすみなさ〜い」とベッドに転がってそのまま本当に寝てしまう。
あまりの呆気なさに、ルカの方が拍子抜けしている。
「……あれで納得したのか」
「そのへんの見極めの本能は人より高いからね」
「ルック、それ褒めてない」
ベッドを下りてこちらへ寄ってきたシグールは、椅子にふんぞりかえってルカを見た。
「まぁ、現状にそれほど不満はないからハイランドに戻って紋章を発動させる必要はないと思ってる……ってことでいいのかな? 以前のルカは世界全てを憎んでいたみたいだけど、今の君はどう?」
「…………」
シグールに向けて何か言いかけて、押し込めるようにルカはルカは騎士団の不味い茶を口に含む。
押し込めた部分でルカが何を思ったか知らないが、苦々しい表情を作った割に、その目は穏やかに見えた。
翌日、セノの言う通り、流民を追いかけてハイランド軍がマチルダ周辺までやってきた。
騎士団も出兵はしたが、ほぼ形ばかりの出陣で、自領に害がないと分かった途端にゴルドーは進軍を止めた。
結果、流民はハイランド軍に捕まり連行されていった。
一人でミューズまで行くといきり立ち、出て行ってしまったマイクロトフを、半ば呆れて見送る。
あれが団長だと、部下も苦労するだろう。
「困ったものだ……一人でミューズに行くなど……」
「熱血デスネー」
「ええ、それがあいつのいいところでもあるんですが」
シグールのカタコトにカミューが苦笑しながら答える。慣れている。いつもの事だとよく分かる。
「私はこの城を出るわけにはいきません。ゴルドー様がいつ気まぐれを起こすかわかりませんから。ミューズへは南の関所を通っていくことになります。よろしければ……マイクロトフを頼みます……」
「あのモアイ像のお守りも大変なんだね」
「ええ、早く口を塞いで並べておきたいのですが、あれでなかなかしぶとくて」
「…………」
柔和な笑みが一気にどす黒く見えたが、ここは流した方がよさそうだと判断した。
あの笑顔はテッドと同類だ。
***
マイクロトフを追うべくロックアックスを出発したルカ達は、途中街道の町の宿屋に立ち寄った。
そこでいきなりシグールが奥にいた男目掛けて突進していく。
「ハンフリー!」
「シグール……か」
知り合いでなければ声をかけるのを躊躇うような強面だが、それ以上に男は喋らなかった。
「どうしたのこんなとこで。さっきフッチ見かけたけど、フッチと一緒?」
「……うむ」
「どこ行くんだっけ。ハルモニア?」
「……ああ」
「竜のことを調べにいくんだっけ」
「……そうだ」
ほぼ一方的にシグールが喋っている。男は基本相槌なのだが、これでよく会話が成り立つものだと感心すら覚える。
「よくあれで会話が成り立つな」
「ああ、あれシグールの元仲間だからね」
「そうなのか」
しばらく流し聞いていると、ハンフリーの方が初めて自発的に話題を振った。
「……お前達は、何を?」
「ん、ちょっと青いのを追いかけてね」
「……フリック、か?」
「いや、フリックとは別人」
「……そうか」
「……奴にとっても「青=フリック」なのか」
「三年前はもっと青臭かったからね」
「そうか……」
……などとルックと話している間に、シグールが今夜の宿代をハンフリーに持たせる約束を取り付けたらしく、セノにブイサインをしていた。
ハンフリー持ちで一泊した日の朝、ケントという少年が一人で洛帝山へ入ったという知らせが舞い込んできた。
なんでも洛帝山には竜がいるという噂があり、それを確かめに行ったらしい。
「……常々思うが、お前らと行動をしているとどうしてこうもトラブルに巻き込まれるんだ?」
「それが主人公クオリティだよ」
「…………」
「ハンフリーとフッチが助けに行くみたいだし、僕らもついてくよ。いいよね、セノ」
「もちろんです」
これもシナリオのひとつだろうかと勘繰りながら、ハンフリーとフッチと共に洛帝山に行ったはいいが、ここで大事故が発生した。
頂上で現れたハーピーに、面倒だからとルックが選択したのが丁度この時額に宿していた蒼き門の紋章のレベル四魔法だったのだ。
空虚の世界。
基本ダメージ九百を相手に与える大技だが、その十分の一がこちらに降ってかかってくる。
当然それはあくまでも基本であって、使い手の魔力が高ければそれだけ威力も上がるわけで、つまりこっちに返ってくるリターンも大きいわけで。
「ルックのばかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「フッチしっかり!」
「この性格の悪さ……三年経っても変わってなか……っ」
「フッチー!」
「…………」
ハーピーから受けるよりもダメージが入っているのは何事だ。
一番魔防が低いフッチにいたっては、これまでの戦闘での蓄積ダメージもあって死にかけている。
セノの回復でなんとか持ち直してハーピーも無事倒す事ができたが、ルックは今後蒼き門の紋章のレベル四魔法は使用禁止だとセノに言い渡されていた。
「ルカもギリギリだったよねー」
「……そうだな」
少し自分の防御力についても見直した方がいいかもしれない、とルカは治療の済んだ腕を回しながら思った。
そして山の頂にて。
「僕は……竜なんかいらない……僕は、僕は、ブラック以外の竜に乗りたくなんか……ブラック以外の竜に……」
見つけた竜の卵を前に首を振るフッチに、ハンフリーが卵に向けて剣を掲げた。
「止めなくていいのか」
「ここはハンフリーに任せた方がいい」
思わず尋ねたルカに、シグールは迷いなく返す。
「……これも道筋のひとつか?」
「前回僕はここにはいなかったから、ここでどうなったかは知らないよ? けどまぁ大丈夫でしょ。ねぇ、セノ?」
「はい。あ、ほら」
セノが示した先では、卵を庇うフッチの後ろでぱりぱりと白い殻が破れ、中から白い竜が出てきたところだった。
竜を抱きかかえてフッチは嬉しそうに告げる。
「今日から、君は、ブライトだよ……」
「「…………」」
いやそれは。
現在この周辺で争っている二つの勢力の、どちらにも深い関係がある名前ではないのか。
「……わかってやっているならいい度強だな……」
「まぁ、フッチとしては、ブラックの対のつもりでつけてるんだろうけどさ……」
「前回はものすっごく微妙だったよね……」
「俺は今微妙だ」
「あ、でもほらルカはもう家名捨てたわけだしっ!」
「セノ……そのフォローは微妙だよ……」
微妙な顔をするルカ達の前で、何も知らないフッチは新しいパートナーを抱きしめて嬉しそうに笑っていた。
数分後、ルカの正体を知って慌てふためくフッチだったが、すでにブライトを自分の名前と認識してしまった子竜に、名前変更は間に合わなかった。