「さて、ジョウイにはジルと結婚してもらいます」
「……どー、しても?」
「……それしなくてどうやってジョウイが国の実権握る気なの」
「ジルは今回は事情を知ってるわけだし、お前としても前ほど心は痛まねーだろ」
クロスとテッドに正当な(正当じゃないはずなんだが)理由を突きつけられて、ジョウイは言葉に詰まる。

グリンヒル陥落作戦が成功したおかげで、軍内でのジョウイの評価は上々だ。
部下への当たりもいいから下からの信頼も厚い。巡り巡ってアガレスからの印象もいい。
だが、印象がいくらよくても王座をぽいっとくれるはずがない。
だからこそのジルとの婚姻である。

ジルと結婚して王家と縁を繋ぐ事で、アガレスを王座から落とした時にジョウイが王座につける理由を作り上げる。
それは分かる。分かるのだが。

「君も……立派になったな……娘を託しても大丈夫だとようやく思えるようになったよ……」
「お義父さん……!」
「娘を……この国を……君になら託すことができる……頼んだぞ、我が息子、ジョウイ……!」
「はい……!」
「……なんだいその三文芝居は」

目の前で繰り広げられるテッドとクロスの寒い芝居に半目になったが、当人達は大満足らしく、共演者を称えるように握手とかしている。
「いや、こう、義父から婿へと受け継がれる過程ってもんを再現してみた」
テッドとクロスは完全に遊んでいる。というかそれを真面目にやろうと思ったら、いったい何年かかるんだ。

「ねぇ……考えたんだけどさ。今回、最後までアガレスが皇王のままでもいいんじゃないのかい?」
「それも考えたが、アガレスがトップのままだと俺達が采配いじれねぇだろ。あとはキバだな」
「キバ? 第三軍の?」
頭に浮かぶのはあのつるっとした頭部とふっさりとした顎周りの対比が印象的な将軍だ。
ジョウイは前回あまり関わりがなかった事もあって、それほど記憶に残ってはいない。
今回も挨拶をかわした程度だ。
あちらはいきなり現れた「自称皇王の血族」なジョウイに警戒を払っているようだったが。

「あの親子、アガレスに忠誠誓ってるだろ。アガレスが皇王のままだったら、最後までこっち側だぜ」
「穏健派の事なかれ主義なだけで、アガレスが施政者として道を踏み外してるわけじゃないからねぇ」
前回はルカがアガレスを暗殺したせいで、キバとクラウスはハイランドを見限りデュナン軍についた。
しかし、アガレスが王座にいるならば、彼自身が道を踏み外していない以上、二人が離れるとは思えない。

しかしキバもクラウスもしっかり宿星なので、なんとしてでもデュナン軍に行かせなければならない。
というわけで議論の結論は冒頭に行き着く。
さすがにこれにはジョウイも反論はできなかった。
だが、だからといって諦めたくはなかった。

「あ、でもほら、いきなりジルと結婚したいって言っても変じゃないかな!」
「お前前回も突拍子もなく言ったんじゃねぇのか」
「……いや、その」
「アガレスから、今回のグリンヒル陥落のご褒美聞かれてるんでしょ? それでジルとの結婚って言えばいいじゃない」
ほぼ無血でグリンヒルを陥落させたのはアガレスとしてもかなり高得点だったようで、直々にお褒めの言葉と褒美の約束をされている。
お膳立てはばっちりだ。

「いいじゃねぇか、一目惚れでしたで」
「そこでジルに「実は私も……」と言ってもらったらパーフェクトだよね」
「いいなそれ。後で頼みに行こう」
なんだかどんどん外堀が埋められていく。
これは本格的に逃げ場がないとジョウイは頭を抱えた。
「うう……ジルと僕が結婚なんてセノが知ったら……」
「いや、セノもそのへんちゃんと分かってるだろうし」
「…………」
僕はセノに嫉妬すらしてもらえないんだ、と机に突っ伏すジョウイを放置して、テッドとクロスはこれからの算段を立てていく。

「まあぁ、ジルとの結婚はそれでいくとして、アガレス引退はどうするよ」
「前回はどうしたの?」
「ジョウイ。説明」
「……ゆっくりへこませてもくれないのかい君達は」
 恨み半分で言ったジョウイに、ざっくりと酷い一言が返ってきた。
「凹んでる時間の分だけセノと再会までの時間が遠のくぞ」
「前回は僕が血に毒を仕込んでそれをワインに入れて忠誠の儀の時に暗殺しました」
「……うっわぁ、自分の血に毒を仕込むとか、僕でもやらないよそんなこと」
「マゾいな」
「マゾ言うなぁぁぁぁぁ!!」
「暗殺はセノの希望に反するから使えねぇな……どうやって娘婿に穏便に座を明け渡してもらうかだな」
「そこをうまくやるのがテッドだよね」
「……ハードルあげてくれんな」
まぁいいそこは後回しにしよう、とテッドは未来の自分に投げてティーカップを手に取った。
おそらく後で過去の自分に恨み言を吐くに違いない。

そこではたとジョウイはとある事実に気付いた。
「……あれ、もしかしてキバ視点で僕ってすごく極悪人にならないかい?」
「あ?」
冷めた紅茶をゆらゆら揺らしていたテッドが片眉をあげてジョウイを見た。クロスがなるほど、と頷く。
「あー……なるほど。ジルを篭絡してアガレスから王座を奪ってハイランドを乗っ取った極悪人か」
「おお、極悪人極悪人」
「…………」
「けどアガレスをルカに変えたらほぼ前回のジョウイままだよね? 今更じゃない?」
クロスの言葉がジョウイの心にクリティカルヒットして、ジョウイは撃沈した。


 
お茶のおかわり淹れようか、とクロスが立ち上がったところで、ぶ厚い木の扉がノックされた。
「失礼します。皆さんこちらにいらしたんですのね」
「ジル? どうかしたかい?」
現れたのは、今話題に挙がっていたジルだった。近くにいたクロスがドアを押さえて中へエスコートする。
撃沈していたジョウイがなんとか復活して尋ねた。
「いえ、差し入れをと思いまして。頭を使う時には甘いものがいいとおっしゃるでしょう?」
にこやかに微笑んで、ジルは両手に持っていた箱を見せた。

「お、気が効くね」
「ちょうどお茶を淹れようとしていたところなんです。座って待っててくださいね」
「あら、ジョウイ様とテッド様のご友人なのだし、タメ口で構いませんわ」
椅子を引いたクロスに軽く会釈して、ジルはジョウイの隣に座る。
「そういやジル、ちょっと頼みたいことがあるんだが」
「はい、なんでしょう」
「ちょっくらジョウイと結婚してほしいんだが」
「わかりました」
「即答!?」
「それが必要なことなのでしょう?」
「飲み込みが早くて助かる」
説明する手間が省けたと喜ぶテッドに、ジルは体の前で両拳を作り、やる気満々に言った。
「精一杯、ジョウイ様と仮面夫婦頑張ります!」
「……やる気があるのはいいことだな」
仮面夫婦のつもり全開なのもよく分かった。
ジョウイが地味に凹んでいる。
本気だったら困るのも自分だろうに。

「お待たせ〜」
これからの流れとジルにしてほしい事についての説明をしている間に新しいお茶の準備ができたようで、各自の前に湯気の立つ新しいカップが出される。
結婚についてジルの了承も得た事だし、ゆったりとジルが持ってきた菓子をいただこうとテッドは先に紅茶を飲みながら、クロスが箱を開けるのを眺めていた。
「皆様が私や兄のために心を砕いてくださっているのに私が何をしないのも……と思いまして。手作りなので、あまり期待はしないでくださいませ」
「皇女手ずからの菓子とか光栄だな」
「料理は好きです。あまり上手ではありませんけれど……あ、でも兄はいつも美味しいと喜んでくれましたわ」
「へぇ、あのルカが」
生まれも育ちも王族で舌も肥えていそうだし、不味いものは食べないに違いない……というか少々不格好なものも食べない気がするというか……そうか、あいつはちゃんとシスコンだったんだな。なんだか親近感が湧いてくるな。

「ええ。こんなまずいものを他に奴に食わせられるかと言いながら、毎回全部食べてくださるの」
「はは、なるほどなー」
ころころと笑いながら話すジルは嬉しそうだ。
それにしても、ルカは妹に対していいツンデレを発揮しているな。
今度ルカに会ったら軽くいじってみようと思いながらのんびり話していると、ふとジョウイが嫌にいい笑顔を貼り付けているのに気付いた。
何を企んでいるのかと思ったが、ジルの前でストレートに聞くわけにもいかず、その間に箱の中身がテッドの前にも置かれる。

ごくごく普通のガトーショコラだ。
市販品やクロスが作るものよりは形が崩れているが、そこと比較するのは失礼というものだろう。
家庭で、ましてや皇女が作るものとしては上出来だ。
皇女の手作りなんて滅多に食べれるものではないと、うきうきとケーキを大きめに一口分切り分けて口に入れ、テッドは笑顔で固まった。

――セノの姉であるナナミは、見た目も匂いも一級品なのに、味は最終兵器かというような料理を作る天才だ。
それよりはかなりマシだった。
だが、予想していなかった分衝撃はでかかった。
つまりはそういう事だ。

「いかがですか?」
「…………」
きらきらとした視線で感想を待つジルに、テッドは無言で紅茶を全て飲み干し、笑顔を作った。
「あ、あぁ。ちょっと一気に口に入れすぎて喉に詰まっちまったぜ」
「あはは、テッドそんなにがっつかなくてもまだまだ沢山あるよー」
「……ソウダナ」
いい笑顔で言うジョウイに、テッドは笑顔で殺意を送る。

ジョウイは前回もハイランドにいたわけだから、妻だったジルの料理を食べる機会はあっただろう。
つまり、ジルの料理の腕を知っていて、テッドが食べるのを待っていたと。後で殺す。

「実は兄以外に作ったものを食べていただくのは初めてで……お口に合いましたでしょうか?」
「なるほど、ルカの好みの味ってことだねー」
 恥らうジルに向けて味自体への言及をやんわりと避けつつ感想を述べるクロスは平然と二口目へ進んでいる。
先に食べたテッドの反応からそれなりに味の予想をしていたのだろうが、そういえば奴はナナミの料理もそれなりに評価している男だった。

「うん、おいしいよ」
そしてジョウイはナナミの料理を平然と完食するので、ジルの料理は許容範囲なのだろう。
しかしその「おいしい」の前に「ナナミの料理に比べて」が絶対つく。必ずつく。
……とはいえテッドとしても、気構えさえしていれば許容範囲内だ。
放浪時代に鍛えられた胃腸はまだ健在だ。
ありがとう放浪生活。ありがとう俺の胃腸。

しかしルカはこのジルの料理を全て一人で処理していたというのだから……前言撤回。
「……今度会った時は素直に労るか」
一人呟いて、テッドはさっきよりだいぶ小さく切り分けた二口目をフォークに刺した。