その夜、うつらうつらしていると、ぎしぎしと床の鳴る音がした。
熟睡しているトウタはそっとしておいて、起き出してきたナナミと影を追いかける。
「これがニナの言ってた「さんぽオバケ」かな?」
「そ、そんなのいないもんっ!」
「ナナミは戻っててもいいよ?」
「う……こ、怖くなんかないんだから、大丈夫よっ!」
影が逃げ込んだ地下室から隠し通路を通って校舎へと出る。
そして走り去ろうとする影目掛けて、シグールが地下室の倉庫で拾ってきていたブーツを全力で投げつけた。

「でっ!?」
「それいけー!」
「お、おばけなんて怖くないんだからぁぁぁぁ!!」
ナナミに殴りかかられて影がその場に倒れる。ぼかぼかとナナミの集中攻撃を受けつつ、影が叫んだ。
「俺だ! 俺だって!」
「……あれ? フリックさん? え、フリックさんがおばけだったの?」
「いやいや落ちつけ。俺はまだ死んでない。殴れてるんだからおばけじゃないだろうとは思わないのか……」
「僕らが追いかけてるのに気付いてなかったの?」
「シンを追いかけるのに神経傾けてたんだよ! つーかお前、絶対俺だって気付いてただろ!」
「ナンノコトカナ?」
「…………」

「それよりも、シンを追いかけてたんじゃないの」
ルックの言葉にフリックが我に返った。
「そうだった! こっちに行ったはずなんだが……」
フリックが示した先は、またも行き止まりだった。

「んー、まぁ、怪しいのはこういうのだよねー」
シグールが銅像を探ると隠し通路をあっさり発見する。
そこから吹く風は外のものだった。

森の中の小屋に隠れていたテレーズと会い、しかし彼女はセノ達への協力を拒んだ。
「市民を見捨て、一人逃れた私は、もうグリンヒルの市長代行ではありません。そんな資格はありません……」
ごめんなさい、と謝るテレーズと別れて校舎へと戻りながら、セノが呟く。

「前回もそうだったんですけど、戦う前に負けてしまった原因となったミューズの兵達の受け入れを、テレーズさんは間違っていたと思っているんです。けど、僕はテレーズさんの選択は正しかったと思うし、ミューズの兵士さん達を救いたいと思ったテレーズさんの思いも否定しちゃいけないと思うんです」
「それ、言うなら本人に言わないとだめだと思うけど」
「んー、僕の言葉じゃ届かないですよ。こういうのは本人達の口から言ってもらわないと」
そう微笑むセノは、珍しく何か企んでいるようだった。
 




翌日、断られた以上長居は無用とばかりに帰り支度をして町へと下りると、鬱陶しい男が演説をしていた。
「元グリンヒル市長代行テレーズを捕らえた者には二万ポッチの金と、ハイランド王国の市民権を与える!」
「二万ポッチ……」
「テレーズで二万ポッチ……僕とかルカだとどれくらいになるんでしょう?」
「とりあえず画面に表示される金額よりは上がいいよね」
「俺はどれだけ積まれてもお前らを敵には回したくはねぇよ……」
うきうきとそろばんを弾くシグールに、フリックがげんなりとした表情で言った。

とはいえ、二万ポッチも一般人にとっては大金だ。
揺れる市民達に駄目押しをするように、現れたクロスもといフードの男が声をあげる。
「グリンヒルの市民の方々、これは、ハイランド皇王であるアガレス=ブライト様からの正式な布告です。約束は、この首にかけても守りましょう」
皇王の名前まで出てくると、信憑性も増してくる。

「これはまずいんじゃないか……?」
「テレーズのところ、行く?」
「もちろんっ!」
市民に見つかる前にと急いで例の小屋へ行くと、テレーズとシンの他にニナもいた。
彼女は協力者として、買い物などを請け負っていたらしい。

現れたセノ達に、テレーズは静かに告げた。
「事情はニナから聞きました」
「じゃ、じゃ、じゃあ、早く逃げよう。 こんなところにいたらすぐ捕まって……」
「いえ……私は逃げません。これ以上、市民の方々に迷惑はかけられません。私が捕らえられて、王国軍の横暴が治まるのなら、喜んで……もう、それくらいしか私にできることはありませんから」
「そ、そんな……ちょっと待って……」
「好きにしたら?」
「おい、シグール!?」
棍を肩にかけとんとんと軽く叩きながら、シグールはうっすら笑っていた。が、目は据わっている。
どうやらテレーズの言葉はシグールの怒りを買ったらしい。

「君が出ていったら確実に殺されるよね。そしたらグリンヒルの人達どうするかな。市長を自分達が売ったと考えるかな? 守れなかったって悔やむかな? 暴動を起こすかもね、君は随分と慕われてたみたいだし」
「……そんなことはさせませんっ!」
「死んだ人間がどうやって止めるのさ。今になって悔やむくらいなら、最初に王国軍が入ってきた時点で死ぬべきだったね」
「……では! ではどうしろとおっしゃるのですか! このままでは皆の迷惑に……っ」
「セノに力を貸して、グリンヒルを奪回すればいい」
「…………」
「それとも、のこのこ出て行ってあなたが死んだら市民は喜ぶの? だとしたらグリンヒルの市民は余程の人でなしの集団だ」
「私の市民を貶さないでくださいっ!!」
「貶めているのはあなただよ、テレーズ=ワイズメル」
息を荒げるテレーズを強く正面から見据えて、シグールは言い切った。
「あなたが先の戦いで傷ついたのは事実かもしれない。けど、あなたを死なせた市民の感情を考えろ」
「…………」
言葉に詰まって俯くテレーズに、シグールが溜息を吐く。

「気は済んだ?」
「あー、うん。そこそこに」
「ならとっとと行くよ。森を抜ければいいんだろう?」
「あ、ちょっと待ってください」
こっちから行きましょう、とセノが示したのは、市街地の方だった。

市街地に行けば当然兵士に見つかる。
さすがにこれだけ数がいると捌くのも一苦労で、セノがいったい何を考えているのかと苦言を挟もうとしたら、わらわらと市民が駆けつけてきた。

「テレーズ様を守るんだ!」
「テレーズ様、このグリンヒルの市長はあなたしかいません。早く、逃げてください!」
兵士を押さえようとする市民達の姿に、テレーズは呆然と立ちつくす。
その腕を軽く引いて、セノがにっこりと微笑んだ。
「テレーズさん、グリンヒルの人達は、テレーズさんが大好きなんです。だから、自分が死んだらいいなんて言ったらだめです」
「……そう、ですね」
目元を拭い、顔を上げたテレーズに迷いはなかった。