部下の対応は上司に任せるという事で、ルカを見捨てて出発したセノ達のグリンヒル潜入はあっさりすぎるほどあっさり済んだ。
一応名前が知れているセノだけは偽名を使う事になったが、セノは適当に悩んだ結果リーヤを選んだ。
まぁ、身近な名前ではある。
ラウロよりはリーヤって感じだし。
そして現在。
「なに言ってやがる。人の足ふんづけといて、その態度はなんだ!」
「ふん! 人のことエッチな目つきで眺めるからよ。自業自得だわ!」
「いい加減にしないと、女子供といっても容赦しないぞ!」
「容赦しない? どうするつもり? え? 何をするの?」
「え……えっと……それは……」
女子にたじたじになっている兵士を鑑賞している。
「……これはむしろ兵士が可哀想だよねぇ」
「僕らが行ったら多勢に無勢って感じですよね」
女学生に口で完全に負けている兵士は情けなさ過ぎていっそ哀れだ。
とはいえ逆切れして剣を抜いたら危険だと判断したのか、シグールがフリックの背中を蹴り飛ばしてのたまった。
「というわけでフリック、ちょっと代表で止めてきてね」
「…………」
「なんだぁお前は!」
それが果たしてフリックの女難の始まりなのだが、まぁこれが見たいがためにグリンヒルの潜入なんてめんどい事に付き合っているのだから、じっくり見物させてもらう。
「いやー、これはちゃんと報告しないといけないよねー」
うきうきとなにかしら手紙にしたためているシグールが本当にいきいきしている。
「ルック、後でこれ届けてね」
「任せて」
どこに、なんて決まりきっている。
ニナとフリックの追いかけっこを脇目に楽しみつつ校内を見学していると、宿屋のあたりでラウドがなにやらわめきたてていた。
テレーズがここにいるとタレコミがあったんだそうだ。
火をつけてでも炙り出してやると高圧的な態度を取るラウドに、セノが眉を潜める。
「これはそのままなんですね……止めてもいいですか?」
「……いや、ちょっと待って」
止めに入ろうとしたセノを止め、ルックは向こうから歩いてくる影を凝視した。
顔はフードで覆われていて見えないが、前が開いている形なおかげで体つきはある程度判別できる。
腰には剣が一本しかないが、その足取りは間違えようがなかった。
フードの男はまっすぐラウドへと歩み寄ると、男に殴りかかろうとしていたラウドの腕を掴む。
「ラウド殿、何をされているのです?」
「あぁ?」
「隊長から、市民への手荒な行為は禁じられているはずです。罰を受けたいのですか?」
「……ちっ」
舌打ちひとつでラウドは手を振り払うと、他の兵士達と共に逃げるようにその場を去っていった。
フードの男は宿屋の主人達に謝罪を残し、ラウドとは別方向へと足を向ける。
「…………」
「どうした? ルック」
「……セノ、あれ」
「あ、はい、クロスさんですよねあれ」
「え、クロス!?」
「間違いないです、罰の紋章の気配ですし」
「……なんでいるの」
ぼそりと呟いて、ルックは足を踏み出す。
「まぁ、この時代生きてはいるからいてもおかしくはないんだけど……」
背後でシグールが何事か言っていたが、ルックにとってはそんな事はどうでもいい。
セノ達をその場に残して、フードの男もといクロスの後ろを早足で追いかけた。
クロスは建物の角を曲がる。ルックも続いて曲がった。
じょじょに人気がなくなっていく。
おそらくクロスはルックに気付いていて、ルックもそれは分かっているので少しずつ距離を縮めながらも走って追いつくような事はしない。
そうして周りから完全に人の気配が消えたような路地裏で、クロスはようやく立ち止まった。
くるりと振り向きフードを取り去った後に現れたのは、紛れもなくクロス本人だった。
「ルック、あいたか――」
「切り裂きっ!!」
ルック全力の切り裂きが発動した。
「るっくん酷いよ作ったばっかりのフードなのに!」
「知るかっ!!」
ぼろくずになったフードをクロスからむしるように取り去ってルックは怒鳴る。
フードはボロボロになったがクロス本人はいたって平気そうなのが癪に障る。なんでだ。
「なんでいるのさ!」
「なんでって……気付いたらハルモニアにいてさ、あぁそういえばこの頃はこのあたりにいたなーと思って、で、そこからだとジョウイ達が近くにいたから顔出して」
「そういう問題じゃない!」
胸倉を掴んで睨みつけるが、クロスはまったく動じた様子がない。
ルックが何に怒っているかなんてとっくに分かっているだろうに。
「なんで連絡のひとつもよこさないのさっ……!!」
「んー……だってほら、会ったらルックの方行っちゃいたくなるし。テッドもジョウイも我慢してるし、僕だけ自由に会うのもなって」
「他なんて知らない」
頭突きするように胸に額をぶつけると、う、と小さく呻く声がして少し気分がすっとする。
「……セノやシグールにはいるのに僕だけいないとか思ってたのがバカみたいじゃないか」
「うん、ごめん」
素直に謝罪され、ぎゅうと抱きしめられる。
それ以上文句を言う気が起きなくて、ルックは胸倉から手を離して、かわりにクロスの服の裾をぎゅっと握った。
ルックが宿舎に戻ると、いい笑顔のシグールが待っていた。
「おかえりールック。クロスとの甘い時間はたっぷり堪能できたかなー?」
「…………」
みすみすこいつらに弄る理由を与えてしまったのが悔やまれる。
無言でシグールの座っている椅子の足を蹴り飛ばしてルックが椅子に座ると、セノがあれからの流れを話し始めた。
ルックが離れた後、シグール達は一度フィッチャーと合流したらしい。
なんでも密告者と疑われてリンチを受けているところを、フリックが一芝居打って助けたのだとか。
「すごい格好よかったですよ!」
「日頃からあれくらい顔の皮が厚ければいいんだけどね」
「あれ、トウタは?」
「トウタはフリックさんのところですよ」
「ああ、胃薬渡しに行ったのか」
「で、クロスはなんであんなとこにいたの?」
トウタがいないので男子部屋は三人だけだ。
そのおかげでなんの気兼ねもなしに聞いてきたシグールに、ルックはクロスから聞いた事情を簡単に説明した。
なんだかクロスも色々言っていたが、最終的には一言で済む。
「戦力偏りすぎるとハイランド側が大変だもんねー」である。
セノにシグールにルック、そして前回チートすぎたルカまでこちらにいる。
対して今回、ハイランド側にいるのはジョウイとテッドだけだ。
「あれ、ササライは? 来るはずだよね」
「今回はこないらしいよ」
「なんで?」
「ヒクサクも引継ぎしてるらしいから」
「……なんで?」
「さぁ」
理由は知らないが、レックナート同様ヒクサクも今回記憶を引き継いで参加しているらしく、ササライを向かわせないからよろしくという手紙があったらしい。
記憶があるなら極力関わりたくないのは道理だろう。
「それでクロスはあっち側か」
「基本フード被って、テッドと入れ替わりながらジョウイの部下してるらしいよ」
「二人一役?」
「二人二役。ハルモニアからの神官将をテッドが騙ってるらしいから」
「…………」
あちらも大概やりたい放題である。