トゥーリバーに入った直後、背中に黒い翼が生えている謎の少年にぶつかられた。
「とろとろしてるんじゃねーよ! じゃーな、バイバーイ」
謝りもせずに風のように走っていった少年を呆然と見送り、フリックがぽつりと呟いた。
「あれは……?」
「ウィングボートだよ。トゥーリバーに住んでるんだ」
「亜族か」
「ルカは人間以外の種族を見るのは初めて?」
「コボルトは何度か見たことがあるが、他はないな」
「そっかー……あ」
「どうしたの?」
しばらく雑談をしながらのんびり歩いていたが、急にセノが何かを思い出したように立ち止まった。

自分のポケットを探り始めたセノにシグールが声をかけると、セノは「てへ☆」と舌を出す。
「さっきのチャコっていって、後々の仲間なんですけど、最初ぶつかった時にお財布と証明書取られちゃうの忘れてました」
「「え」」
まさか、と全員の視線がセノに向く。
しばらくぱたぱたと服を探っていたセノは、やっぱり、とちょっと困ったような顔で言った。
「……ない、ですね?」
「…………」
「そうか」
「うん。わかった」
くるりとルカとシグールが反転する。
「僕らが稼いだお金を掠め取るなんて万死に値するよね。ちょっと軽く炙りに行こうか」
「同感だ」
「ちょ、シグールは予想通りの反応だけど、ルカまでどうしたの!?」
ルックはぎょっとしたが、ルカとしてもあれだけ散々引きずり回されて稼いだ金をゼロにされるのは腹が立つ。
このままだともう一度同じ金額を稼ぐまでまたあちこち走り回るハメになる。
あんな思いはもう二度としたくないという事だろうか。

「え、ええと……チャコは将来の仲間なのでー……殺すのはだめですよ?」
「…………」
やっぱりこの子、ツッコミには向いてない。

その後シグールとルカの執念でチャコを追い詰め、二人の出すどす黒いオーラにさすがのチャコもびびったのか、すんなりと財布(と中身)は返ってきた。
「で、紹介状は?」
「す、捨てたぜあんな紙切れ」
「あー……まぁ、いいか」
「いや、よくないだろ!?」
「僕がいれば基本問題ないと思わない?」
自身の通行証を出してにっこりと笑うシグールは、そういえばどこぞの英雄サマだった。最近忘れそうになるけど。

気付いたらいつの間にかチャコがその場からいなくなっていたが、財布は無事に取り戻したおかげでシグールとルカも落ち着いたらしい。
当初の目的である代表のマカイに会いにいく事にした。

市庁舎へと向かうと、ちょうどフィッチャーがリドリーによって百叩きになるところだった。
「これはしばらく見ているところ?」
「フィッチャーが何かに目覚める前には止めた方がいいかもね」
「……とっとと行くぞ」
溜息を吐いてルカが止めに入ろうとするのを、シグールが足払いをかけて阻止した。
「何をするっ……!」
「さすがにここでルカが出てくとちょっとまずいんだよね。というわけでセノ、行っておーいで」
「はーい」
セノが仲裁に入り、右手に宿している「輝く盾の紋章」を許可証代わりにマカイとの会談を無事に終了させる事ができた。
シグールの出番がなくてよかった。

その後リドリーがマカイと王国との仲を疑って引きこもり、その間に王国軍がこれ見よがしに挨拶しにきたり、おかげでますますリドリーが引きこもったりしてその隙をついて王国軍が攻め込んできたりしたのだが、最終的にトゥーリバーに住む全員の力とセノ達の力を合わせ、無事に撃退する事ができた。以上ダイジェスト。





万事うまくいったと思われたが、ここでひとつアクシデントが発生した。

「ルカの存在が王国軍にばっちりバレました☆」
「アホかぁぁぁぁぁぁぁ!!」
シュウの怒声が広間に響き渡る。
「だってさー、キバとクラウスがいるんだよ? ばれないわけがないじゃないか」
「休戦協定の話をしにきてた時は、なんとか根性で隠したんだけどな……」
休戦協定のブラフを立てにきたクラウスとキバを見つけた時は、ルカを渾身の力で引きずり倒して物陰に隠す事で、ギリギリ存在を隠す事に成功したのだ。

「気付いたら前線で戦ってるんだもんなー」
「まぁ、そのおかげでこっちも有利になったんだけどな」
「キバとクラウスの顔が面白かった」
好き放題言う連中に、シュウはぴきぴきと米神を引き攣らせる。
「……ルカの存在を公にする時期とか色々と計算していたこっちの予定をどうしてくれる!」
「んー。けど、おかげで兵士が二百人くらいこっちきてくれたし」
「馬もいますよね」
「戦車もあったっけ」
「…………」

ルカがこちらにいると公になった事で、今回の敗残兵の内、ルカ寄りの者がこちらへと投降というか帰属を申し出てきたのだ。
王国軍の装備を手土産に。
そういえば『狂皇子』と呼ばれていた前回でも、彼の最期で彼をかばうために何人もの兵士が前に出ていた。
地味に人気があったのか、ルカ。

「ふむ。いいぞもっと引っ張れ」
「お前あっさり意見翻したな!?」
あっさりと意見を転換させたシュウに思わずビクトールが突っ込んだ。
「人道的にどうなんだそれ」
「本人達がこちらに来たいというなら好きにすればいい。スパイ懸念での身辺調査はするが、こちらとしては貢ぎ物(装備品)付の兵士は常時募集中だ」
「あれ、人道って食べ物だっけ?」
「君が食べていたのを見た覚えはないね」
「たぶん踏んでんじゃね?」
「仲間が増えるのはいいことですねー」
「…………」
「まぁいい。今日のところは各自休んでくれ。だが愚痴は言いたいのでシーナは居残れ」
「お れ か よ!」
 




***





次の日、シュウから召集がかかった。曰く「悪い知らせがある」らしい。
広間に集まった全員(一部二日酔い)をぐるりと見渡して、シュウは開口一番に言った。

「グリンヒルが王国軍の手に落ちた」
「……そりゃまた……」
まぁ、確かに悪いといえば悪い知らせである。
内情を知っているルック達が驚くところではあまりない。

「持ちこたえられなかったか……。しかし、トゥーリバーにあれだけの軍を出しておきながら、よく同時にグリンヒルを攻略できたもんだ」
「グリンヒルを攻略した王国軍はたったの五千だったそうです」
アップルの言葉に、一瞬場が静まり返る。

「おいおい、冗談だろ。グリンヒルには少ないとはいえ七千近く兵がいたはずだ」
「……もしかして、例の将か?」
「ああ。どういう手を使ったかわからんが、鮮やかなもんだ」
全部説明してあるから知っているはずなのだが、しらっと言ってのけるシュウはやはり狸だ。

現時点の戦力ではグリンヒルを救出するのは不可能であるのは明白だったので、とりあえずグリンヒル市長代行であるテレーズだけを助け出す事となった。
グリンヒルの市長であるアレク=ワイズメルが病に臥せっており、その代行を務める彼女の人気はグリンヒルでも高く、後々グリンヒルを取り返す時に市民の協力を得ることができるというのがシュウの考えだ。

「というわけで、人選はセノ殿に一任しますが、学園都市なので年齢制限がかかるのをお忘れなく」
「私は行くよ!」
「僕も行きたいな〜。ルックももちろん行くよね?」
「……僕は」
めんどい、と言いかけて、グリンヒルという単語に引っかかった。何かこの町であった気がする。
「引率はもちろんフリック一択で☆」
「なんでだ! ナッシュだってルカだっているだろう!」
「さすがに顔が割れているルカ殿を連れていくと、潜入とばれる」
「ナッシュさんも……あまり素性が知れないし、少人数の潜入に入れるのはあまり……」
「…………」
軍師と軍師補佐にダメだしを喰らってフリックがその場に膝をつく。
その肩をばしばしと叩いてシーナがいい笑顔で行った。

「よかったなぁフリック、信用されてるぜ!」
「……シーナ、お前、代わるか?」
「俺引率にしては若すぎるよなー。あー、あと数年若かったら俺も生徒で一緒に行くんだけどなー」

超白々しい笑顔で言うシーナをウザそうに眺めながら、はた、とルックは気付いた。
グリンヒル。潜入。学園。
「僕も行く」
目の色を変えて急に乗り気になったルックに、シグールが親指を立ててきたので、ルックはしっかりと頷いておいた。

「ええと、じゃあフリック先生にー」
「先生はやめてくれ……」
「フリックに、僕とナナミとシグールさんとルック……あと一人かぁ」
誰にしようかな、とセノがつとフリックに視線を向ける。
「ビクトール! 一生のお願いだ! 俺と引率を代わってくれ!」
「フリック一生のお願いだ、引率で行ってこい」
「…………」
「うん、トウタにしよう!」
すごくいい案を思いついたとばかりに煌く笑顔で言ったセノの思考はすぐに分かった。
胃薬係か。

というわけでメンバーが決まったので各々準備をして石版前に集合……というところになって、兵の一人が駆け込んできた。
そのただならぬ様子に広間に緊張が走る。

「た、大変ですっ! ハルモニアの兵士が…!」
「まさかここに攻め込んできたっていうのか!?」
「トゥーリバーでやりあったばかりだぞ……」
「い、いえっ、それが……」
焦りと戸惑いが混じる兵士の口調の意味を、それからほどなくして全員が知る事となる。

ルカの所在が公になった事で、また彼がクラウス達に正面から「俺はデュナン軍につきハイランドを潰す」と宣言した事で、ルカを捜索していた彼の部下がこちらへと押し寄せてきたのだった。
王国としても捜索隊を組んではいたが、それとは別に個人的にルカを探していた者達も結構いたらしい。

「実はルカ人気者だったんだねー」
「考えてみたら、絶対的な実力主義者だからね……。実力はあるけど身分の低い連中にしてみたら、ルカの下にいた方が気楽なんじゃない」
「なるほど」
 ほけほけと会話している彼らの眼前では、「ルカ様ご無事でよかったですぅぅぅぅぅう!!」とすがり付いてくる部下達をなぎ払うルカの姿があった。