一度宿屋に戻り、ナナミとルックを交代させてから再突入したノースウィンドゥの建物の中は、よく分からない仕掛けに溢れていた。
「相変わらずというか……懲りてないよね」
「趣味なんでしょ」
「……日曜大工が趣味の吸血鬼か」
ネクロードという吸血鬼がよく分からなくなってきた。

棺桶を動かし蝋燭をつけ、宝箱を回収してゾンビをぶっ倒し、最上階を目指す。
面倒な作業が多く、ルックあたりは途中で嫌味のひとつでも漏らすかと思っていたのだが、文句のひとつも言わない。
それどころかどこか上機嫌にすら見える。
シグールもここに入る前から機嫌がいい。

なぜか、と考えて、それは最上階について三秒で答えが出された。



最上階で、ネクロードは待っていた。
なぜかパイプオルガンを弾きながら。
建物に入ってきた時から流れ続けていたのはこの音だったのか……多趣味だな。

「やっと、来ましたね。待ってましたよ。ビクトール、星辰剣。おや、マリィ家の坊やも一緒ですか? 手間が省けて助かりますよ」
「僕もいるよ〜☆」
「僕もね」
「……ひっ!?」
シグールとルックを見た瞬間、ネクロードの顔色が土気色に変わった。
もともと生気のない顔色だというのに、目に見えて悪くなったのが分かる。

そういえば初対面の時、シグールはフードを被っていたから、ネクロードはあの場にシグールがいたのを知らないのか。
「さぁ、一緒に遊ぼうネクー!」
「な、なんであなた達がここにいるんですか!」
「相変わらずのBGM自演乙! ていうか、前回のツッコミが一切改善されてないんだもんなー……これはもう一度突っ込んでほしいってことだよね?」
「あああああああなたたち人間ごときにややややられるわわわわたしではああありませせせせんよ」
「ネクロード、少し落ち着け」

ネクロードが仇なはずのビクトールが思わず宥めるくらいに、ネクロードは傍目に可哀想なほど動揺していた。
果たして彼は過去にシグールに何をされたのだろうか。

「さて、と。ネクー。覚悟はできてるんだよね?」
「こ、こここここれで失礼しますよ!」
涙目でネクロードはマントを翻す。瞬間彼の姿は掻き消え、かわりに天井から巨大な蜘蛛のようなモンスターが降ってきた。
骸骨に皮を貼り付けただけの歪な顔が五つついている。

「ちっ、相変わらず逃げ足は速いんだから」
「前回あれだけの目に遭ってたら逃げるだろ……」
「とりあえず、このモンスター倒しちゃいましょう」
目の前の現実をしっかり見据えているセノが、ちゃきっとトンファーを構えた。

とはいえこのメンバーでそれこそ苦戦するわけもなく、ヘカトンケイルはあっさりと叩きのめされたが、その時にはすでに、やはりというかネクロードの姿はどこにもなかった。
「……やはり、ネクロードは逃げたか」
「その内また現れるよ」
「……お前らがいる限り、現れない気もするがな」
「それより、外に誰かきてるよ」
窓の外から下を見たルックの言葉の通り、外に出るとフリック達が揃い踏みしていた。
合流するために下に降りる。

「どうしたの?」
「……サウスウィンドゥがハイランドの手に落ちた……」
フリックが悔しげに答えた内容に、フリードの表情が一変する。
「なんですって!! ほ、本当ですか? それで、グランマイヤー様は?」
「捕虜になった、と聞いている」
「……そう、ですか」
肩を落とすフリードは、しかし生きているという知らせに少しだけ安堵したようだ。
「広間に行きましょう。詳しい話はそこで」
「あ、ああ……そうだな」
セノの一言で広間に移動し、あらためてフリックが状況を説明した。

ルカ達がサウスウィンドゥを出た後に、ハイランドの一軍がサウスウィンドゥを急襲したのだそうだ。
隊長は、ルカが行方不明になった後に現れた例の青年の側近で、軍の展開には目を見張るものがあったらしい。
数の差もあり、勝ち目がないと判断したグランマイヤー市長は戦いを避けて全面降伏し、結果、彼は捕虜として連れていかれた。

「俺の方は女子供連れなんでバレずに逃げ出せたんだが」
「その青さでよく青雷のフリックってばれなかったね?」
「……まあ、なんとか逃げ出して、おまえらの後を追ったんだ。その途中でアップル達とも会えた」
フリックはシグールの茶々を無視する事にしたらしい。
「今回の将の名前もわからないのか」
「フードを被っていてわからなかったな。戦場でフードとは、よほど素性を明かしたくないらしい」
「ハイランド軍は反乱を恐れて、あちこちでミューズやサウスウィンドゥの元兵士を捕まえています」
「てぇ……ことはここにハイランド軍の手が回ってくるのも時間も問題だな。しかし……こんなボロ城とこの人数じゃあ、たとえ戦っても……」
言いかけて、ビクトールの視線がシグールに止まって、不自然に逸らされた。
「うん、まぁさすがに僕は戦争には参加しないよー?」
「「当たり前だ」」
ビクトール、フリック、アップル、シーナから同時に言われて、シグールはぺろりと舌を出した。

「……まぁ、シグールはともかくとして、さすがにこの人数じゃな」
「シグールさんを出さなくても勝ち目ならあります!」
「アップル?」
「小勢で、大群を倒すには奇策が必要です。そのための策さえあれば、勝ち目は出ます……」
「で、おまえさんに策はあるのか?」
「いえ、私では力不足です。そのことは身にしみてわかっています。でも、策を立てられる人なら知っています」
そこでアップルが挙げた名は、事前にテッドから聞いていた、この軍の軍師となる人物の名だった。





***




 
「というわけでシュウをゲットしに行きます」
この中で軍師を仲間に引き入れる流れを正確に把握しているのはセノしかいないらしく、彼から事前に説明を受ける事となった。
「本当にめんどい軍師なので頑張ります」
「「…………」」
セノがそこまでいう軍師とは、いったいどんな人物なのか。
そして実際にシュウの屋敷の門を叩いたら、「お引き取りください」とにべもない返事をされた。

その時点でシグールが笑顔で拳を握っていたが、とりあえず食事をしようとセノが言い出し、宿屋で食事を取る事になった。
「……のんびり食事をしていていいのか」
「レシピも回収したし大丈夫」
「いや……そういう意味ではなく」
唐揚げを口の中に投げ入れたルカは内心うんざりしていた。今回の面子のせいだ。
現在の面子はセノ、ルック、シグール、シーナ、ナッシュにルカだ。
何が悲しくてこんな男ばかりの面子なのか。
一応アップルが同席してはいるが。

ナッシュがフォークを置いて愚痴を吐き出す。
「ムサいだろこれは……お前さんもそう思うよなあ」
「すっげー同意。これはねーって。なんでこんな腐れ縁面子なんだよセノ」
ナッシュの言葉に口を尖らせたシーナが同意すると、向かい側に座っていたシグールがニコリとほほ笑んだ。
「面子の注文は僕だけど、文句ある?」
「「ないです」」
カクカクと仲良く首を横に振った二人と、にこにこしながらそれを見ている一人からルカは視線を外して見なかった事にした。

食事を終え外へ出ようとした時、黒髪の男が入ってくる。
なるほどこいつがシュウか、と一目で納得できそうな風体だった。
予想よりは若かったが、能力と年齢は必ずしも比例しないとルカは知っている。

「アップル。まだこの町にいたのか? わかっていると思うが、そろそろここにも本格的にハイランドの手が回るぞ」
一同の先頭にいたアップルを見据えてシュウは言った。
「わかってます。でも、私達は、兄さんが力を貸してくれるまで帰ることはできません」
真摯なアップルの言葉にも、シュウは動じる様子はほとんどない。
「……それで、どうするというのだ。そこに土下座でもして、頼むのか?」
薄い唇を吊りあげて放った言葉に、アップルは一瞬目を見開く。セノもルックも、わずかに身じろぎした。
「……そんなことなら……」
「やめなよアップル」
やっぱりいいよ、と言ってセノが膝を折ろうとしていたアップルを止める。

「ねえシュウ、僕達に力を貸して」
「断る」
「……ああ、そっか。シュウも覚えてないし……あのイベントがあるんだった」
微妙に電波な事を言って、セノは溜息を吐いた。
斜め後ろに立っていたルカには彼が小声で「めんどくさいなあ」と言っているのを拾ってしまった。

「もういいや、プランTでお願いします」
「プランT了解」
「プランT了解」
輪唱のように言葉が響き、シュウの左右にシグールとシーナが武器を持って構えていた。
いつ打ち合わせしていたんだ。
「プランT了解」
そしてシュウの真後ろに、涼しい顔をしたルックがいた。

「今回は君に付き合って川さらいをする気はないんだ」
シュウの正面でトンファーを構えて、セノは変わらず邪気のない笑顔でもう一度同じ言葉を繰り返した。
「シュウ、僕達に力を貸して」
「……否と言ったら襲ってくる気のようだな……」
「んー、どうだろう? シグールさんとシーナとルックはちょっと本気出しちゃうかも」
「…………」
立派な脅しだ。笑みに邪気がない分、中途半端に怖い。
というかその三人とシュウは過去に何かあったのか。

言いたい事は五万とあったが、シュウが舌打ちしながら首を縦に振ったため、一行の目的は達成された事になった。
……これでいいのか、と思わなくもない。というか思う、素で思う。
特にアップルとかいる意味が皆無だったのでは。
「そもそも何なんだプランT……」
帰る途中、思わず呟いたルカにシグールが笑顔で説明してくれた。
「プランTはTIKARAZUKUのTだよ!」
「力ずく……」

確かに力ずくだった。
というか腕力一本勝負だった。
むしろ暴力で屈服させていたようなものだった。

「……あれで……いいのか……」
ルカはプランTで捕縛された軍師に同情したが、後日わずかな言葉を交わしただけですぐにその評価は翻った。