というわけでノースウィンドゥに行く事になった。
「フリックとナッシュはここでリィナのお茶の相手して待っててね」
「あら、よろしいの?」
「煮るなり焼くなり。後で詳しい話教えてくださいね、報告するんで」
「「やめて!!」」
男二人の悲鳴に見送られて、ルカ達はノースウィンドゥに向かった。
あの二人は何をそんなに怯えているのだろうか。
「ところでシグール、お前のその格好は何だ?」
「いや、逃げられないためのカモフラージュ?」
頭からすっぽりとフード付のローブを被っている彼は、一見して不審者そのものだ。
色は白で、縁取りは鮮やかな赤で模様が刺繍されている。
「ネクロードの分際でムービーとか。僕再登場シーンでもないのにさぁ……」
くくくく、と低い声で笑うシグールはその格好も相まって酷く不気味だ。
怪しいシグールを引き連れてやって来たノースウィンドゥの村は、墓だらけだった。
「ここが……ノースウィンドゥか?」
「この墓は、この村に住んでいた人達の墓さ」
ビクトールの過去語りによると、彼の故郷はネクロードによって滅ぼされたらしい。
さらっと聞き流していたルカに、シグールがすすすと寄ってきた。
「ルカ、ちょっと僕後ろ隠して?」
「は?」
「……まあ昔の話だ。ネクロードもこの手で討ち取ったからな」
「さてさて、それはどうでしょうね?」
「き、きさま! なぜ!?」
いつの間にか、見知らぬ男がルカ達の前にいた。
本から抜け出てきたような、見るからに「ヴァンパイア」の格好をした男だ。
「不死身の吸血鬼があなたごときに倒せると思ったのですか? それは、浅はかというもの」
「……コスプレか?」
ルカの一言に、不敵な笑みを浮かべていたネクロードの顔が引き攣った。
「こ、これだから人間は! 私のこの崇高なるファッションが理解できないようですね!」
「いや、普通におかしいと思うが。その襟立てとか特に」
「…………」
ネクロードの血色の悪かった顔が真っ赤になる。
ルカの後ろでシグールがぶるぶる震えているが、ルカとしては特におかしな事を言った自覚はない。
「こ、こここのかかかかとう人種がぁぁぁぁぁ!!」
「ネクロード少し落ち着け」
「……くうっ!」
ネクロードがマントをひとつ振ると、地中からゾンビがぼこぼこと現れた。
ネクロードが精一杯の虚勢で声を張り上げる。
「ふ、復讐です! 私のこの体に傷をつけたあなた達への! そう! 復讐なのです!」
「傷って……生娘じゃあるまいし」
ルカの一言に全員が吹き出した。
結局ここでネクロードを倒す事はできず(精神的なダメージはかなり与えられたが)そのために星辰剣とやらを取りに行く事になった。
どうやら以前ネクロードを退治しかけた時も、その剣が必須だったらしい。
「……ねえ熊、なんで捨ててきたのかな?」
「ぐ」
「こんなことしてまで迎えにいかないといけない存在だっけ、あれ」
今はもうローブを取り去ったシグールが、いい笑顔でビクトールを問い詰めている。
ビクトールはその剣を風の洞窟に置いてきて、今はそこに向かっているのだが、人外の存在を消し去れるほどの一品ならば手元に置いておきたがるのが普通だろう。
「セノ、その星辰剣というのは、いわくつきなのか?」
「いわくつきっていうか……まぁ、ちょっと変わってはいるかな」
「そうなのか……」
「もしかして、ルカ、ほしかったりする?」
「剣を扱う者としては見てみたくはある」
「そっかー……」
曖昧な笑みを浮かべるセノは、星辰剣がどんなものか知っているらしい。
「ええとね、星辰剣はビクトールが気に入ってるんだよ」
「ビクトールが気に入ってる剣なのか? ならばなぜこんなところに置いておく?」
「その逆だよ」
「逆? 剣が使い手を選ぶというのか。それはますます手に入れたくなるな」
「……うん」
たぶん本物を見たら分かるよ、とセノは視線を明後日の方向へ投げた。
風の洞窟は、出てくるモンスターよりもむしろ風避けのために岩を動かしたりする方が面倒だった。
「こんなところにまで捨てにきたビクトールの本気さを感じるよねー」
「…………」
こんなところに剣を置いておくなんて、余程人目に晒したくないものなのだろうか。
途中でネクロードに恨みを持つというカーンを同行に入れ、いよいよ星辰剣との対面となった。
「よお、元気にしてたか相棒」
「…………」
いきなり剣に向かって話し始めたビクトールに、ルカは頭がいかれたのかと思った。
「ん? どうした? 死んだかな? まさか……怒って」
『ビクトール、貴様……私をこんな場所に置き去りにしておいてよく戻ってこれたな』
「い、いや……置き去りになんてそんなつもりは……ただ、こういうところの方が落ち着くんじゃないかと……」
『この私を騙しておいてヌケヌケと……』
「……剣が、喋っただと?」
呆然とルカはビクトールと対話する星辰剣を見つめる。
岩に突き刺さった剣と本気で口論しているビクトールは傍から見て痛い男に見えるが、剣の声は幻聴ではなくルカの耳にも届いている。
「あれが星辰剣ね」
「……喋る剣、か」
「一応世界を司る二十七の紋章のひとつ、夜の紋章の化身らしいけどね。普段はただの小煩い剣だよ」
「…………」
小煩い剣なだけで十分世間離れしていると思ったルカの前で、ビクトールがとうとう切れていた。
「うるせぇ! てめぇはブチブチと文句ばかり言いやがって、おまえのボヤキを聞いてると頭が痛く……」
その時、星辰剣が浮いた。
瞬間、周りの空気がぴんと張り詰める。
剣から漂うただならぬ怒気にルカが反射的に腰の剣に手を伸ばしかけ、しかしそれはセノに止められた。
「お、おい……おい、ちょ、ちょっと待て!」
くるりと刀身が天を向く。
「や、やべぇ、本気で怒ってるみたいだ。皆武器を構えとけ!」
『貴様に思い知らせてやるわ!』
「だぁれに思い知らせるのかなぁ〜?」
『!』
丁度手に持ちやすい位置まで浮かんでいた柄を握ったのはシグールだった。
笑顔を浮かべるシグールの、しかしその背後に見える黒いオーラから全員が反射的に目を逸らす。
「星辰剣、久しぶりだね?」
『……貴様もいたのか』
「いたよー。どっかの誰かが置いてきた君を取りにわざわざこんなところまで来たんだよー」
『……それは、我のせいでは』
「それも元はといえば、三年前に一発でネクロード消滅させられなかったどこかのなまくら剣のせいだと思うんだけど、どう思う?」
『……待て、それはどういうことだ』
「ネクロードの奴が、生きてたんだ。いや、吸血鬼だから死んでるのか? まあ、とにかく、そういうことだ」
『なんだと……?』
「というわけで、仕方なく僕自ら君を取りにきたってわけ。自分の不始末くらい自分で尻拭いできるよね?」
す、とシグールの手が刀身の腹に添えられる。
ただ添えただけに見えるその行為に、発せられた星辰剣の「声」は震えていた。
『ふ……ふん、そういうことなら、い、行ってやらんこともない』
気のせいか剣が震えているように見える……気のせいだろう、たぶん。
「ビクトールが星辰剣を置き去りにした件については二人で話つけてくれればいいから」
「シグールそこは丸投げかよ!?」
ぎゃんぎゃん言うビクトールを眺めていたルカに、セノが静かに尋ねた。
「……って感じなんだけど、ルカ、星辰剣ほしい?」
「いや、遠慮しておこう」
「そんじゃ、さくっと本拠地ゲットに行こっかー」
妙に温度差の激しい洞窟内に、シグールの底抜けに明るい声だけが響いた。