ミューズ襲撃のどさくさに紛れて、セノ達はミューズを脱出して港町へと向かった。
アナベルはミューズの襲撃の際に王国軍に殺される事になっている。実際にはテッドの手引きでトランへと亡命する手筈だ。
結局アナベルを説得するのに、ルカ本人に引き合わせたりと色々面倒な手順を踏む羽目になったのだが、なんとか納得したようでよかった……と思われる。
シグールがソウルイーターをちらつかせていたのは見なかった事にしておく。

「アナベルさん、うまくいったでしょうか……」
「テッドに投げとけばなんとかしてくれると思ってる」
「あれが聞いたら全力で怒り出しそうだよね」
「あははー。で、こっちはこれからどうするんだっけ?」
「ええと、これから船を調達してサウスウィンドゥに行って、本拠地を手に入れます」
宣言通り、宿屋で足止めを食っていたアイリ達と合流し、王国軍が船を出したら処罰をするというから誰も船を出してくれないという話を聞く。

「船ねぇ……」
「大丈夫です、タイ・ホーさんとヤム・クーさんがこの町にいるので」
「あの二人いるの!」
ちんちろりん要員(別名カモ)の名前を聞いて、一気にシグールのテンションが上がる。
二人は町外れにいるという事で、皆で向かってみると、確かにおんぼろ小屋があった。
その時丁度誰かがドアを開けて出てきた。ドアの横を蹴って悪態を吐くのは。

「ちっ、タイ・ホーの奴! 昔のよしみで船を出してくれりゃいいのに、なにが「風のむくまま、気のむくまま、サイの目のむくまま」だよ!」
「あ、シーナ!」
「ん? ……ちょ、お前っ! シグール!?」
出てきたのはシーナだった。三年前と変わっているけど変わっていない。
シーナはシグールの姿を見つけてぎょっとしたが、すぐに駆け寄ってきた。

「ひっさしぶりだねー☆」
「「だねー☆」じゃねぇよ! 三年間姿くらまして何してたんだお前!」
「んっふふー。いや、ちょっとねー。そこにタイ・ホーいるんでしょ? 僕らも船出してほしくってさ」
「……あいつらなら、今は船を出す気分じゃないとか言ってたけどな」
「任せて☆」
親指を立てたシグールは、今シーナが出てきたばかりのドアをもう一度開けた。

ドアに背を向けた状態の男から、鬱陶しそうな声が飛んでくる。 
「シーナ。何度来たって船は出さねぇぞ。いいかげん、諦めて帰りな」
「そんなこと言わずに船出してよ」
「「!?」」
「シグールさん!?」
「元気そうだねー二人とも」
「……お前も元気そうでなによりだ」
シグールの姿を見て、二人の顔が引き攣ったのがこの距離でも分かった。

「で、船出してよ」
ざっくり切り込んだシグールに、タイ・ホーはしかし無謀にも首を横に振った。
馬鹿じゃないのか。
「……悪い、が、今はそういう気分には」
「じゃあちんちろろん勝負しよっか☆」
「…………」
ああ、顔が悲壮だ。トラウマは三年ばかりじゃ消えないらしい。
今にも勝負も何もかも投げ出して逃げたそうにしているくせに、ギリギリのところでなんとか逃げずにいるタイ・ホーがいっそ哀れだ。
最初から大人しく船を出せばいいのに。

ルックが呆れていると、シグールがけらけらと笑ってセノの背中を軽く押した。
「大丈夫、僕が出るわけじゃないから。元々はセノの用事だしねー」
「よろしくお願いします」
「セノが勝ったら船出してね?」
「……いいだろう」
相手がシグールでなければ誰でもよかったんだろう。タイ・ホーがややほっとした表情で頷いた。
結果は言うまでもない。天魁星の運は異常だ。





***





タイ・ホーとヤム・クーに船を出させてクスクスへ辿り着いた一行は、そのままサウスウィンドゥへと入った。
なぜかシーナも一緒についてきている。

「そういやシーナはどこ行きたかったの?」
「いや、特に目的はなかったんだけどな。こっちの方で変な噂聞いたから気になったくらいで」
「変な噂?」
「なんでも女の子の一団ばかりを襲う奴らがいるとかでさ。俺としては捨て置けないわけよ」
「ああ、シーナらしいねー。返り討ちに遭うことを考えてないあたりとかも♪」
「久しぶりに会った俺相手にも通常運行だなお前」
サウスウィンドゥに辿り着くと、早々にビクトールが合流し、その先の宿屋ではフリックが待っていた。
シーナを見つけて顔色を変えて何かを訴えていたが、どうでもいいので割愛する。

「……と、まぁこっちも色々あって、昨日ここに着いたばかりってわけだ」
「けど、無事でよかったです」
「お前達もな」
「アナベルはどうなったの?」
「アナベルは……襲撃の際に、ハイランド兵にな」
しれっと聞くシグールは本当に狸だと思う。

「さぁて、そろそろ時間だな。これから、このサウスウィンドゥの市長グランマイヤーと会うことになってるんだ。セノ、おまえも付き合えよ」
「パトロン集め? ご苦労だよね〜」
「まぁ、そんなもんだ。今あちこちに人をやってばらばらになった仲間を集めている。人が集まってきたら、器がいるってもんだ。メシを食うのにも、金がかかるからな」
「それなら僕も一緒にいこっかなー。ルカもおいでよ」
「…………」
「面白そうだから俺も行くぜ」
「僕は寝る」
「そうか、よし、俺は残る。ビクトール、何かあった時の責任はお前が取れ」
「おい待て!」
フリックはシグール(トラン共和国建国の英雄)とシーナ(トラン共和国大統領子息)だけを指して言っているつもりなのだろうが、実際はここにセノ(未来の軍主)とルカ(現役ハイランド王国皇子)もプラスされる。
豪華陣営に付き添い熊一匹。これは酷い。

「……ま、僕には関係ないけどね」
「おいルック」
「何」
欠伸をして、戻ってくるまで一眠りしようとしていたルックにフリックから声がかかった。
鬱陶しげに視線を向けると、やけに真剣な表情でこちらを見ていた。
「ルック……頼む。俺をトランに」
「だが断る」
「後生だぁぁぁぁ!! このままだと俺は! 俺は!」
「煩い」
軽く切り裂きをかましたら静かになったので、ルックはまたひとつ欠伸をすると、今度こそ昼寝をするために二階の客室へと上がっていった。



……それから数時間してルックが昼寝から起きる頃には、シグール達はとっくに市長のところから戻ってきていたどころか、残っているのはルカしかいなかった。
「起きたか」
「シグール達は?」
「町を散策してくるそうだ」
「どうだったの?」
「支援は取り付けた。そのかわり、ノースウィンドゥの視察に行くことになったが」
「ふぅん?」
ルカの斜め前の椅子に座ると、ルカが備え付けの水差しで水をついでルックの前に置いた。
「……どうも」
 狂皇子でないルカのイメージは、いたって普通の青年でしかなかった。
というか常識があって気が効いてツッコミもできるとか、むしろ重宝する。
セノの人を見る目はどうやら間違ってはいなかったらしい。

「ビクトールの故郷らしい。明日、行くことになった」
「メンバーは?」
「セノと俺とビクトールと、ナナミ、フリード・Yは決まっている。あとはシグールが希望していたな。お前はどうする」
「行かなくていいなら行かない」
「そうか」