ジルに一通り説明をし、「残りはハイランドにいる仲間に聞いてね☆」と適当にシグールが説明をぶん投げたので、とっとと脱出する事になった。
とはいえ、ルカがハイランド兵に見つかるわけにはいかないので、ルックと共に強制送還再びである。
本人は話し合いにもほとんど参加せず渋い顔をしていたが。
「何その仏頂面。人が懸命に動いてるんだから、感謝の意くらい示しなよ」
「……俺を利用している貴様らに礼を言う必要があるとは思えないが」
「生きてるだけ感謝しなよ」
そう毒吐いて、脱出組を待つためにナナミ、ムクムクと合流する。
「ねえねえ、セノは? セノは大丈夫なの?」
「大丈夫だよ」
一言返すと、安心したような表情を浮かべるナナミは何も知らない。
知らせてやった方がいいのかもしれないと一瞬考えが過ぎったが、セノとジョウイは拒否しそうだ。
少なくとも、ルックから言う事ではないだろう。
「ねえねえ、セノは大丈夫だよね?」
「……ああ」
適当にだが返事をしたルカに、ルックは少し驚いた。
「……あんたって意外と律義だし真面目だし常識あるよね。……あの狂皇子は演技だったの……?」
「ぶつぶつと何をわけのわからんことを」
眉をしかめたルカは分かっていなさそうだが、そもそもルックは、当初はルカと会話のキャッチボールができないと思っていたのだ。
そう考えてみたらこの状況は十分驚きに値すると思う。
「あっ、戻ってきた戻ってきた!」
しばらくしてセノの姿を見つけて飛び跳ねたナナミは、その隣にもう一人がいない事に気付いて表情を曇らせる。
「あれ、シグールさんは?」
「……いや、あれの心配はいいから早く逃げるぞ」
ナッシュの顔色が悪い。まあシグールの心配などルックは欠片もしてないが。
ナナミがナッシュに気付いてばっと身構えた。
「あれ? この人誰? ハ、ハイランド兵!?」
「通りがかりで引っ掴まれた男だよ! あと俺はハイランド兵じゃないから、その武器おろしてくれ!!」
武器を振り上げるナナミにナッシュが悲鳴をあげる。
そういえば、この子は割合アグレッシブだった。思い出した。……気をつけよう。
シグールは前回のジョウイよろしく、囮として残ったのだろう。
残ったのがシグールなら心配するだけアホらしい。
さっさと離脱しようとしながら、いつまで経っても何の魔力の気配もない事にルックは思わず溜息を吐いた。
横を見るとセノが合掌している。
止めるところだったと思うんだが。むしろ唯一止められる位置にいたはずなんだが。
「ハイランド兵さんごめんなさい……」
「乱打戦選択したね……」
彼らの魂に安らぎあれ。
冥府られるよりはマシだと思ってほしい。
というわけで、帰り道でシグールとはあっさり合流した。
全員揃ってミューズに戻る。
今回は当人がいない以上「戻ってこないジョウイを待つイベント」などというイベントは発動しないので、そのままビクトールにジェスの作戦を打ち明けて、アナベルのところまで特攻した。
もちろんここでもルカは待機だ。
本人が「もういい好きにしろ」とやや投槍だったのが気になるが……まあいいか。
ちなみに特攻時は、ビクトールがジェスを問いつめてくれた。問いつめ方は前回とはかなり違ったが。だって。
「おい! てめぇ、セノとシグールを王国軍のキャンプに忍びこませたってのか!」
「ええ、私です。それより手を離し」
「アナベルさんよ! この悪魔を王国軍に投げ込んで何がしたかったんだ!!」
涙目のフリックはシグールの餌食になったハイランド兵の代弁者だろう。
「僕を悪魔呼ばわりとは、フリックはよっぽど明日の朝日を拝みたくないらしいねえ☆」
「ジェス……」
いや、アナベルもそこはジェスを責めるところじゃなくて、フリックの発言の真偽を問い質すところだと思う。
「王国軍を打ち破る策を立てるには」
「んなのこいつ投げ込めば終了だから! あとテッドもそのへんうろうろしてんだろ、テッドもまとめてぶち込めば壊滅するわ!!」
……ほんと必死だなこいつら。まあ気持ちはよく分かる。
「なんならルックも人外だし……こいつも付け加えて投げ出せば完璧……」
「青い底辺そろそろ黙ろうか」
ロッドで後頭部を殴ってフリックは強制的に黙らせて、ルックは口端を吊り上げる。
「ちょっと君ら出ていってくれない? アナベルと僕らだけで話があるんだけど」
ルックがぐるりと見回すと、ビクトールはこくこくと頷いて、フリックを引きずって出て行った。賢明だ。
「な、なんだと、お前らみたいな怪しい奴にアナベル様を一人で……」
「はいはい、もう面倒だから名乗っちゃうよー。僕の名前、シグール=マクドール。どこかで聞いたことない?」
「……おい」
言いやがった。面倒の一言で一般人Aの皮をあっさりと脱ぎ捨てやがったこの短気英雄。
「……マクドール……? それはトランの英雄の」
「はい英雄様です。当人です。本当かどうかは外に逃げてったビクトールとフリックが証言してくれるよ」
「…………」
「ジェス、さがりなさい」
まだ渋っていたジェスだったが、アナベルが命令すると、渋々ながらそれに従った。
部屋に残ったのは、アナベルとシグール、ルック、セノ、ナッシュだ。
「……で、私に何の話だい」
「貴方にはトランに亡命していただきたい」
机に勝手に腰掛けて、シグールは偉そうに言った。相手が誰でもこのスタンスは崩れないのか。
「私がトランに? なぜ?」
「貴方が死なないと都市同盟が崩れないから。でも殺すなって軍主のおおせだし。……殺しちゃっても僕はいいんだけどね?」
「シグールさん」
咎めるセノに、冗談だよ、とシグールは肩を竦める。
しかしアナベルは冗談とは取れなかったようで、表情を硬くした。まぁ自分の命の事だから当たり前だけど。
「軍主……?」
「そう、軍主」
指されたセノは、頷いて一歩前に出る。このあたり慌てなくなったのは年の甲だと思われる。
「どこから説明すればいいのかわからないんですけど……えっと、僕は都市同盟とハイランドを一つにする戦いをしようと思ってます。ルカと僕で、Wリーダーってことになる、のかな?」
「……ルカ? ルカって、今行方不明だっていうハイランドの皇子かい?」
「そう。その行方不明中の皇子様」
「ハイランドの皇子がお前達に組みしているのか?」
「彼は進んで僕らに協力してくれてるよ☆」
シグールの言葉に、アナベルは考え込むように額に手を当てた。
長い沈黙の後、ゆっくりと首を横に振る。
「……突拍子がなさすぎて、信じられそうにないね。まず、お前達の言っている事が本当かどうか、確証がない。私はルカにも会っていないしね。ミューズを預かる身としては、すぐに信じるわけにもいかないな」
「なら近い内にあなたの死体があがるだけだね」
「シグールさん!!」
セノが声を荒げたが、シグールはどこ吹く風だ。
シグールにとって大切なのはトランであってデュナンじゃないし、今回に関してはかなり部外者だ。
セノの希望を完全に無視するつもりはないだろうが、あまりにアナベルが頑なだった場合は強硬手段に出かねない。
こういう時にあのヒモや触覚がいると便利なのに、と溜息を吐いて、ルックは口を開いた。
「まあ……とりあえずもう少し詳しく話をするから聞いてよ。あと最後の手段で僕が強制的にトランに移動させるから、そっちの二人もちょっと頭冷やして」
「「あ、その手があった」」
「ハモるな」
***
「……今頃セノは、宿星とどんどんフラグを立ててるころだろうなぁ……」
遠い目で呟いたのはジョウイで、現在も絶賛仕事中だ。
時代と場所が変わっても、やっている事はあまり変わらない。
「ああ、都市同盟会議か。ハウザーとかジェスもいるんだっけか?」
ジョウイの向かいの席で、テッドは堂々とサボっていた。
今回は序盤からガンガンに働いてたし、たまにはこういうのも悪くない。
「あとマイクロトフとカミューもね……テレーズとかもいるかな」
「今回のハイランド軍集結はガチでルカ探しのためなんだが……んなこと信じる奴もいねぇやな」
「軍の総指揮官が変わった瞬間にコレとか、ハイランド軍がすでにかわいそうだよ」
軍の指揮官が皇王アガレスから皇子ルカに変わったのはユニコーン少年兵部隊が奇襲される前の出来事だ。
……まあつまり、現在の指揮官は文句なしでルカである。
その指揮官様が行方不明になってすでに半月ほど経っている。そりゃ焦るだろう。
「都市同盟のテロだって噂にもなってるけどね」
「もうちょっと堪えればあっちの軍が旗揚げする」
部下(という事になっているハルモニアの兵士)からの報告書には斜めに目を通して、テッドはくるりとそれを丸める。真面目に読む意味? ないだろう。
「そういえば、都市同盟会議後はハイランド軍が攻めたはずだけど」
「ああ。今回はギルバート専用イベントみたいなもんだが……ここでルカに出撃させて、ちらっとハイランド兵に目撃させておく」
「君にしては雑だね?」
「臨機応変と言え。序盤は不確定要素がまだ多いしな。とりあえずアナベルを亡命させて死んだことにしねーと」
「……それ、本当にやるのかい?」
「もうやるって言っちまったからな」
複雑そうな表情のジョウイに、テッドは肩を竦めた。
「なんとかなるだろ」
まあ頑張れとけらけら笑っていると、すっと扉が開かれる。
ノックもなしにこの部屋を開けるのは一人だけだ。
「お仕事完了。詰め直してみました☆」
「おーサンキュ」
入ってきたクロスから服を受け取り、テッドはそれを羽織る。
深く美しい青と白が目立つそれは、ハルモニア神官の正装だ。
「ついでに帽子も」
「それはいらん」
ふかふかの帽子を向けられたが丁寧に断った。
素顔を隠すために仮面を付けるのに、追加で帽子とか無理。
「んじゃあ俺は一仕事してくる。クロスはジョウイの護衛頼んだぜ」
「まかせて。実はここに来る前にすでにお一人様ご案内してきたよ〜」
「……よかったなジョウイ、お前の護衛は優秀だ」
「こわいです」
肩に手を置くとジョウイは……うん、喜びに震えているようには見えないな。当たり前か。
「アナベル死亡の一報で色々動くだろう。ジョウイはグリンヒルの作戦をちゃんと練っとけよ」
「使い回しだから大丈夫。軍内の整備もだいぶ進んだしね」
向こうが強いからうっかりやられる事もないと思う、と遠い目で呟いた彼に苦笑して、テッドは今度こそ部屋を出た。
歩きながら、用意しておいた仮面をつける。
さて、なんちゃって神官将のお時間だ。