セノが先導する形で、シグールとセノはハイランド兵の駐屯地へと潜り込む。
ここに駐屯地がある理由は、表向きは行方不明になったルカを探しているという事になっている。
概ね事実だろうが、前回とそんなところも変わるんだなあと感心する。
それじゃあ本当に食糧は少しなんじゃないかなあとか色々考えたが、今回の目的は別に食糧事情を探りにきたわけではない。
「食糧庫はどっち?」
「ちょっと待ってください。えーっと……あっ、火封じの紋章ありました!」
端の方をがさごそと漁り、宝箱を開けてアイテムを自分の荷物に収める。
振り向いたセノが満面の笑みで指で丸を作った。
「僕の方はこれでオッケーです」
「僕はこれから〜♪ さあて食糧庫にレッツゴー!」
今回の本星に向かって一直線に進むが、途中でやはり兵士に発見された。
大人だけで構成されているはずの隊の中を少年隊の服装でうろついていたら、怪しまれるのは当然だと思う。
でもスルーしてくれるユルさはいったい何なんだろう。これも仕様なのだろうか。
「おい、こいつらを中に入れてやってくれ。バターを取りに来たんだとさ」
親切な兵士が案内してくれたテントの前には、目深に防具を被った彼がいた。
「早めに済ませてくれよ。もう少しで交代の時間なん」
「はい君の役割はここまで♪ グッバイお休みシーユーネバー☆」
兵士の後ろに立っていたシグールが笑顔で手刀を今ここまで案内してくれた兵士の首筋に叩き込んだ。
ぽかんとしているテント前の見張りに笑顔で近づく。
「やぁ、ナッシュ☆」
「!?」
飛び退く前にシグールは彼の頭から防具を奪う。
晒されるうねった金髪と緑の目は見覚えがあるもので、セノはぱちぱちと瞬きしてから頷いた。
「あ、ナッシュさんだー」
「そうだよー。あれ、もしかしてセノ知らなかった?」
「な、なんだお前ら……!?」
「一言で説明するならシエラ様の関係者かな?」
「…………」
「逆らっちゃいけないって、諜報員やってる君ならわかるよねー?」
「……逆らってはいけないと俺の本能が吠えてるな」
「よし合意。セノ、働かせるから雇ってあげてね」
「いいですよ。シエラ様も喜ぶと思います」
「……お前らシエラと合流するのか」
正体を隠すのは完全に諦めたらしいナッシュが溜息混じりに零すと、そうだようとシグールは言う。
「僕らについてこればもれなくシエラ様に会えるよ、喜ぶといいよナッシュ(若)」
「待て、その(若)ってなんだ(若)って!」
「じゃあ目的地に行こうか」
「無視すんなよ!?」
「あんまり大声出すと兵士じゃないってばれちゃうよ?」
「…………」
大人しくなったナッシュと共に、三人で陣営を歩く。
防具を被り直したナッシュは普通にハイランド兵なので、上手くごまかせそうだ。
「目的地ってどこだよ……」
「あそこのひときわ大きくて豪華なテントです☆」
シグールが指さした瞬間、背後で声が上がった。
「し、侵入者がいるぞ!? 見張りが倒されている!!」
「「…………」」
一瞬三人そろって黙ってから、目の前からバタバタ走ってくる兵士達にシグールは声をかける。
度胸があるのか無鉄砲なのか、はたまた愉快犯なのか。
「あ、あの、僕らはどうすれば」
「いい! 足手まといになるから来るな!」
「はいっ!」
じゃあさくっと潜入しちゃおうか、と言ったシグールに連れられ、三人は大きくて豪華なテントの前に立つ。
「ナッシュは外の見張りのフリよろ」
「わけわかんねぇのは説明してもらうぜ」
「僕は手駒は大事にするんだ。安心して見張ってろ☆」
「安心できる要素ねぇよ……」
ぼやきながらナッシュはテントの外に残った。
中に入ると、テントの中にはセノの記憶通り、一人の女性がいた。
従者もろくにつけず、こんな前線にまで兄を追ってくる強い女性だ。
「何者ですか、貴方達。ここは王族のためのテントですよ」
凛とした声を発し、赤いドレスの女性が歩み出た。
「おっと、お出まし。あなたがジル皇女?」
「……ええ、わたくしがジルですが。何か御用でしょうか」
「実はねー、ルカ皇子のことでちょっと相談があるんだ」
「僕らをかくまってもらえますか。すぐにラウド隊長が来ると思うので」
「……兄の?」
ジルは少し眉間にしわを寄せ、十秒ほど考え込んで首を縦に振った。
その直後、予想通り飛び込んできたラウドをジルにあしらってもらい、見張りを再びナッシュに押し付けて、二人はジルのハイランド式のもてなしを受けていた。
陶磁器を時たま傾けるものの、ジルは憂いに満ちた表情のままだ。
「兄は恐ろしいことを考えています……それを止められればと思い……いえ、まずは見つかることが優先ですが」
「心配?」
セノの質問に、困ったような顔をする。
「心配……そうですね。妹として兄の安否は心配です。……ですが、兄が無事に戻れば我が国は戦乱の渦中に投げ出される……そう思うと、恐ろしいのです」
ジルの言葉の最後が震えていた。
ルカを妹として心配はしているけれど、それと同じくらい彼女は彼の行動に恐怖している。
「そろそろかなあ。ジル皇女、心臓は丈夫?」
「え、ええ……弱くはないと思いますが……」
シグールの質問にジルは怪訝な表情で答えた瞬間、ぱあっと部屋の一角に白い光が現れる。
「っ!?」
とっさに立ち上がりかけたジルの手をシグールが掴んで椅子に座らせる。
セノは光が薄れるのを待って、二つの人影を確認して声をかけた。
「ルック、ルカ、お疲れ様」
「一回ミスったよ……! 勘弁してこういうの!」
「ここは……貴様ら何がしたい……」
「お、お兄様!?」
バラバラに混乱の声が上がり、とりあえず事態の収束には時間がかかるかな、と思いながらセノはカップの中身を飲み干した。