どうなってるかちょっと様子を見にきてみたら、土下座しているフリックとビクトールがいた。
どこをどうしてこうなった。
あまり知り合いと思われたくない二人から距離を取りつつ、テッドは必死に説明してくれるセノと、適当に説明するルックから経緯を聞き取り、これまでの状況を脳内再現した。

シグールの先導の下、アレックスからもらったもとい奪った通行証でミューズへ入ろうとしたらしいのだが、あっさりバレたらしい。
そりゃそうだ、一家の長が持つ通行証には家族構成が書いてある。
セノは肉体年齢の割には童顔で小柄だが(実際年齢は触れたくもない)、ルカとルックの子供だと言い張るにはさすがに無理がある。
当然「怪しい奴らめ! ひっ捕えろ!!」の流れになる。

ところが、当たり前ではなかったのはこの先だった。
セノ達を包囲したミューズの兵達の前に、ぴらりと一枚の通行証が掲げられた。
それをドヤ顔で見せつけているのは、先ほどまで人様の通行証を出していたシグールで、兵達は最初、今度はなんだという顔をしたらしい。

しかしだんだんと彼らの顔色が青ざめていく。
見物だったと語ったのはルックだが、それはそうだろう。何せシグールが見せたのは正真正銘の通行証だ。
本物の「シグール=マクドール」の通行許可証だ。
それにはトラン共和国の最高権力者である大統領レパントの印が押されていた。ルックをひっ捕まえてセノと合流する間に手に入れたのか、あるいは空白の三年間に作られたものなのか。

そしてルックから聞くには、通行証には非常に物騒な文章が書かれていたらしい。
『何人たりとも彼の行く手を阻むことは許されない。彼に危害を加えることはトランに危害を加えることである』
二百年後の世界ではシグールは国からではなくマクドール一族の印が押された通行証を持っているが、そこにも似たような文が書いてある。というかほぼ同文だ。

その意図は彼に危害を加えるなという意味よりも、うっかり彼の行く手を阻んで命を落とさないようにと相手を慮るためのものなのだが、この時代でもおそらく意図は同じだろう。
どの時代でもシグールの扱いは同じらしい。

そんな隣国のお偉いさんが印を押しているような通行証を、普通の門番が見る機会など早々ない。
ミューズの兵士達もビビってしまい、シグール達はあっさりとミューズへ入れたらしい。

お前それは卑怯だろう、とか。
んなもんあったら色々酷い事になるだろう、とか。
この時点で各地にある門を全部駆け抜けられちゃうだろう、とか。
そしてそのまま……どこに攻め込むのかよく分からないが、どこにでも攻め込めちゃうんじゃなかろうか、とか。
あいつならやりかねない、とか。

突っ込みたい事は山ほどあったが、全ては終わった事である。
無事にミューズに入る事ができたのだからいいとしよう。結果オーライ。

こうしてミューズに入った彼らは、即行で紋章をつけかえ、防具を新調したらしい。
先を見据えたたくましい軍主根性には頭が下がる。
なんだかんだで財布を握っているセノが先導しながら一通り必要なものを集め終えて、彼らは宿へと入った。
テッドも彼らがしばらくミューズで必要品を整えるだろうと予測して先回りをして宿をとっていたので、宿屋で再会したのはさして不思議な事ではない。
……通行証? そんなものはいらない事もあるんだ。覚えておくと人生の役に立つゾ☆

そしてその酒場には、実はもう二人いたりした。
不運としかいえない。いや、牢屋で会うよりはましかもしれないが。

「やあビクトールにフリック★」
酒場に入って第一声。そのよく響く声にビクトールは椅子から転がり落ち、フリックは机の下にもぐったらしい。
そして仲良く、五秒後には土下座していた。
テッドが遭遇したのはその後だ。ぜひ最初の瞬間に立ち会いたかった。



――そして時間軸は今に戻る。すでに土下座開始から十分ほどが経過した。
「水くさいよねえ、この僕に生存報告しないなんてね?」
そしてすでに十分以上ねちねちと甚振っている。
今回は彼らの生存はとっくに知っていたはずだが……地味に根に持ってたのな、お前。
「ビ、ビクトールてめぇ……!!」
「人のせいにしない。連絡が届いてないのは事実だからね。ビクトールに投げっぱなしって時点で十分君にも問題あり」
言いきったシグールの顔は輝いている。あいつは本当に人をいじる時にいい笑顔をする。
「てことは……誰にも連絡がいってないってことか!?」
悲鳴を上げたフリックに、とっくに着席して食事をしていたナナミとルカが不思議そうな顔をして振り返ったが、セノとルックに促されてすぐに食事に戻った。
他の客はこの尋常ならざる様子に全員いなくなってしまったというのに、何気にこの四人図太い。
いや、この四人だからこそなのかもしれないが。

「もちろん」
「あ……あいつにも!?」
「確認してきた」
「ギャァアアアアアアアアアアアアアア」
シグールを見た時より盛大な悲鳴を上げたフリックは、土下座の格好のまま横に転がる。
「殺される!! 本当に本気で殺される!!」
「あはは安心しなよフリック。その前に僕が直々に、ね♪」
手を合わせて嬉しそうなシグールを見上げ、フリックが必死の形相で叫ぶ。
「い、今すぐトランに戻る!! ルックを貸せ!」
「るっくんはここでお仕事があるから貸せませーん♪」
「そこをなんとか!! 貸してくれ!!」
「人を物扱いするな青い底辺」
ルックがスナップを効かせて投げたフォークがフリックの後頭部にぐっさりと刺さった。
そのまま前のめりに倒れたフリックをかわいそうな目で見ながら、ビクトールは土下座を解除して頭をかく。

「いやあ、悪いとは思ってたんだ」
「思ってたならちゃんと連絡しなよ」
「なんか色々後回しにしててな」
「んもう、本当に心配したんだからね?」
しれっと二百年超えのクレームをつけてから、シグールは床に伏して動かないフリックを見下ろす。
「まあビクトールはいいんだけどね、どうでも」
「……それはそれで傷つくが」
「単体で砂漠越えできる奴の心配をする理由がないよね。問題はフリック……本当に怒ってたよぅ?」
シグールが笑顔で言うと、フリックは酷い声で唸って、今度こそ本当に動かなくなった。
「んで、久しぶりだねテッド♪」
ようやく満足したらしく、フリックから視線を外して片手を振ったシグールに、今まで完全に放置されていたテッドは溜息を吐いて肩を落とした。
 




とりあえず食事を済ませ、当然の如くビクトールとフリックに食事代を持たせて、ちょっとお酒を嗜んだりして、何も知らないナナミが寝付いた夜更け頃。
テッド達はむさ苦しく室に集まっていた。ちなみにテッドのとった一人部屋だ。狭くてよりむさい。
「で、お前ら俺の出した手紙その二はどうした」
尋ねるテッドに、シグールはえへりと舌を出す。
「グレッグミンスターに立ち寄って、ルックひっつかんだらすぐ飛んできたから知らなーい☆」
「僕は脱走しようとしたら捕まった。つまり読んでない。僕は悪くない」
「俺の努力を……」
計画を色々と細かくしたためておいた手紙が両方に読まれていなかったという悲しい事実が発覚した。
突っ伏したテッドは色々と気力とやる気を奪われたが、もう直接顔を合わせたしいいだろう。
過ぎた事を悔やんでも仕方がない。
諦めがよくないとこいつらとは付き合えないのは二百年でしっかり学んでいる。

気分を切り替えて、姿勢を正す。
「まあ……現状は説明したとおりだ」
「ジョウイも災難だね」
「それは皆わかってる」
二周目なのに、ジョウイはまた敵側だ。他にできる人材がいないのだから仕方がない。
恨むならシンデレラドリームをうっかり単身でやってのけてしまった当時の自分を恨むしかない。
出世星の下にでも生まれているのだろう。

「とりあえず、ジョウイには砦を落とした手柄でもって、このまま出世街道を駆け上がる予定だ」
「前回はルカが取り立てたはずですけど、今回は大丈夫なんですか?」
「伊達に長生きしてないからな、そのへんはうまくやるだろ。黙ってりゃ見目もいいしな」
つまりは本人に丸投げである。
セノの疑問に返して、テッドは先程から無言で壁際に座ってこの身内会議に参加しているルカを見た。
そろそろ奴の沈黙が怖い。

「あー……とりあえず、ルカ」
「…………」
「何か聞きたいこととか言いたいこととかないか? 一応それを聞くために呼んだんだが」
「貴様らが二周目を気ままにやりたいことはわかった」
それと共に溜息が零れた。
思った以上に大人しい反応に拍子抜けする。
どうした、こいつはこういうキャラなのか。
シグール&ルックペアに振り回されて疲労が溜まったか。

「……協力することについて、今のところ不満はない」
「そ、そうか。それはちょっと意外だが……」
ただし、と彼が続けたのでほらやっぱなんかあるんじゃねぇかと半眼になる。
「この先のことを教えろ」
「先?」
「貴様らは知っているのだろうが。この先、だ」
「交易王に!! 僕はなるっ!!」
「話がややこしくなるから茶々入れるな」
立ち上がったシグールの首根っこをルックがひっつかんで椅子に戻す。

「この後ねぇ……えっと、たしか王国軍の駐屯地に忍び込むんだっけか」
「はい、アナベルさんと会った後、ジェスに言われて。あ、ジョウイがいないから、誰か他の人とですけど」
「そのへんはジョウイから聞いて考えてあるから問題ない。その一連のイベントが終わったらどうなる?」
テッドに尋ねられたセノは頬に手を当てて考え込む。
「えっと……サウスウィンドゥに向かって、ノースウィンドゥでネクロードと戦って、ラダトの町でシュウを仲間にして、新同盟軍を作って、トゥーリバーに向かって……」
「……まあそのあたりは順繰りにこなしていけばいいな。あとで順序を紙に書いて提出してくれ。で、さしあたって次の大きな戦いはどこだ」
「本拠地防衛戦、ですね。本拠地を手に入れて、シュウを仲間にしたらすぐです」
「ジョウイがグリンヒルを落とすのはいつだった?」
「トゥーリバー防衛戦とほぼ同時です」
ふむ、とテッドは腕を組んで考える。

ジョウイからの情報では、前回はルカの采配による将の欠けがあった絡みでグリンヒル攻略の指揮権を得るチャンスが回ってきたらしいが、今回はルカがいないので、そもそも将の欠けが起こらない可能性が高い。
となると、ジョウイがグリンヒル攻略に立候補したとして、どれだけ聞いてもらえるかだ。
とりあえず、セノ達が本拠地を手に入れてトゥーリバー関連のイベントをこなすまでに、ある程度発言力を持てるまでには出世してもらわないといけないわけだ。
具体的にはグリンヒル攻略の指揮官をもらえる程度に。
頑張れジョウイ。

「まあ、調整はこっちでする。セノは何も考えず、順番に都市を落としてもらえばいい」
「落とすっていうか、セノの魅力でオとすんだけどね☆」
「だからあんたは余計な茶々入れるなって」
ややこしくなるだろ、と繰り返したルックとは対照的に、シグールはずいぶんと楽しそうである。
何か企んでいるとしか思えない輝かんばかりの笑顔をしている。
これは放置しておくと危険であると判断して、テッドは溜息を吐いて指先を向けた。

「んで、お坊ちゃんは何を企んでるんだ?」
「あのねー、あのねー、駐屯地に忍び込むもう一人って僕でいいかなー?」
可愛らしく言われて、テッドはシグールが何をしたいのかすぐに予想がついた。
落ち着きのない子供かお前は。
「直々にお迎えか?」
「うんっ!」
「しっかり捕まえてこい☆」
「まかせてっ☆」
シグールのテンションはすでにマックスだ。

テッドは別件があるし、ルックは兵士には見えない。
ルカを行かせるわけにもいかないので、消去法でもシグールだ。
シグールが迎えに行く相手には今の内に合掌しておこう。

「……で、その件について詳しく話してもらおうか?」
「あ、わりぃ」
意図的に低くされたであろうルカの声が響いて、テッドは彼が本格的に怒る前に詳細を説明する事にした。
とはいえ、わざと言わなかった部分もなかったとは言わないが。



そんなこんなで、結局テッドが宿を出たのは翌日の朝になってからだった。もちろん徹夜だ。
途中からセノがそのまま寝入ったり、シグールが勝手に部屋に引きあげたりとぐだぐだな会合だったが、最後までルカがちゃんと聞いてくれたのが救いである。
ちなみにルックは起きてはいたが確実に集中してなかった。

「じゃあ後は頼むぜ」
見送りに来たのはルックだけだった。というかテレポート要員だから嫌々来ているだけだろう。
仕事だから仕方なく来ましたというのが表情にありありと出ている。
しっかり寝たシグールとセノは、すでに市場を漁りに行っている。
ルカはたぶん寝ている……のか、とりあえず部屋に戻っていった。

「そういや、あれはどうしてんのさ」
「傍から見ててかわいそうなくらい頑張ってんな。やっぱジルと事前に面識ができねぇのが痛い。……ま、その辺もなんとかするつもりだが」
言ってテッドは腕を頭上にあげて背を伸ばす。徹夜明けに朝日がしみる。
「俺もそろそろ別の役目の方があるしな。そうしょっちゅうは来れなくなるんじゃねぇかな」
「あっそ。僕はどうでもいいけど」
「デスヨネー」
嘘でも寂しいとかつまらんとか言ってほしかったが、ルックがそういう事を言うのはクロスに対してだけだろう。
それでも人前では絶対に言わない。
テッドは謎コンバートで巻き込まれたが、やっぱりクロスは参加していないようなので、ルックはたぶん寂しいだろうとは思うが。

「お前、クロスいなくて寂しい?」
「当分その面見せなくていいよじゃあね」
無表情の一言と共に転移魔法をかけられ、テッドは揺らいで消えるルックの姿を見ながら苦笑する。
相変わらず素直じゃないねぇとジジくさい事を思いながら、足元に感じる硬い感触に目的地に着いた事を知った。
まあ目の前にいる金髪を見れば嫌でも分かる。

「よぉジョウイ。留守中に何か問題は?」
軍服を着たジョウイに笑顔で手を上げると、蒼白になった奴に胸元を引っ掴まれた。
「あんたのせいか!!」
「ちょ……ぐぇ……しまっ……」
「それともあの黒い悪魔のせいか! 僕らをこんなところに飛ばした愉快犯のせいか!?」
「ちょ……じょ、ジョウイくる……はな……」
「超ド級のでっかい問題が来たよ! 来ちゃったよ!! なんでまたハイランドに来ちゃったんだよ!?」
「ごっ……じょ、はな……」
テッドの意識が飛ぶ直前に、ジョウイの手が離される。
喉を押さえてガホゲホ言いながら、なんてことしやがると言おうと顔をあげ、ちょうどジョウイの後ろにあった扉が開いた。

「くぁwせdrftgyふじこlp!?」

絶叫したテッドの口は即座に蒼白なままのジョウイが塞いだが、塞ぐなら口じゃなくて目にしてほしかった。
現実は暴力的すぎる。




「はろぅ♪」




噂をすれば影が立つとはこの事か。
笑顔で手を上げていたのは、つい先日まで見慣れすぎるほど見慣れていた、どこぞの真珠の交易王だった。



***
だってこの時代いるもの。