旗を一直線に目指すセノとルカは、途中王国軍の追手を相手取るためにゲオルグ達と別れ、二人だけで最上階へと進んでいた。
中回廊を進む二人の背後を弓兵で狙うのはゴルドーだ。

「ふはは……これは好都合だ。デュナン軍の頭が二人、片方はハイランドの元皇子……あの二人を一度に倒せば、後々我がマチルダ騎士団がこの地を手に入れ、わしが全てを得るための第一歩となるだろう。……いいか……よく狙えよ」
下卑た笑いと共に部下に指示を出すゴルドーの後頭部に、ガン、とスコップが落ちた。

「いっやー。マチルダが協力を拒んだ時には「部下や領民を戦いに巻き込まないため?」って一生懸命好意的な解釈として取ってあげることもできたけど、この発言で全部ふっとぶよねー」
「まったくだね」
「お、お前達……!?」
「今回はナナミいないから大丈夫だと思うけど、芽は早めに摘んでおくに限るからね☆ おとなしくこのスコップの餌食になってね」
「ひぃっ……」
尻餅をついてがくがく震えるゴルドーに向けて、いい笑顔でスコップを振り上げるシグールは、完全に犯人の顔をしている。
「……そろそろそのスコップ、怨念とか色々こもってそうなんだけど」
自分に呪いがふりかからなければいいか、と犯罪現場から目を逸らして、ルックはすでに二人の姿が見えなくなった回廊の奥を見つめた。





***





「そういえば、二人はどうやって知り合ったの?」
ロックアックスから本拠地へ一時的に戻った時の事だった。
鉢合わせたメンバーで夕食を囲んでいたら、黙々とサラダを食べ終えたセノが唐突にルカに尋ねた。

「二人って?」
ナナミが不思議そうな顔をして聞き返し、セノはきょとんとしていたが、すぐに頷いた。
「ルカとローレライだよ」
「えーっ!? 二人は知り合いだったの!?」
同席しているナナミが声を上げ、テーブルの上に身を乗り出した。そんなに気になる事なのか。

「なんでなんで? 幼馴染だったの?」
そうだったら驚く。
「ローレライさんは大陸中を渡り歩いている方ですし、どこにいてもおかしくはないような気がしますが」
カミューも首を傾げている。
「案外城から逃げ出した先で会ったとかじゃねぇのか?」
がははと笑いながらビクトールが言った言葉に、ルカが頷いた。
「まあそんなところだな」
「マジか」
ビクトールが笑いを引っ込める。
マジな理由とかシリアスな話とかになるのだろうかと身構えた一同に、ルカはあっさりと告げた。

「真顔で聞く話ではない。その時飛び出した理由も忘れた」
「なんだ」
「ルカ様にもそういう時期があったんですね」
「十年以上前だからな」
当時十五六といったところか。
それなら確かに、唐突に馬を走らせて城から出たくなる衝動に駆られる事もあるかもしれない。

「それで、どこで会ったの?」
「シンダルの遺跡以外のどこで会う」
「……十年前もローレライはシンダルマニアだったのか」
「遺跡で出会って仲よくなったの? なんかちょっと想像つかないかも……?」
ルックもナナミと同じ意見だ。
ローレライとルカが初対面時から意気投合したとは思えない。
なんというか、まあ、色々と根拠はあるが。

好奇心の目に晒されて微妙に居心地が悪そうにしながらも、ルカは疑問に答えを返す。
やっぱり根が真面目なんだと感じる時はこういう時だ。

「二人して遺跡の中に閉じ込められた。仕掛けを解除しないと外に出られないようになっていたから、しばらく行動を共にする羽目になった」
「ああ……」
思わず溜息と共に声に出すと、隣にいたセノも何度も深く頷いていた。
足を踏み入れた者には分かる。シンダルの遺跡とはそういうものだ。

「俺は遺跡に関しては無知だったし、ローレライは武器が壊れていたからな。なんとか遺跡を抜けだした時はほっとしたものだ」
「武器? 彼女弓使いじゃなかったっけ?」
「あれ、ローレライは斧使いだよね?」
「あれはハルバードというものだと思いますが……そういえばルック殿はトランの時もローレライさんとご一緒だったのですよね。その時は弓だったのですか?」
「後衛でそれなりにシグールに使い倒されてたし、間違いないと思うけど」
「ローレライは元々鞭使いだ」
「「ああ」」
全員が一斉に声をあげて頷いた。なるほど、納得。

「その時に俺が弓を貸したんだが……狭くて薄暗い洞窟で、素人に弓を引かせるというのはそれなりに恐怖だったな。かといって剣を貸すわけにもいかん」
言ったルカの言葉通りに、ルックは当時の情景を思い浮かべた。

この皇子と。
あのローレライが。
シンダルの遺跡で出口を探しながら右往左往。

……うん、だめだ。想像力の限界をちょっと超えている。そこに十年前の想像とかいくともうキャパオーバーだ。

「まあ、そういうわけで少し縁があっただけだ」
「ふうーん」
ルカが思い出話を締めくくると、セノが少し視線を滑らせて呟いた。なんだか様子がおかしい。
「なんだ?」
「ううん、人の縁は不思議だなって。さ、皆今日はお疲れ様。明日からまた忙しくなるから、ゆっくり休んでね!」
少し不自然にまとめたセノの態度が気になって、ルックは食堂を出てからすぐに彼を引き止めた。
「ねえ、どうしたの」
「んー……皆には内緒、だよ?」
あのね、とセノは声を落とす。

「前の時にね、これくらいの時だったかな……ローレライから知人のお墓を作りたいって言われたんだ」
「墓? 戦死者はちゃんと共用墓地があるだろ」
犠牲になった人のためにとセノが作った墓地には、死者が弔われ石碑に名前が刻まれている。
「その時にローレライが見せてくれた『故人の持ち物』がね……ルカの懐中時計と同じ物だったんだ」
「え」
思わずルックは目を見開く。そんな話は初耳だ。

「前の時、ルカの遺体は荼毘に付されて地下に隠されてた。遺品もそこに置いてあったんだけど、ローレライはそれを見つけたんだと思う。ローレライがどこに埋葬したのかは僕も知らない」
セノはふわりと微笑んで言った。
「なんでだろうって思ってたけど……二人は十年以上も前に会ってたんだね。会わせてあげられてよかった」
「セノ……もしかして、だからあんなに」
今回のセノはルカを生かす事に拘っていた。
仲間や巻き込まれた一般人ならともかく、どうして皆を苦しめた狂皇子にそこまで拘るのかと、ずっと疑問に思っていたのだ。
なんの根拠もなしに「ルカは最初から狂皇子ではなかった」と言い張るセノが不思議でならなかった。

「会わせてあげられて、本当によかった」
「…………」
嬉しそうなセノの横顔を見つめる。

セノは知っていて、二百年間その心に抱えていたのだろうか。
ルカの死を心から悼む人がいたという事を知って。
もしかしたらルカが狂皇子ではないかもしれない、という思いを抱えたままで。

「お前達、そんなところで何をしている?」
 背後から声をかけられて肩を跳ねさせる。振り向くと、ルカが邪魔そうな顔をして立っていた。
「通行の邪魔になるぞ」
「ああ、うん、悪い」
「……お前が素直に謝ると何か企んでいるように思えるな」
「失礼な」
「ルカ、それ夜食?」
セノの問いにルカは頷く。

「ローレライがキリィと夕方からシンダル遺跡について討論していたからな。あの二人のことだから、食事の時間など忘れているだろう」
「あー……だろうね。二人にほどほどにって伝えてね」
「聞くかどうかはわからんぞ」
「後でシュウの部屋に一緒に行くの忘れないでね」
「貴様こそ、忘れて寝るなよ」
「……寝てたら起こして?」
「軍師の部屋に行くと言い出したのは貴様だろう……寝ていたら叩き起こすぞ」
夜食の入った袋を提げて去っていくルカを見送るセノは満足そうだ。

セノに倣って遠ざかる背を見送りながら、ルックは小さく呟いた。
「……まぁ、よかったんじゃないかな」
 


***
全力でお茶を濁すターン。