「では、これよりロックアックスを落とす策を説明する」
ぱしん、とシュウが手を打つ音が鎮まり返った広間に響いた。
並び立つ将軍達を見て、シュウは指示を出していく。
「リドリー殿、ハウザー殿、テレーズ殿は部隊を率いて、すぐに出陣していただきたい。敵軍が現れたら、これをできるかぎりひきつけながら退却し、敵の部隊をロックアックスから引き離してほしい」
「承知した」
「ふむ」
ハウザーとリドリーが頷く。
「セノ殿とルカ殿には、敵軍が出撃したのを見計らい、手勢を率いて城に乗り込んでもらいます」
「乗り込む? あそこの門はグリンヒルの市門よりも頑強だぞ」
ルカの疑問に、シュウは最初から用意してあったであろう回答を提示する。
「先ほどの戦いの時に、元マチルダの騎士に、ゴルドーの部隊にまぎれて一緒に城に入ってもらっています。こちらの合図で、中から城門をあける手筈になっています」
「仕込みはばっちりってことだね」
「お二人は城にのりこみ、最上階にかかる敵軍の旗をめざしてください。この旗を焼き払い、かわりに我々の旗をひるがえらせるのが目的になります」
「……なるほどな」
シュウの意図を理解したらしいルカが頷く。
だが、理解できていない者がまだちらほらいる。
「旗一枚を焼いてどうなるんだ?」
「わかりやすい例えをしようか青いフリック。例えば遠征に出かけて帰ってきたら、この本拠地の上に掲げられている同盟軍の旗が王国軍の旗に変わっていた。この場合、どんな可能性を考える?」
「……遠征中に、王国軍に奇襲をかけられて、城が落ちた」
「そういうこと。実際町中で戦闘が続行してようが関係なく、遠目ではもう降伏したかに見える。……それを狙うんだよね、シュウ?」
「解説ありがとうございます英雄殿」
「居城が落ちたと思えば、少なくともマチルダの騎士達は戦う意思をなくすでしょう。そうなれば、我々の戦力が王国軍を上回ります」
クラウスが補足し、なるほど、と場の全員が納得したところで、打倒ロックアックスが始まった。
王国軍と騎士団が出陣するのを物陰から見送り、潜伏していたセノ達は表に出る。
合図である口笛と共に、今しがた閉まったばかりの城門が、ガラガラと音を立てて吊り上げられた。
囮となる兵士達が最初に城門へと入っていくのを確認しながらシュウが重ねた。
「時間はあまりありません。旗を取りかえる前に敵の部隊が戻ってきたら、この策は破れ、デュナン軍の命運は潰えます。我々も頃合を見て後を追いますが、すぐにも旗をめざしてください」
この作戦に失敗すると、確実に逃げ場を失ったリドリー、ハウザー、テレーズの部隊は壊滅する。
このあたりの部隊を失うのは、デュナン軍にとって致命的とも言っていい。
絶対に負けられない戦いだ。
メンバーは出発前に決めてある。
ルカとセノ、シーナ、ナッシュ、ビッキー、ゲオルグだ。
こういう時には率先してついてきそうなシグールとルックは、今回は別行動をするとかで、出発時にはすでに姿が見えなかった。
「頑張ろうねっ!」
「大丈夫だ、俺達がついている」
言葉をかわして、ロックアックスへと入る。その際にナナミがこちらをじっと見ているのに気付いた。
――それは、ロックアックスへの突入作戦が決まった日の夜だった。
共に侵攻するメンバーを決めた後で廊下を歩いていたら、ナナミに呼び止められた。
考えてみると、初対面の時からナナミと話す時は間にセノがいて、こうしてナナミと二人きりで話すのは初めてではなかろうか。
「ねぇ、ルカさん」
「なんだ」
「あのね、お願いがあるの」
切り出したナナミの表情は切羽詰っていた。
「あのね……今度の戦い、私、一緒に行けないでしょ? だから……セノのこと、お願いしたいんだ」
「それは守れということか?」
「うん……」
「あいつは俺が守る必要があるほど弱くないだろう」
どう考えてもあれは強い。
というか資金集めだの紋章球集めだのでモンスターをしょっちゅうボコっているセノを弱いと言う奴がいたらぜひお目にかかりたい。
ルカの返しにナナミは頷いて、それから思い直したかのように首を横に振る。
「違うの。本当は私よりセノの方が強いって知ってる。もう私が守る必要もないのも。私がいた方が、セノは私を気にかけて自分の戦いができないのもわかってる。けど、やっぱり心配なの……私、セノのお姉ちゃんだもん……どんなに強くても、セノが優しいのも傷つきやすいのも知ってるもん……怪我しちゃったらどうしようとか、本当は戦いたくなんてないんじゃないかとか……ジョウイもハイランド側にいるっていうし……セノは大丈夫だからって言うけどわかんないし……っ!」
後半になるにつれ支離滅裂になっていく言葉とともに、ぽろりとナナミの目から涙が零れる。
これにはルカも硬直した。
戦いの相手が泣こうが喚こうが歯牙にもかけないが、この場合どう対処すればいいのかが分からない。
しかもここは本拠地の廊下で、いつ人が通ってもおかしくない。というか今まで通らないのがむしろ奇跡なレベルだ。
ぼろぼろ泣いているナナミに、ルカは少し迷って、溜息を吐いた。
「……わかった」
「え」
「つまり、俺はあいつが怪我をしないように連れて帰ってこればいいんだな」
「……うんっ!」
「あれが無鉄砲に突っ込む分には責任は取れんぞ」
「ありがとう!」
涙を引っ込めて笑うナナミに、女はどうしてこうもころころと表情を変えられるのかといっそ呆れる。
ジルも泣いた直後に笑ったり、怒っていたかと思えば数分後にはけろりとした顔をしていたり……女はそういう生き物なのか。
「あ、でもルカさんもちゃんと無事に帰ってくるんだよ!」
「俺か? 俺はどうでもいいだろう」
「だめ! だってルカさんは私とセノのお兄ちゃんなんだから!」
「…………」
その設定まだ生きてたのか。
自分でも忘れていたような初期のでまかせを、ナナミは本気にしていたのか。
「お兄ちゃんも無事に帰ってくるの! 約束!!」
ずい、と小指を立てて差し出してくるナナミに、ルカはどうしたものかと半目になる。
だが、このままだと話がいつまで経っても終わらない気がしたので、諦めてルカはナナミの小指に自分の小指をつけた。
「いってらっしゃい!」
ナナミが大きく手を振る。
それに応えるように手を振るセノの影で小さく頷いて、ルカは前を向いた。
「ふむ、行ったねぇ」
「なんで僕らこんなこそこそしてるのさ」
「僕らの今回のお仕事は、あのモアイを後ろから襲撃して置物にすることです」
「…………」
こっそりと物陰からセノ達の侵入を見ていたシグールとルックは、今回ちょっくら私怨的なお仕事の予定だ。
ぶっちゃけるとゴルドーの相手をしてあげ隊。
「さて、僕らもそろそろ……と」
中に入ろうか、と言いかけたところで、兵士が一人全力疾走してきた。
「キバ将軍からの知らせです!」
「読め……」
促すシュウは、結果を知っているような面持ちだ。
ハイランド本国からの援軍を阻止するためにキバを傭兵砦のあたりまで進軍させたのはシュウの策だが、囮と分かっていてキバはその任を引き受けた。
兵も最初から自分の下にいた者しか連れて行っていない。
戦力差からして、負けると分かっている戦だった。
「は、はい。キバ将軍はミューズ東部において、ハイランド軍と戦い……見事退けられたとのことです!」
「な……んだと……!」
シュウが珍しく驚愕を表に出す。クラウスも驚きながらも、喜びを隠し切れないのか、その場に膝をついた。
「途中でハイランド軍に何事かあったようでして……侵攻を止め、引き返されたそうです」
「レオン=シルバーバーグはどうした」
「それが、どこにも姿はなかったそうです……」
「とすると、こちらに……?」
「いいえ、それもないようです」
「……いったいどこに」
漏れ聞こえてきた会話に、シグールが立ち上がった。
「あ、ちょっと」
「レオンなら今頃トランだよー」
ざっくり会話に入っていったシグールに、ルックは頭を押さえた。
隠密行動をするんだと言っていたのはどの口だ。
「シグール殿……?」
「ちょっとこっちで呼び寄せたくて、ね。とある兄弟がレオンに用があったみたいで」
「……ああ、なるほど」
「だからレオンが今頃どっかで伏兵と待ち構えてる、ってことはないから安心して」
「お気遣いありがとうございます。それで、あなたはなぜここに?」
「今からモアイ像を作りにいくんだよ☆」
煌く笑顔でのたまったシグールの手には、スコップが握られていた。