リューベの村でのイベントは不可避らしく、着いて早々絡まれて旅芸人一座のゲストをさせられた。
「おい」
「なんだ?」
アイリのナイフのターゲットになっているセノをジョウイは苦笑いをしながら眺めているし、テッドもイベント中はする事がないので人混みの後ろで眺めていたのだが、ルカにとっては不可解だったのだろう。
先を急ぐと言っているのに何を悠長に旅芸人の相手などしているのか、とありありと顔に浮かんでいる。
「これは何の意味がある」
「疑問はごもっともなんだけどな。こなさなきゃいけない用事があるんだよ」
「それがあれか」
半目でルカが指した先には拍手喝采があがっていた。
どうやら成功したらしい、素晴らしい事だ。あれがジョウイだったらそうはいくまい。
「必要性を教えろ」
必要性、とテッドは口の中だけで呟く。
言ってしまえばおそらくあの三人は宿星だ。セノが嬉しそうにしているからまず間違いないだろう。
なのでこのイベントは三人を仲間にするために必要なフラグという事になるのだが、今のルカにそんな説明をしても理解してはもらえないだろう。
なのでここは、もうひとつの「必要性」だけを取り上げておく。
「まぁ、見てればわかるさ」
丁度よく、公演も終わったようだ。
観客が散らばり、なにやら話しているセノとジョウイと旅の一座が残った。
「ハイランドに入るには、この村から北に行ったところにある燕北の峠を越えなければなりません。しかし」
「怪物が住み着いてるらしいですね」
さらっとジョウイが言ったが、それはたぶん彼女のセリフだったろう、かわいそうに。
「あ、テッドさん。リィナとアイリ、それにボルガンです。こっちがテッドさん、こっちがルカで二人とも一緒なんだ」
「まあ、そうですの。よろしくお願いします」
「おねがいねぇ!」
ボルガンの元気な声に一同はちょっと和みつつ、それでねとリィナは話を続ける。
「あなたたちもハイランドに行くのでしたらご一緒するというのはいかがかしら?」
「僕はかまわないけど、セノはどうかな」
「もちろんOKだよ」
「ありがとう、これで安心して峠を越せますね」
「おい、俺は何もいってな、」
「一行のリーダーはセノなんだからセノが決めたら確定だよルカ」
しれっと言い放ったジョウイの言いぐさにルカは何かを言おうとしたが、それより先にセノが困ったような顔でルカを見上げて小声で尋ねる。
「いや?」
「こんな素性もわからない相手と」
今更すぎる駄々だったので、テッドはとりあえずルカの肩を叩いておく。
「素性がわからないのはむし俺達の方だ、安心しろ」
「それに峠を越えるなら俺は一人で十分だ」
「うん……強いもんね。でも僕らはそんなに強くない。だから一緒に峠を越えてほしいんだ」
「いや、だから」
「だめ?」
「…………好きにしろ」
溜息とともにそっぽを向いたルカの背中にどことなく哀愁が漂っていたが、それは気のせいなんだろうか。
「……なあジョウイ君よ」
「なんだいテッド君」
和気藹々と話している四人+陰を背負っている一人の後ろからついていきつつ、テッドは思った事を突っ込んでみた。
普段六人でつるんでいる分には気にならなかったのだが。
「実はセノって人の話聞かないよな」
「聞いてはいるけど、一度決めた自分の意見を変えることは希だね」
「それを聞いてないって言うんだろ……なんだあの押しの強さは」
その押しの強い未来の軍主様は、ついにルカを会話の和に加えている。
アイリはやや腰が引けているが、リィナとボルガンは普通に接している。さすがだ。
「シグールすら抗えなかった威力はルカにも十分通じたってことだよ」
「ぶっちゃけ今までセノが軍主張ってたことに疑問を抱いてたけど、これは納得だな……」
シグールは非常にワンマン軍主だった。
特に二周目は顕著だったが、一周目でもその五年後くらいから北大陸の流通を制覇し始めているのだから、本来彼はマネジメントとかカリスマとかの才能があるのだろう。
それに引き替えセノは二百年以上経っても王補佐がいないと仕事がうまく回せないのだ。
正直シュウというスパルタかつ優秀な軍師の元で輝いてたカリスマのみ軍主なのかと少し思っていた。
今反省した。
「恐ろしい天魁星……! クロスといいあいつらマジ生まれる時期を間違えねぇ……!!」
「僕らは一〇八人を集めるという偉業を軽視し過ぎているんだと思う」
実際やれと言われても無理だろう、とジョウイが呟き、それはまことにその通りだったのでテッドは勢いよく頷いた。
そんなこんなで、セノ達がルカを巻き込みながら雑談に明け暮れ、テッドとジョウイがボソボソと感想を述べつつその後ろをついていくことしばし。
燕北の砦は話に聞いたとおり閉ざされていた。
同盟軍の兵士と思われる門番も立っている。
「この先はハイランドとの国境になっています。また、霧の怪物がでるという噂もありますので、ミューズ市長アナベル様の命によって通行禁止となっております」
何度も繰り返しているであろう口上をすらすら無機質に述べた門番から出た名前にジョウイは胸が痛んだが、今回は彼女をどうこうする予定はない……というかそれまで僕が無事ならいいんだけど。
明後日の方向に思考を飛ばしていると、隣にいたテッドがわきりと右手を動かした。
「どうするジョウイ、ここは喰ってもいいトコか?」
「んなわけないだろ! もっと穏便に通過したよ!」
「じゃあ一生のお願いとか」
「あんたはでるな!」
笑顔でわきわきしているテッドが本当にぱっくりいく前に交渉を終わらせてしまおうとジョウイは前にでる。
記憶が曖昧だが、たしかここは……
「あの、隊長さん……少しお話が……」
「……あ」
そうだ思い出した。
リィナが隊長を連れ去って……通れるようになったのだった。
……確か彼女は一七、八ではなかったか。
女性って恐ろしい。あと騙された(?)隊長はたぶん役得だ。
「ねえねえジョウイ」
「なんだいセノ」
「リィナはなにをしたんだろうね? 前もすぐに通してもらえたよね」
「そう……だね」
見当はついているが、それをセノに言っていいのか躊躇う。
言ってわか……ってくれるとは思うけど、さすがに。
「あ、でもジョウイもわからなかったよね」
ジョウイも分からないことってあるんだって思ったもん、とにこにこ笑顔のセノに思わず突っ込む。
「僕が?」
「うん。「なんでだろう?」とか「何したんですか?」とか聞いてたよ」
「…………」
バカか昔の僕。
いや、当時はそんな知識はあんまりなかったが別にゼロだったわけではない、はずだ。
ただいろいろ結びつかなかっただけ、だと思いたい、思わせてほしい。
必死に内心で自己弁護していると、真横からいやーな気配がした。遅かった。
「へ〜え、ジョウイにもウブな頃があったんだなあ」
「バカは今の僕だった!」
「そんなジョウイが今やこんなに汚れちまって」
「汚れとかいうな、っていうかあんたにだけは言われたくない!」
にやにや笑顔のテッドはひどいなあと言っているが、口先だけに一万ポッチかけてもいい。
そんな漫才をしている間にリィナの「説得」は効果覿面だったらしく、あっさりと門を通過できた。
出てくるモンスターをセノとジョウイとルカが適当になぎ倒し(テッドは「俺武器もってないしー」と逃げた)残りをリィナとアイリとボルガンに任せるという戦闘で、雑魚はさくさくと片づく。
そもそもジョウイとセノはテッド達が滝に落ちてからエンドレスにラウドの部下を狩っているのでこの時期では破格のレベルになっているし、ルカは素の能力が高すぎる。
よって一人くらいお荷物(=テッド)がいてもいっこうに問題はなかった、六人パーティだから一人余るし。
「けど意外だったな……ルカはてっきり強引に抜けると思ったよ」
峠でのやりとりを思い出し、ジョウイは呟く。
もちろんそれは隣にいたルカに聞かせるためのもので、案の定ばっちり聞こえていたらしい。
「バカなことはしない」
「そりゃまあそうだけど」
「あそこで俺がハイランドの人間だとわかったところでいいことなどない。どうしても抜けれないなら門番の一人や二人殺せばいいことだ」
「テッドと思考回路が同じだな!」
物騒すぎるコンビが地味に結成されていた事に慄きつつ、たち込め出した霧にジョウイは足を止めた。
ただの霧ではなく、この濃さは――
「なにか……嫌な気配……」
アイリが眉を寄せて左右を見やる。ボルガンもリィナも察したのか足を止めた。
「セノ……来るよ」
先頭を行くセノに注意を促して、ジョウイは棍を握りしめる。
ルカも無言で剣を抜き、気付けばテッドはそこにいなかった。
……ご老人はとことん働かないつもりらしい。