ある日は倉庫整理、ある日は買い出し、ある日は掃除。
セノとのんびりとした日々を送っていたジョウイは、もういっそこのままでもいいかなとか思い始めていた。
囚人という扱いになっている事はなっているが、食事は美味しいし(ニンジンが入る以外は)仕事はそれなりに楽しいし、何よりセノと一緒にいられる。
ちなみに先日の夜はとうとう牢屋に鍵がかかっていないことに気付いてしまった。恐るべし天魁星パワー。
「今日も頑張ったね」
きらきら輝く笑顔で砦中の人々をすでに魅了済みのセノに言われて、ジョウイも笑顔で頷いた。
「そうだねセノ」
「おやすみ、ジョウイ」
「ああ、おやすみ」
すり寄ってくる温かい体を抱きしめて、充実感に浸――
「 ひ た る な 」
呪うような低い声に、ジョウイは一瞬驚いたものの、知らないふりをしてそっぽを向く。
「疲れたのかな幻聴が聞こえる」
「人を幻にすんな」
「明日はまたトウタとゲンゲンと買い出しに行かないとなあ」
「おいジョウイ、お前は俺を怒らせてぇのか……」
鉄格子の向こう側のテッドの声のトーンがだんだん落ちてきたので、ジョウイは寝息を立てているセノの隣からそっと抜け出し、しぶしぶ対峙する事にした。
もちろん声は最大限に抑えられている。
「なんだよ……人がせっかく休暇を満喫してたってのに」
巻き戻る前は王そして王佐としての仕事たくさん雨あられだったジョウイとセノは、むしろここの生活でリフレッシュ中なのだ。
何より家事をするセノが非常に輝いている。
「ルカを相手してる俺の身になれ畜生」
舌うちと共に吐き捨てたテッドにちょっとは悪いと思ったので、ジョウイは左右を見回す。
「……悪かったよ。で、ルカは?」
「置いてきた」
「……きみはばかなのか?」
あのルカを置いてきた? 一人で?
考えられない事態に真っ青になったジョウイに、心配ねぇよとテッドはいう。
適当でもうっかりでもテッドは実年齢五百歳越えの大長老だ、きっと何か策を弄してきたんだろう、身動き取れない状況とか。
無理矢理自分を納得させている途中だったジョウイに、テッドはしれっと爆弾を落とした。
「トトに」
「は!?」
「よく考えりゃ当たり前なのかもな。お前がセノとセットでここに拾われたらお前が拾われるべき場所に俺達が流された、みたいな」
「ちょ……ま、まさかトトって……そんな、まさか」
「ああ、ピリカん家に居候中だ☆」
「お前ほんと馬鹿だろう!?」
格子越しにテッドの胸倉を掴んでジョウイは叫ぶ。
脳裏に蘇るのは、踏みにじられた村、残ったのは焼け野原、泣いている子供――
「大丈夫だ」
「何がだよ!」
「今のあいつにはトトを焼く理由がねぇんだよ。あれはユニコーン隊殲滅ありきの策なんだからな」
「そんなことなんの慰めにも」
「ええっと……「今助けるぞ」」
「シナリオに強引に戻るなよ!」
テッドとの間に鉄格子がなければぶん殴っていただろう。
彼は一周目を経験していないが、ルカの所業の数々は知っているはずなのだ。
それなのにどうしてそんな事をする。
ジョウイは忘れていない。
ルカのした事、彼の殺した人々。
心を砕かれ言葉を失ったピリカ、殺された彼女の両親は優しい人達だったのに。
「セノがルカを助けたいと言ったことに逆らうつもりはない、けど……でも、ルカは」
「俺があっちを出てきたのは昼過ぎだったが、ピリカとピリカの父親と一緒に釣りに出かけてたぞ」
カチャカチャと錠前をいじりながらテッドが言った言葉にジョウイは目を見開く。
「明日はご近所の引っ越しの手伝いに総出するって聞いて、俺はこっちに来たんだよ。この年で棚とか持ち上げたらぎっくり腰になりそうだ」
「…………」
カチャンと軽い音とともに鍵が外れる音がする。
木製の軽い扉は音もなく開いた。
「引っ越し……手伝い?」
それはいったい誰の話だ。
「一応担保は持ってきた」
ほれ、とテッドが懐から取り出したのは暗い中でも輝く金の懐中時計だ。
君は錬金術師かい、というボケが期待されている場面だったのかもしれないが、あいにくとジョウイはその懐中時計の事をよく知っていた。
「よく彼が渡したね……?」
「なに、物は天下の回りものだ」
「……盗んできたな?」
ハッハッハ、と笑ったテッドは扉を大きく開け放ち、ジョウイに手を差し伸べる。
言いたい事は分かる。出てこいという意味だろう。
よりによってピリカのそばにルカがいる今、ジョウイが動かない理由はない……ないのだが。
なんて見事な追い込み方だ。
「……テッド、君って本当に嫌な性格だよね」
「心外だな」
「確かにピリカのことを考えると僕は今すぐに出ていきたい。けど……ここを出たらシナリオが動いて休暇が終わってしまうんだ!」
「ピリカより休暇かよ」
真顔でツッコミを入れたテッドには脛を蹴り上げて反論しておいたが、まだジョウイとセノの疲労という名の傷は癒えてはいない。
あと数日、あと数日でいいんだ。
その時がきたら自ら牢屋を出てトトに向かってもいいから今すぐ君はトトに戻れ。
「せめてあとすうじ、」
「いい加減にしろジョウイ」
真顔になったテッドは、思わせぶりに右手を挙げた。
「このまま来い。でなきゃ俺はお前を……喰わなきゃならなくなるんだぞ♪」
「嬉しそうに言うなぁあああああ!!」
思わず絶叫したジョウイの声に、さすがに背後の気配が起き上がる。
「んむ……あれ、テッドさん?」
「逃げるぞセノ。ほっといたらお前らずっとここにいるだろ」
「はい」
あっさり頷いたセノにジョウイは思わずつんのめりそうになった。
いや、彼のいいところは素直なところなのだけど。
「いいのかいセノ」
「うん。だってこのままここにいたらジョウイが火をつけちゃうでしょ」
「……いや、しないよ?」
確かに一周目は逃げ出す時間を稼ぐために火をつけたが。
今となってはそんな事しなくても、ここから逃げ出せる自信はある。残念ながら。
「それにナナミに会いたい」
キャロに行こうよ、と服の端をひっぱられて、ジョウイはいろいろ諦めることにした。
ルカが何だろうか。
理不尽なシナリオがなんだろうか。
「がんばろうねセノ!」
「うん?」
キョトンとした顔のセノの手を固く握って、ジョウイは理不尽あふれる世界へと再び足を踏み入れる事にした。
そしてその第一歩は。
「とりあえず俺がセノを連れていくから」
「ら?」
「お前は足止めしてろ☆」
「ちょっと待てぇえええええ!!」
結局脱出はセノとジョウイが壁に穴をあけ、そこからになった。