全身ずぶ濡れぬれ鼠になった怪しい青年二名を温かく受け入れてくれた家族の世話になる事となり、テッドとルカは客用だと通された小さな部屋でベッドを挟んで睨み合っていた。
今から二人は「旅をしていたところ足を滑らせて崖から落ちて流されました☆」というテッドの華麗な作り話の関係上演じていた「旅の連れ」というのをやめ、元の二人に戻る。

「さあ、真面目に話し合おうじゃねぇか」
容赦しねぇからな、と前置きしたテッドにルカも獰猛な笑みを浮かべる。
「手の届くところに剣を置いておくとは愚かだな」
無用心にも壁に立てかけたままの剣に手を伸ばしたルカの手を、テッドは身を乗り出して素早く引っぱたいた。
「そんなもん使うな! 部屋が壊れるだろうが!」
「…………」
叱ったテッドにルカが目を丸くしている。
どうやら説明しないとわからないらしいと察し、テッドは彼の目の前に拳を突き付けた。

「これで決めるぞ!」
「殴り合いか」
よかろう、と拳を固めたルカに、違うだろうがとテッドは呆れて拳を振った。
「もっと崇高かつ効率的な勝負だ」
「……?」
「殴り合ったりしたら俺達を拾ってくれた家の人が心配するだろうが。お前はそんなこともわかんねーのか」
さすが皇子、いい年して世間知らずである。
必要性はあるものの、殴り合いなどという野蛮な事をしたくはない。
そもそもテッドは疲労困憊である。
ガタイが自分よりはるかにいいルカと殴り合うなんて不毛な勝負はしたくない。

「さあルカ、この勝負は一発だからな!」
「だから何をする気で」
「何をするかなんて決まってるだろう!」

テッドとルカで二人きり、同盟国の村の民家の客間で、時刻は夜もとっぷり更けた頃。
この状況でやる勝負など一つきりしかないではないか。
「ベッドが一つ! 人間は二人!! 俺は床でなんか寝たくねぇんだよ!」
巻き戻されて穴掘りして兵士をひたすらぶん殴ってダイブして溺れて泳いで歩いたのだ。
ふかふかのベッドを嫌う理由などどこにもない。
「……て、……と」
「ん? なんだ?」
下を向いて呟いたルカに早く勝負しようと拳を振って見せると、思いっきりそれをはたき落とされた。

「そんなくだらないことを改まって話し出すな!!」
「くだらなくねぇ!」
「ここは普通何の目的でこんなことをするかとか、お前は何者だとかそういうことを」
ルカが何やら言っている間に、テッドは靴を脱ぎ捨てると、バフリとベッドの上にダイブする。
お日様の匂いがする布団に顔をすりよせて、にんまりと笑った。

「怪しい男と二人きりになると重要な事実を話してもらえるのは作り話の中だけだ」
「…………」
「現実はかくも厳しい。というわけでベッドは俺がとった☆ おやすみー」
布団に潜りこんで、テッドはひらひらと手を振った。
その気になれば夜中に襲いかかってくる可能性もあるが、それより重要なのは睡眠である。

シグールもクロスもいない。
こんな平和な夜は久しぶりだ満喫させろ。
隣に剣を持った皇子がいようがいまいが俺は寝る。





***





寝れば朝が来るし朝日が差し込めば目は覚める。
人間って基本的なところで効率よくできているよなあと感心しながら、テッドは柔らかいベッドの上で目を覚ました。
昨日の夜は目を覚ます事もなかったし、一応確認したが体にもベッドにも部屋にも傷はない。

「基本的に常識人だよな」
床にマントにくるまって寝ているルカを見下ろして、テッドは苦笑した。

歴史では狂皇子と呼ばれ残虐残忍な悪役とされ、実際の性格についてはまだ分からないが、このわけの分からない状況に投げ込まれて巻きこ まれてここまできた混乱もあるとはいえ、巻き込んだ超本人の(本当の諸悪の根源はセノ&ジョウイだが)テッドをとりあえず殺して逃げ出す、という非論理的な行動 を取らないあたり、根本的なところに常識は根付いているらしい。

まあそこまで分かっていてテッドは昨晩彼の前で寝た ――わけではない。
ただ眠かっただけである。
レベルは下がっていようとも 危機察知能力は正しく働くはずなので、何かあったら目を覚ましたはずだ。
働かなかったら……さようなら幻想水滸伝。

寝起きの頭でシャレにならない冗談を放ってからベッドから降りて、テッドは大きく伸びをする。
ほのかに漂うパンを焼く良い匂いはこの家の住人が朝食の支度をしているからだろう。
昨日疲れきって夜遅くにたどり着いたテッドとルカを優しく介抱してくれた、親切な若夫婦だ。

「起きろルカ」
足元にいた男を軽く蹴飛ばすと、うめき声と共に塊が動く。
「さっさと起きないと朝食食べ損ねるぞ。俺は行くからな」
「きさ……」
寝起きの不機嫌な声と軽く人を殺せそうな鋭い視線が飛んできたが、テッドにとっては痛くも痒くもない。
つい先日まで爽やかドス黒笑顔とか、確信犯腹黒笑顔とかを浴びてきたのだ。鋭い視線なんざぬるま湯だ。

「食べる時に食べるこれが鉄則」
「…………」
テッドの コメントに朝から疲れた顔をして、ルカも立ち上がる。
「……朝食を食べたら正体を聞きだしてやる」
ボソリとルカは呟いたが、面倒なのでテッドは話す気なんてさらさらない。
それはそのうち合流したジョウイとかの仕事である。

居間へと顔を出すと、昨夜二人を出迎えてくれた優しい顔の女性がにっこりとほほ笑んでくれた。朝一番から素晴らしい。
「おはよう、テッド君。よく寝れた?」
「そりゃもう。ありがとうございます」
ぺこりとお辞儀をしてから、机の上に並べられた小さい皿に目を止めた。

夫の分、妻の分、テッドの分にルカの分に……小さい皿追加一つ。
猫でもいるのかと思ったが、猫用なら床の上で机の上にはないだろう。
となると……子供でもいるのだろうか。昨晩遅くにお邪魔したので寝ていてもおかしくはない。
「もしかして子供がいるん、」
「わあ、おにいちゃんだぁ!」
響いたのは予想にたがわず幼い子供の声だった。
振り向くとそこには五六歳くらいの赤いワンピースを着た女の子がいた。
腕には大事そうにぬいぐるみを抱いている。
「ふたりもいる!」
嬉しそうに笑った子供は人懐っこい性格なんだろう。
笑顔でとたたたと寄ってきたので、テッドも笑顔になって腰を落として手を広げ――

華麗にスルーされた。

「こんにちはー♪」
「お嬢さん俺は無視デスカ……」
ルカを見上げてにこにこしている子供の横でがっくりとうなだれていたテッドは、部屋に入ってきた父親の一言に思わずそのまま床へダイブした。
「ピリカ、お客さんを困らせちゃいけないよ」
「はーい」


ピリカ。
ピリカってあのピリカか。
確かジョウイにロリコン疑惑を生んだ……じゃない、たしか村が焼けたショックでしゃべれなくなって、それでジョウイに懐いて結局ジルが面倒をみることになった、ええっとつまり。

「ここはトトか!」
「そうだよ?」
ピリカを抱き上げた父親が笑顔で言い、テッドは顔を引きつらせる。
トトの村は初期の時点で火をつけられた。
その命令をしたのはルカ=ブライトだ。

「……そんでもってルカは今ここにいるんだな……。ど、どうする……?」
自問してみたものの、テッドもIIは未経験だ、何か出てくるはずもない。
詳細を知っている セノとジョウイはビクトールとフリックに拾ってもらって今頃傭兵砦にいるはずだが、二人ともぶっちゃけ適当に合流するということ以外はほとんど決めていない。
何しろルカに少年隊を虐殺させないのが第一目的だったのだ。
拉致った後の事なんざ考えている余裕はなかった。

「どうしたんだい? ああ、元いた場所と離れすぎてしまっているのかな」
床に突っ伏しているテッドを見た父親は好意的な解釈をしてくれたのだが、感謝している余裕はテッドにはなかった。
「おい、邪魔だ」
上から降ってきた声に、テッドは振り返る。
「ルカ」
「なんだ」
涼しい顔で見下ろしてきた男を見上げて、顔をひきつらせた。
「……その軽く持ち上げた足はなんだ」
「邪魔だ」
「蹴るなよ!? 俺は男に蹴られる趣味はねぇ!」
慌てて後ずさると、ルカは鼻で笑って足を床に置く。
「まあ、二人ともおはよう。朝ご飯ができてるから座ってね」
「おにいちゃんたち、ここに座ってね!」

ピリカに急かされてテッドは朝食の席に着く。
黙って席についたルカが何か言いたげだったので、テッドは出された朝食を口に入れながら彼にだけ聞こえるくらいの声できっぱり言い切った。
「話は後にしろ。俺は久しぶりの山羊のチーズを味わうのに忙しい」
「……勝手にしろ」

群島には山羊がいなかったんだからしょうがない。