川とはいえど、水面が見えないほどの高さから叩きつけられたため、丈夫さが取り柄のテッドもさすがに気絶していた。
冷静に考えれば下手に起きていて溺れるよりは、気絶して流された方が賢いのだろう。
「ブハッ……に、二度としねぇぞチクショウっ……!」
なんとか肺に入りかけた水を吐き出して、テッドは手近に見えた枝を引っ掴む。
冷たい水の中に長時間いたので手はかじかんでいたものの、なんとか自分の体重を支えるにはじゅうぶ……


ボキッ


「ギャーーーーーー!!」
嫌な音がして枝が折れ、テッドはさらさらと下流へ流されていく。

テッドが自分の体重を見積もりを誤ったわけではない。
腰についている重しのせいだ。

「起きろルカ!! このままじゃセットで下流にいっちまう!」
というかこの先に待つのはデュナン湖である。
あそこは普通に非常に深い。トラン湖より深い。泳ぐなんてまっぴらだ。
重しの体とか顔とかをなんとかベシバシ叩いていると、うめき声がした。

「起きろ!」
「きさ……ま」
「早く岸へ泳げ! このまま流されてもいいことないぞ!」
傭兵砦はごめんだが、デュナン湖もごめんだ。
さっさと陸地にあがるにかぎる、と思いながらルカを岸辺へ押しやろうとしていると、伸びてきた手でぐわしと頭を掴まれ、水の中に突っ込まれた。
「がばがぐがぼが!」
「貴様……脱がせるなら胴も全部脱がせろ!」
「そんなことを突っ込むために水に押しこむな馬鹿野郎!」
「ここから助かる策はあるんだろうな! ないと言ったら……」

剣呑な色を宿した皇子の顔を見ていたテッドは、持ち前のいたずら心が刺激されてにやりと笑ってみたりした。
「ないって言ったら?」
「もう一度沈めないと思いつかないらしいな」
ぐ、と頭に乗せたままの手に力が込められたのでテッドは素直に片手を岸の方へと向けた。
「策はある」
「早く言え」
「まず水面に顔を出しつつ」
「ああ」
「大きく息を吸い込み」
「早く続けろ」
「全力で岸に向かって泳ぐ☆」
「そのどこが策だ!!」
怒鳴ったルカだったが、ぶっちゃけ他に方法はないので、テッドはさっさと息を吸い込むと水を蹴る。
腰に巻いてあるロープでつながっているルカも、いたしかたないと悟ったのか、大きく息を吸うとしばし二人は無言で水の抵抗と格闘し始めた。

そうして必死の格闘を行うことしばし。
「ふうっ……ひさしぶりに生きてるって実感するぜ☆」
「…………」
ゼエゼエと息をしているルカとつながっているロープをざっくりと切ると、テッドは立ちあがって左右を見回した。
なだらかな丘に続く川沿いに、取り立てて特徴的な建物――主に傭兵砦とか――は見当たらない。
やはりあっちに流されるのはセノと決まっているんだろう。たぶん。

「さて、ここはどーこかな」
「ノープランか」
なんとか立ち上がったルカがすっかり重くなったマントをしぼりながら尋ねてくる。
「プランもなにもイレギュラーだしなぁ俺達……あ、民家発見☆」
テッドが指さした先を睨んでいたルカが、よく見えるなと溜息を吐いた。
示した先でたなびいている細い煙は、煙突から出てくる人家の証だ。

「で?」
「おれーらはーげーんきー♪」
足踏みしつつ歌ったテッドに、ルカは真底嫌そうな顔をしたが、裸足の足で草を踏みしめる。
「……それしかなさそうだな」
「ちなみに剣はしばらく俺が預かっておくんで♪」
「……好きにしろ」
疲れ切ってきれの悪いルカを引き連れて、テッドは遠方に見える人家に向かって歩きだした。





***





どんぶらこと流されることどれだけか。
前回と違っていろいろ覚悟していたので、セノは早く目を覚ました。
「ジョウイ、ジョウイ」
横で浮かんで流されているジョウイを引っ掴んで揺さぶると、ボコボコと音をたててからジョウイも息を吹き返した。
「ゴホゴホッ……セノ?」
「大丈夫? たぶんもうすぐビクトールさんとフリックさんが引きあげてくれるからね」
「ナルホド」

というわけで落ち着いて二人は流れに流され、岸辺にとても懐かしい青が見えたので、大きく手を振った。
「すみませーん!」
「たすけてくれー!」
棒読みこの上ないジョウイの言葉か、それとものほほんしすぎたセノの言葉か。
どっちかに(または両方に)反応して、ビクトールが振り返った。
「どうした!? フリックロープくれ!」
「そらよっ!」

親切な二人に投げられたロープを掴んで岸辺に這い上がったセノは、ぽたぽたと水滴が垂れてくる前髪を横に流して、いったいなんだと見下ろしてくる二人を見上げて、聞いた。
「えーっと、傭兵砦まで連れて行ってください」
「セノ……順序おかしいよ……」
後ろからジョウイがツッコミを入れたが、ビクトールとフリックはさして不思議に思わなかったらしい。さすがだ。

「なんだお前達、入隊希望か?」
「そんなわけないだろビクトール……上流はハイランドの陣営だぞ」
「あ、そのですね。僕達ユニコーン少年兵部隊にいたんですけど、ちょっと色々ありまして。それでできればこちらに入れていただきたいなぁと……ね、セノ」
「はい、だからよろしくお願いします」
ぺこりと丁寧に頭を下げると、二人とも困ったような表情になってから――はあ、と気の抜けた声を出す。
「よくわからんが、流されてきたってことは上で何かあったんだろう」
「逃げてきたんです」
即答したジョウイにふむ、とビクトールは顎に手を当てて考え込み――三秒で結論を出した。
「とりあえずここに置いておくわけにもいかないな。入隊希望はいつでも歓迎なんだが、さすがにハイランドからきた奴をすぐに入れるわけにもいかん。当面は捕虜扱いにさせてもらうぜ。ちょいと、いごこちの悪い思いをするかもしれんが、そこは我慢して……なんだ変な顔して?」
ビクトールに顔をのぞきこまれて、初めてセノはそこで自分が笑っていた事に気付いた。
慌てて顔を引き締めようとしたけど、上手くいかない。

「どうした?」
「えっと、嬉しいんです」
「捕虜扱いとは俺達のところにきたのがそんなに嬉しいのか?」
「あまり期待するなよ。なんせ万年金欠だからな」
笑いながら踵を返したビクトールの後を追いながら、セノは隣を歩くジョウイの服の端を引っ張る。
その顔から笑みが消える事はない。

「ご機嫌だねセノ」
「うん。僕、嬉しいんだ」
何度出会っても、二人は記憶のままに優しく温かい人達だった。





***
セノ視点はほんわかしすぎます。
とりあえずテッド視点で話は進めます。