ドペッ
ドシャッ
ヌペッ
ベチャッ

「うぉぉう!?」
泥で足を滑らせて押し殺した悲鳴を上げたテッドを振り返り、ジョウイは心底うんざりした顔をした。
現在ジョウイの考えた作戦にテッドが更に修正を加え、三人で明けない夜の中での活動中である。
それなのにテッドのこのぶれないドジっ子っぷりはどうしたことか。いくつだよあんた。

「普通に仕事してくれないか」
「なんだその冷めた目は! お前俺のことなんだと思ってるんだ!」
「ヒモだと思ってる」
「グハッ」
よく分からないダメージを受けてよろけたテッドに更に冷ややかな視線を向けてから、ジョウイは水の入っている最後のバケツをひっくり返した。

道の上にひろがっていく水は、砂利すら敷かれていない山道をぬかるんだ泥道へと変える。
あらかじめここにはスコップで小さい穴を大量に掘ってある。
泥は一応穴を埋めていくものの、何かが上に乗ればずぶずぶと沈む仕様だ。

「相変わらずテッドはえげつないよね。仕事しないけど」
「お前もう一度繰り返したらご機嫌なソウルイーターで喰ってやる」
「やってみるといいんじゃないかな、たぶん僕は仕様とやらで死なないから」
「安心しろ、俺がいる時点で仕様もクソもねぇ」
すでに三回目の参加となるテッドはもちろん、ジョウイも参加は初めてなれど経験者達の話を散々聞いているのでそのあたりは把握済みだ。

身も蓋もない会話を交わしながら、二人は踏み固められた山道を無残な泥道にする事に成功した。
「これくらいかな……それにしても、テッド穴掘るの手慣れてたね」
「昨日散々穴掘りしてたからな……。ところでジョウイ、このスコップどこで手に入れた?」
「え、テントにあったから持ってきたんだけど、どうかしたかい?」
「いや、やけに手に馴染むと思ったら……いや、いい。もうこれについては突っ込まねぇぞ俺は……」
スコップの持ち手のあたりを凝視しながらぶつぶつ呟いているテッドはどう見ても不審者だ。
かなり疲れているんだろう。

「テッドさん、準備できました〜」
崖の上からセノが顔を出して準備の完了を告げる。
「じゃあ開始、だな。俺はここにいるから後はよろしく」
手を上にあげたテッドの手と自分の手を軽く合わせて、ジョウイは踵を返した。

作戦はシンプル・イズ・ザベスト……といきたかったが、ルカを相手取るのでそうもいかない。
シナリオを進めるだけなら今からでも一目散に逃げ出すべきなのだが、セノの要望が「ルカも少年兵も死なせちゃだめ」なのでその選択肢はない。
前回ルカが死ぬように仕向けた責任の一端はジョウイにあるわけだが、実際このまま話を進めたら間違いなくルカは死ぬし、少年兵達の命日は今晩だ。
これから始まるのは、その両方を食い止めるための作戦だ。

「ジョウイ、ごめんね?」
くいっと服の裾を引っ張られて振り返ると、崖を下りてきたセノが眦を下げて立っていた。
「そんなことないよ」
可愛いなあ、という続く言葉を飲み込んだジョウイは、セノの頬に触れる。
「頑張ろうね、僕も頑張るから」
「ごめんね……ジョウイ、また辛いのに」
「……ん? また?」
セノの発した言葉が気になって眉を寄せる数秒。意味を理解してジョウイは蒼白になった。

そうだった。

忘れてた。

二百年という年月は偉大である。


「ぼ、僕がやっぱり皇王するのかな……」
「ジョウイ以外に誰ができるの?」
何の疑問も抱いていない、全幅の信頼を寄せる視線を受けて、ジョウイは膝から崩れ落ちた。
IとIVをやり直した奴らが同じ陣営だったから、すっかり大前提が頭から抜けていた。
というか、頭にはあったが前提になっていなかった。

――僕とセノは敵陣営だよ!!

「大変だと思うけど」
「セ、セノ、僕も君と一緒に」
「頑張ろうね! 離れ離れでも今度はずっと味方だってわかってるから、逆にすっごく頼もしいよ!」
「そうだね! まかせて!!」
パーフェクトに愛くるしいセノの笑顔にうっかり胸を叩いて賛成してしまったが、今回は前回同様ほぼずっと離れ離れになるのに加えて、更に色々厄介な事になる未来が待ち構えているという事を、ジョウイは理解していなかった。
この時点で分かっていたら、全力で逃げ出していたに違いない。

「これからどうするんだっけ。とりあえずハイランド軍が来るまで待てばいいんだよね」
「確かテントで寝ていたら奇襲があったわけだから……テントで寝てればいいのかな」
さてどこが自分達のテントだっけと彷徨い、ラウドのテントにうっかり踏み込んで怒鳴られたりしながら、二人はようやく最初のテントへと辿り着いた。

「ジョウイ、寝るよー?」
「ああ、うん」
布団にもぐりこんだセノに生返事をして、ジョウイはテントの端を漁る。
目的の物を見つけ出したので、満足してセノの横に滑り込んだ。
「何を探してたの?」
「ちょっとね。おやすみ、セノ」
「? おやすみ、ジョウイ」
横になったものの、ジョウイは寝ないままセノの寝顔を眺めつつ時間が経つのを待つ。
二人がごたごたやっていてもちっとも夜は更けなかったが、今は夜半を過ぎた頃だろうか。
外に放置しているテッドは……まあジョウイがこの格好で平気なのだ、問題あるまい。

すぐに手が届く位置に見つけておいた自分の武器を置いて、静かに呼吸を整える。
しばらくして、複数の馬の嘶きが聞こえた――奇襲だ。
奇襲を知らせる叫び声はなかったものの、複数の馬の嘶きがあれば襲撃を知るには十分だ。
少年のみで構成されたこの部隊は、馬をほとんど持っていない。

「セノっ、起きて!」
「う……? うん、起きた」
目をこすりながらベッドから降りたセノは武器を握って、追加で小さく欠伸をする。
「セノ……もしかして君、本当に寝てたのかい?」
「うん、お布団気持ちよくって」
「……そう」

さすが天魁星。現デュナン王。
予想の斜め上に大物すぎる。
まぁ、セノだからなのかもしれないが。

外に走り出た二人は、盛られた土と崖の上から落とされた丸太によって狭められた道と、そこを無理に突破しようとして泥と穴に足を取られた馬と――そこから振り落とされた兵士達とご対面した。
泥道に投げ落とされた上に転がったのだろう。白狼軍の象徴でもある白い鎧が泥まみれだ。その姿はまるで――
「うん、考えておくべきだった」
ごめんなさいと一応呟いてから、ジョウイは容赦なく爆笑した。
「あはははははははは!」
「ジョウイ笑っちゃだめだよ! あの鎧磨き直すの大変なんだから!」
「いやいや傑作だぜさすが俺☆ インスタントゴーレムの量産だ♪」
ご機嫌な声が背後から響き、ジョウイは振り返る事なく武器を構えた。

「ところでテッド」
「なんだジョウイ」
よたよたこちらへと向かってくる兵士達は、申し訳ないがここで経験値に変換される。
そのためにはもちろん戦闘がいるのだが。
ジョウイはさくっとテッドに事実を告げた。隠しても意味がない。

「僕とセノ、紋章はあるんだけど」
「継承済みかそれはよかった」
「レベル二なんだ。王国兵が二十くらいだから……」
「なんだその無理ゲっぷりは!?」
「本来ここで戦う相手じゃないからね。で、数回戦えば相当経験値入るし大丈夫だと思うんだけど、問題はその数回なわけでね」
手持ちのアイテムはおくすりと火炎の札。
紋章はレベル一が二回までしか使えない。
今よろめいている一人を死ぬ気で袋叩きにすればなんとかなるかもしれないが、ここにもう一人いるのだからもっと楽な方法をとらせていただこう。

「最初に言えよ! こっちが袋叩きにあうじゃねーか!」
「まあ落ち着いて。幻水IIにはIのコンバートがあるんだけど、何かいいもの持ってない?」
聞いたジョウイにテッドは目を瞬かせてから、ぺたぺたと自分の体をまさぐって、申し訳なさそうな顔をした。
「すまんジョウイ、俺もレベルが五に下げられている上に武器レベルも三になってる」
「容赦ないなコンバート……。アイテムは?」
「んなこと言ったってたいしたもん持ってな……あ、マスターローブ装備中」
ぴらりと装備品の裾を持ち上げたテッドは、その発言の意味を理解していないのだろう。
未経験のテッドは知らないだろうが、マスターローブの性能はIIで強化されている。

「前衛はまかせたテッド」
「ちょ……俺の防御成長率はカスだぞ!?」
「大丈夫だ。そのマスターローブはHPを毎ターン十回復してくれるから」
「!?」
ジョウイの言いたい事を察したテッドが固まったのをいい事に、セノと一緒に彼の後ろに引っ込んだ。
盾役が決まれば話は早い。
「まかせたテッド!」
「ふざけんなぁああああ!!」
絶叫したテッドだったが、よろめきつつも王国兵が振りかざした剣はすぐそこだった。