ふと気付くと、そこはテントの中だった。
テントの中に無造作に置かれた物資の中の、簡易な兵士服が目に付いた。
今は亡き国のエンブレムが縫い付けられた兵士服だ。

「…………」

ここはどこでしょう。ここはわかりません。
これは何でしょう。これはハイランドの紋章です。
ということは、ここはハイランド由来の施設です。
つまりここは……

「あぁああああああああああ嘘だろう!?」
突っ伏して呻いていたテッドは、外に気配を感じて、慌てて並んだベッドの後ろに隠れた。
入ってこないでくれという心の声は無視され、気配はどんどん近づいてくる。
そして聞こえてきた声に、恐怖が全力で走り出した。

「どうしてここなんだいセノ」
「なんか気になる気配が」
「気配?」
「うーん、よく知った感じって言うか……」
 よく知った感じならこっちもしている。
「……セノ、ゆっくりでいいから。僕にもわかるようにきちんと話してくれるかな」
「そんなはずないと思うんだけど、ソウルイーターの気配がこのへんから……」
「ぎゃぁあああああ!!」
響いた絶叫に、ベッドの陰に身を隠していたテッドも声にならない絶叫をあげたくなった。

おそるべしセノ。
そしておまえも一緒かジョウイ。
ということはここは、もしかしてしなくてもしてもいやきっと。

「知らなかったことにしようかセノ!」
「でもシグールさんかもしれないし」
「だから僕は嫌なんだ! テッドでも嫌だけど!」
「悪かったな!」
思わず叫び返してしまい、テッドは青ざめた。
オーケイ、落ち着け俺……もう遅いがな!!
「あ、テッドさんだー。どうしてここにいるんですか?」
「ははははははははははは、どうしてだろうなあ」
「テッド、目が死んでるぞ」
「俺は本来この時代には存在してないんだよ!」
自棄になって叫び返したテッドは、涙目になりながら我が身に降りかかった理不尽さを呪った。
これはもう呪っていいだろう。

今までの強制参加は別にまったくちっともよくはないが、仕方がなかった。
メインは天魁星共だろうが、巻き込まれるこっちは本当にいい迷惑だったが、過去の自分の過ちの尻拭いなわけで、仕方がないと諦められもした。
だが! だがしかし!

「これは理不尽すぎるだろ!?」
絶叫したテッドに、ジョウイが憐れみの眼差しを送ってきた。ちくしょう。
今までの経験を総合すると、スタート地点は運命が分かれたある一点になり、一緒に巻き戻された面子はその時、その時代にいた場所に配置されている。
テッドが巻き戻った時間はジョウイ達と同じかもしれないが、当時のテッドはIでさらさらと灰になっていたせいで、本来どこにもいなかったはずである。
正確に言えば、ソウルイーターの中で冬眠中だったはずである。
「そうか……なるほど、どこにもいないのならばどこに置くのも自由か……ふふふははははははははははははははははふざけるな!!」
「テ、テッドさん落ち着いてください」
「落ち着けるかセノ! 責任者を出せ!」
「僕もちょっと前に叫んだからね。諦めようよテッド」
ぽん、と肩に手を置かれてテッドは嫌な予感を交えつつ、ジョウイの顔を見つめた。

「お前……諦め早いな」
「僕も二百年も理不尽な目に遭ってれば学ぶし、ぶっちゃけごねている場合じゃないんだ」
「…………」
待ってくれジョウイ。そのいい笑顔はなんだ。
身構えたテッドの肩にジョウイはとてもいい笑顔のまま、両手を置く。
それは間違っても「そっと」と形容されるものではなく、むしろ爪先が食い込むくらい強かった。

「これは幻想水滸伝IIだよな」
「そうだな?」
「天魁星、もとい主人公はセノだ」
「……なんかメタ世界の会話になってきてるが、了解はしてるぞ」
回りくどいジョウイに少し苛々してきたが、これから明かされる真実の方が怖い。
耳を塞ぎたかったが、何かがそれを許さない。

「これは天魁星のための二周目だ」
「前の二名曰くそういうことだな」
「シグールは父親を助けたりとか、クロスはグレン団長を助けたりとか、してるよな」
「そりゃまあ――」
シグールにとっての父親は――父親である。他に理由がいるだろうか。
クロスにとってもグレンは父親のようなものだろう、などと言えばリノが泣くかもしれないが、実際最もクロスを気にかけていた年上の男性は間違いなくグレンだ。
二周目で存在を忘れて置いてきぼりにしたりしていたが、クロスもグレンを父親のように慕っていた、はずだ。

だがセノには父親はいないし、母親もいない。
育て親もとうに亡くなっているはずで、彼を助けるのはさすがに無理というものだ。

「セノは誰を助けたいんだ?」
セノにとって大切な人、で思い浮かぶのはナナミとジョウイだが、この二人は前回と同じように事を運べば問題ないし――そもそも今回のジョウイは殺しても死なないだろう。
「……セノが助けたいのはね、」
一拍置いて告げられた名前に、テッドは目をひんむいた。
全力で首を振って否定する。

「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや、無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理」
「そう言わないでなんとかしようなテッド、一緒に」
にこやかな笑顔と共に付け足された一言に、テッドの血の気が引く。
「一緒に!?」
「そう、だから今から僕と一緒に『ルカ=ブライトを助ける方法』について頭を悩まそうじゃないか」
爽やかに言い切って白い歯まで光らせたジョウイの顔面に拳を入れたくなったテッドだったが、やや下から目をキラキラさせて見上げている小動物の視線になんとかとどまった。というかとどまらざるを得なかった。

「テッドさんも手伝ってくれるなら、きっとうまくいきますね!」
「……………………マカセトケ」
視線を逸らしながらも請け合ってしまったテッドの逃げ道はこれで完全になくなったが、たぶんそもそもそんなものはどこにもなかったんだろう。

「……で、俺は面識がないから聞くが、ルカってのは実際どれくらい強いんだ」
今までルカの化物じみた話については話半分で聞いていた部分があるので、正確に把握しておきたい。

テッドの質問に、ジョウイとセノは視線を交わす。
「えっと、ジョウイの罠にかかって攻めてきたルカを、ビクトールさんとフリックさんと僕が率いるチームでよってたかってタコ殴りにしてから、ジョウイが仕掛けておいた罠に引っかかって足を止めたルカをシュウが物陰に潜ませておいた弓兵で遠距離から攻撃しまくって、ぼろぼろになったルカと僕が一騎打ちしたんです」
「……つまり、六×三人に弓兵にさらにセノの全力でようやくなんだな? 誇張はないか? 昔すぎて思い出が美化されてないか?」
「忘れもしない現実だ」
「…………」
二重三重の罠を張って、それか。テッドは冷静に考えてちょっと眩暈がした。
「ちなみに戦争だと、ルカは一撃で複数の隊の首をもっていくよ……」
防御とか考えるのもばかばかしいくらい強いよ、と言って、ジョウイは声を潜める。

「あと参考までになんだけど」
「なんだ」
「攻略本によるとルカのレベルは五十四だ」
「攻略言うなよ!」
「その後に戦うネクロードが五十なあたりから色々と察してくれ」
「…………」
狂皇子の名前はやはり伊達じゃないらしい。
頭を抱えたテッドに、セノが眦を下げた。
「幻水どころか、RPG全体でも屈指の敵だそうですから」
「……ソウカ」
がくりと項垂れたテッドは、深く溜息を吐いて眉間をほぐした。
ここで折れてはいられない。まだ先は途方もなく長い。

「とりあえず、今夜の襲撃は阻止すればいいんだな」
「そしてどこかにルカを拉致監禁したい。今後ルカが同じようなことをしでかさないように」
「だが俺達は、現状あいつを拉致も監禁もできない状態なわけだ」
「レベルがレベルだしね」
三人合わせても二桁に手が届かない現状を考えると、どうあがいてもルカを拉致する事も監禁する事も不可能だ。
王国兵は作戦その他でなんとかする事にしても、三人で殴りかかってもルカを倒せる気がしない、本当にしない。
という事は、隙を見て気絶させるか、その場でなんとか言いくるめるなり説得するなりして拉致するしかない。
……どちらにせよ逃亡ルートは滝からになるだろうから、拉致には変わりないな。

「……ハイランド軍に入って、ルカを上手くコントロールとかできないか?」
「無理。無駄。無謀。無意味」
テッドのせめてもの案はきっぱりとジョウイに否定された。非常に実感がこもった否定だった。
そうか……前回頑張ったんだなお前。
「天魁星パワーでどうにかなるとも思えないんだけど」
「攻略対象外キャラってことだな」
「……テッド、けっこう自棄だろう?」
憐れみの視線を向けられて、テッドは横に視線をずらした。
これで自棄にならないわけがない。
 


***
一本釣り。