キャロに着いてアイリ達と別れて早々、セノとジョウイはそれぞれのフラグを立てに行ってしまった。
残されたのは二人きり。

「…………なあ、ルカ」
「なんだ」
背後にいるはずの相手に声をかけると、ひやりと冷気が肌を撫でる。
いくら山間の保養地だからといって、普段セノが半袖、ジョウイがノースリーブで駆けまわっている気候だ。
間違いなくそんなに寒くはない。

「いや、お前やたら真面目について来たが……」
「茶番はここで終いだ」

愉快そうな笑い声を喉の奥で押し殺すとともに、ルカの殺意がテッドの背中をなぞり上げた。
もちろん突っ立っていい的になるわけもなく、テッドは振り向いてルカと十分な距離を取って対峙する。
「街中で剣を抜くのは馬鹿だろ」
「ここは俺の国だ。キャロには軍も常駐している」
勝ち誇った笑みを浮かべたルカの前でテッドは溜息を吐いた。

敵国にいる時は静かに、自国に戻れば派手に。
下手に警戒されないように今まで大人しくしていた振りをし、流されてキャロに足を踏み入れたように見せかけた。
ここで剣を抜いて誰かが軍を呼んだとして、それはルカにとって願ってもない事だろう。

ここでルカを放置してテッドだけ逃げる事はできるが、それでは今後の計画に支障をきたす。
セノの願いは「ルカを生かして救うこと」だ。
ここでルカを逃がしてしまえば、せっせか穴を掘って丸太を転がし男なんぞと崖から心中もどきをした意味がなくなる。
ルカを助けるにはハイランドには戻せない。戻してしまえば今後ルカをこちらへ引き込む手がない。

「大人しく従ってくれねぇかなあ」
「意味のない独り言はあの世でやれ」
剣を構えたルカは悠々と笑っており、絶対的優位を確信しているのだろう。
確かにルカは剣を持ちテッドは丸腰、体格差もかなりのものがあるが。

「……なぁルカ。お前、俺達が何者なのか知らないままでいいのか?」
「そんなもの、捕らえて吐かせればいいだけのことだ。お前ではなく、残り二人のどちらかだけでも残れば十分だろう」
「…………」
ごもっともです。
テッドがルカの立場ならそうする。間違いなく。

ふむ、と考えながらテッドは右手をわきりと動かす。
「さすがに面倒とか言ってらんなくなってきたかね……。俺としてもルカを殺すのはセノに恨まれるからできねーし」
「この俺を殺すだと?」
嘲りを浮かべるルカに、テッドはついてこいとキャロの外へと出た。


ルカは剣を抜いたままテッドに従う。
ここまできて己の優位は揺らがないと思っているが故の油断だろう。

「ふん、町の外なら俺を倒せるとでも?」
「百聞は一見にしかずってな……あれでいいか」
たまたま二人の前に出てきたモンスター目掛けてテッドは紋章を「解放」した。

現在のレベルでは使えるのはレベル1魔法のみである。
それでは威力に欠けるので、ここはさくっとレベルに関係ない威力を晒してざっくり話をまとめにかかった。
前回のように追われているわけではないので、紋章を解放するのにも躊躇いは一切ない。気楽である。


一瞬で跡形もなくなったモンスターに驚愕しているルカを振り返って、テッドはにやりと笑みを浮かべる。
「なあルカ、お前真の紋章って知ってるか?」
「……ここでその存在を持ち出すということは、お前はその持ち主なのか」
「……お前頭の回転いいな。すげぇ楽だ」
これは残りの部分の説明も楽な気がする。

「仕方がないからこの間ぼかしたところを教えてやろう。今から俺が話すことはどんな荒唐無稽に聞こえたとしても純然たる事実だ」
「……前置きはいい。とにかく話せ」
憮然としたルカに頷いて、テッドは今までのテッド達の身に降りかかったことを簡単に説明してやった。

説明をする間、ルカは終始無言だった。
「……つまり、整理すると貴様らは一度この時代に生きていたことがある、と」
「おう。だからセノや俺はお前の素性を知ってる」
「その時はセノが都市同盟をまとめ、ハイランドを滅ぼし、統一されてできた王国は二百余年続いている……」
「ああ」
二つの国はまとまった。
今、そして過去にも長きにわたって争い続けているこの場所は、二百年後には一つの王国として栄えている。
「今」しか知らないルカにとって、その「未来」はとても信じられるものではないだろうが。

「……ひとつ、不可解なことがある」
「なんだ」
「なぜ俺を助けようとする? 前回がうまく行ったのであれば、今回も同じ道筋を辿ればいいだろう」
「それは俺じゃなくてセノに聞いてくれ」
セノはルカを生かす事にかなり重きを置いているようだった。
彼はルカと話をしてみたかったからと言っていたが、その本当のところの理由をテッドは知らない。
テッドはそれが天魁星の望みであるならばできる限り叶えてやるだけだ。

「お前がこっちについた場合のシナリオはすでに構築済みだ」
「ほう?」
「その場合、お前は国を追われた皇子になる。前回もそうだったが、ジョウイの奴が出世街道駆け上がってあの国を乗っ取るからな……お前は国を取り戻すべく奮闘するってわけだ。いい話だろ」
「…………」
「ただ、もしお前が俺達の提案を蹴ってハイランドに戻るっていうんなら、セノの反対を押し切ってでも俺はお前を消す」
テッド達の存在をハイランド側に漏らされると色々と厄介だし、ルカがあちらで色々やらかした時の被害を食い止めるにはそれが最善手だ。

「セノと話すなら町の奥の道場に行ってこい。返事はその後でいい」
「……わかった」
一言吐いて、ルカは町の中へと入っていった。
剣はすでに鞘へと戻されている。


一人残ったテッドは、その場で頭を抱えてうずくまった。
「……どうする俺」

さっきは言い切ったが、ルカがこっちについた場合のシナリオなんてさっぱりである。
つまりは大嘘である。

「ジョウイの出世は途中までルカの後ろ盾があったからだぞ……今回ルカいないのにどうすんだ……」
ルカが答えを見つけてくるまでに、なんとかしなければならない。
「やっぱり無理☆」なんて言ったら本気で首を取りにこられる。

「頑張れ……頑張るんだ俺の灰色の脳細胞……!!」
いっそルカが断ってくれればぱっくりいけて楽なんだけど駄目だろうか。