「責任者を出せ!」
「……ジョウイ、誰に言ってるの?」
「……なんとなく言いたくなったんだ」
叫んだところでどこからも返事もなければ、周りに不審に思われるだけだが、言わずにはいられなかった。

セノとジョウイがいたのは、住み慣れた自宅ではない。野外でもない。それに近いものではあるけれど。
二人がいるのは、小さなテントの中だった。
外ではいくつかの人の気配がする。
そしてテントの中に置かれた武器に彫られた紋章で、ジョウイはなんとなく自分の置かれた状況を把握した。

もしシグールから、クロスから、この話を事前に聞いていなければ、そんなバカなと二度寝を決め込んだに違いない。
あるいはパニックになっていただろう。
けれどこれは夢でもなければタチの悪い冗談でも――冗談なのか。これは。
「ジョウイ」
「どうしたの、セノ」
「シグールさんの言ってた通りの手紙があるよ」
ほら、とセノが差し出したのは、少女が好みそうな柄のかわいらしい便箋だった。
ナナミが見たら喜びそうだとやや現実逃避気味に思う。
丁寧に折りたたまれたそれを開くと、花の絵をあしらった紙に記された文面はたった一言。


『好き勝手にどうぞ☆』


「…………」
なるほどこれは頭にくる。というかイラッとくる。あの二人が丸めて投げたのも頷ける。
ジョウイも分かっていても同じ行動に出た。
「だめだよジョウイ、ゴミをポイ捨てしたら」
ジョウイが地面に叩きつけた紙を拾って綺麗にたたみ直して木箱の上に置いたセノに、ジョウイは乾いた笑みで返す。
「そうだね……まぁ、まったくのゴミってわけでもないんだろうけどね……」
むしろ呪いの手紙の類じゃなかろうか。

ジョウイは布張りの天井を仰いで溜息を吐いた。
――さて、どうしようか。

シグールとテッドとルックとクロスから話を聞いた時は「絶対やりたくない」と断言したが、もちろんできる事なら今からでも遠慮したいが、起こってしまったものはもうどうにもならない。
ごろん、と体を固いベッドに横たえる。

本当に、なんてタチの悪い冗談だ。
まだユニコーン少年兵部隊……今夜自分達の上官に全滅させられる隊に所属していたところからやり直しだなんて。
セノもジョウイの横に寝転がり、どうしようねと自分の右手を見ながら言う。

手袋を取ったセノの手の甲にはこの二百年間ですっかり見慣れた紋章があって。
ジョウイの右手にも、やっぱり見慣れた紋章があった。

輝く盾の紋章と。

黒き刃の紋章が。


「これを宿した状態でここからスタートか……」
「ねえジョウイ、このままだと、今夜ここにルカがくるんだよね」
「…………」
耳にする度にいまだに苦い思い出がお互いの胸を過ぎる名前を聞いて、ジョウイは眉を寄せる。
あと数時間でここは死体で埋め尽くされる。
そして、この事件を引き金として、ハイランド王国と都市同盟の戦いは激化して、セノとジョウイはその中心へと引きずり込まれていくのだ。

「このまま逃げたらどうなるんだろう」
「だめだよ!」
ぼそりと言ったジョウイの言葉に対して、すかさずセノが反論した。
「そんなのだめ! ユニコーン隊の皆はどうなるの?」
「……そうだね。セノならそう言うと思った」
予想通りの返事にジョウイは笑う。

セノと二人だけでここから逃げ出して、ナナミをキャロから連れ出して。
三人で遠い遠い土地へ行って暮らせば、きっと今度は巻き込まれない。
自分達の知らないところで、戦争は始まって終わるのだろう。

だけどセノは、このままでは今夜ここにいる少年兵達が死ぬのを知っている。
ジョウイは彼らとセノと秤にかけてあっさりと少年兵達を見捨てられるが、セノはそれができない。
そんなセノだから。

「じゃあ、時間はないけど考えようか」
「……うんっ!」
「どうしたら皆を殺さずに逃がせるか……うまくいけば戦争も起きない……とは言いにくいんだよね……」
ここで仮に部隊の全員をどうにか説得して逃がすとして、もしそれがうまくいったとしても、ルカはきっと違う手を打ってくるだろう。戦争を始めるための一手を。
セノとジョウイが知っているのは「ユニコーン少年兵部隊の全滅が休戦協定を破棄させ双方の戦いを激化させる引き金となった」未来であって、ここでユニコーン少年兵部隊が全滅しなかった場合、ルカがどう動くか分からない。
まだまだ先が長いこの序盤で大きく盤面を狂わせてしまうのはできれば避けたい。

「その点シグール達はうまくやった……のかな?」
「ジョウイ、どうしよう?」
「待ってね……今考えるから……くそうこういう時テッドがいると便利なんだろうな……」
長らく参謀役をさぼっていた自分の頭を恨めしく思いながら、随分と時間を使って、ジョウイはなんとかひとつの策を導き出した。
 




***





「……ふあ、おはようジョウイ」
眠そうに起き上がったセノは、周囲を見回して目をぱちくりさせた。
「あれ?」
「セノ、大丈夫だよ。なぜかまだ夜だから!」
「……あれ?」
そこでセノはようやく状況を察して、首を傾げている。

ジョウイが頭を抱えて考えている間にセノは眠気に負けてうとうとしてしまっていた。
寝ていた時間はそれほど長くはないが、それでも空が白み始めてもおかしくない程度に体感時間は過ぎていた。
それなのに、まだ外は明らかに夜ど真ん中なのだった。

「ジョウイ、これどういうこと?」
外に出て確認してきたセノに尋ねられ、ジョウイは答える。
「これが『フラグ』ってやつらしいよセノ……」
「えーっと……何かしないと朝にならないの?」
「そう。朝が来る前にルカが来るわけなんだけどね……」
「……うん」
「まぁ、正直僕らの今の実力でルカを止めるのはちょっと難しいんだよなぁ……」
シグール達の話のとおり、セノもジョウイも当時ままのレベルと装備に戻っていた。
経験による優位が多少はあるとしても、あのルカの前では無意味に等しい。
「……一番楽なのは、向こうも相手が子供ってことで油断してるから、ここでルカを暗殺しちゃうことなんだけど」
「だめだよ」
言いかけたジョウイに、セノは強い口調で告げて、首を横に振った。
「殺しちゃ、だめだよ」
「セノ?」
「ルカを殺しちゃだめ」
「セノ、まさか」
「……ジョウイ。こんなこと言って、無茶かもしれない。けど、僕はルカを殺したくないんだ」
「…………」
セノの言葉にジョウイは言葉を失った。

誰も傷つけたくない、殺したくない。
この二度目の戦いでセノが誰の救済を望むのかと考えた時、ジョウイはユニコーン少年兵部隊の仲間やアナベルを思い描いていた。
しかしセノは、違った。

「あの時の僕は、ルカのことを何も知らないまま、殺してしまった」
「違う! ルカを殺したのは」
「僕の軍で、僕の命令だよ」
断言したセノに、ジョウイは蒼の目を細めた。
ジョウイ達が飛んできたのは、デュナン統一戦争の二百年以上後だ。
この戦争は遠い昔で、けれどもとても近い過去でもある。
たくさんの後悔もしたし、けれどもその末に手に入れたものは、かけがえのないものでもある。

「僕だって、ルカのことは……だけどね」
「ジョウイ、僕はちゃんと、知ってるんだ」
知ってるんだよ、とセノは言った。
「僕は知ってるんだ、ルカがこの夜を、ユニコーン少年兵部隊を全滅させた事件を期に『狂皇子』と言われるようになったこと。それまで彼にそんな二つ名はなかった」
「…………」
当時はジョウイもセノも何も知らなかったが、二百年の間に多くの歴史家がこの戦争を歴史書に記してきた。
その中で、ルカ=ブライトという狂皇子の姿が、当時とは違う解釈と共に語られる事も増えつつあった。
もし、今夜を境に『狂皇子』と呼ばれるようになったルカが、『狂皇子』と呼ばれない選択肢を見つけだす事ができるなら。
「ルカを殺したくない。だから、ルカに殺させたくないんだ。わかる、よね」
「……わかるよ」
声を震わせたセノに、ジョウイはそう返すしかない。
「あの時と同じになったら、僕はルカを殺さなきゃいけない。沢山の人を殺したルカを。でも、その前なら……今なら、まだ始まっていない今なら……ルカが『狂皇子』になるのを止められるかもしれない」
「…………」
「頑張ってみたいんだ、ジョウイ」
まっすぐにジョウイを見つめて言い切ったセノに、ジョウイは折れた。

先達者のシグール様曰く、これは「天魁星の天魁星による天魁星のための二周目」なんだそうだ。
ならばセノが望むままにやらせてあげるべきだろう。
そしてジョウイは、セノのためにならば全力で動く事を厭わない。

「なら、まずはルカがここまでこれないようにしようか。それが一番簡単だ」
「足止め?」
「そうだね。どうせここまでは馬だろうから……」
用意してきてほしいものがあるんだけど、とジョウイが言うと、セノは笑顔で頷いた。
「がんばろうね、ジョウイ」
「とりあえず樽に水。たくさんね」
「うん!」
パタパタとセノがテントを出て行くと、盛大な溜息を吐いてジョウイは呟いた。
「僕は君の笑顔のためならなんだってできるよ」
ただ、戦争は起きるだろう。
きっと、起きてしまうだろうし、起こすしかないだろう。
「色々考えたけど……僕はテッドには、なれないな」
なりたくもないが、なろうと思ってもなれなさそうだ。

「仕方がないね」
呟いて、ジョウイはぐるりと肩を回した。
「さーって、穴を掘りに行こうかな。スコ……ップがなぜかあるからこれにしよう」
妙に使い込まれているから、たぶん誰かのものだろう。
これからの作業に丁度いいので拝借して、ジョウイは二周目へ一歩を踏み出した。
今手に取ったスコップがすでに二つの歴史を経験してきた伝説のスコップだとジョウイは知るよしもないし、スコップも今後己が何に使われるかは知るよしもない。



***
というわけで「ルカを殺さずに目指せED!」が今回の目標です。