そこは広い庭園だった。
そしてその庭園の奥に――彼は立っていた。
「解放軍のリーダー、シグール。よくここまで来てくれた」
シグールは無言で武器を構え、仲間達もそれに倣う。
「見るがいいこの庭を……花咲き乱れる美しい場所だ」
「僕は初見時に枯れてるのかと目を疑ったけどね」
「そういうツッコミはやめんかルック」
「だって一面茶色じゃん。明らかに色彩設定ミスだよね」
「ラストバトルの場が色鮮やかでも微妙だろうが」
こそこそ話しているテッドとルックの前で、バルバロッサが――


「……ゴールドフラッシュ☆黄金竜に変身よ♪」
「落ち着いてテッド、ツッコミがおかしい方向に行っているわ」
オデッサの手が肩に置かれたが、これは誰でも突っ込むと思う。
さぁ皆、大声で。


「なんでただの人が竜になるんだ!?」
「竜王剣の力です」
「おいこらシグール、ちゃんと説明しろ!」
「あれ覇王の紋章の効果らしいよ」
投槍に答えたシグールに、テッドは米神を揉みほぐす。
頭痛がしてきた。

「……ある意味もっともチートだな」
人を竜に変えてしまうってどんだけだ。
しかもイメチェンのレベルをはるかに超えている。
「手ごわそうじゃねぇか」
ビクトールが冷や汗を浮かべながら呟く。隣のフリックも真剣な眼差しで黄金竜を睨んでいた。

元が人とはいえ、三つの頭を持つ黄金竜がチョロイ相手だとはテッドも思わない。
このレベルと装備と六人中四人がチートに回復水の紋章片装備者♪ であっても、攻撃力が大幅に増しているわけではないからだ。
そして気合の入った戦闘曲は通常ボスと同じだが、やはり緊張感は高まる。

長丁場な戦いなのを覚悟して、シグール++(この名前どうにかしてくれ)を嵌めた拳を握り締めたのに、背後にいたシグールはガスリと棍を隣の花壇に突き刺した。



「じゃあ皆さん、さっきの袋を取り出してください」


言われるがままにテッドは袋を取り出す。
……もしかしてこれで殴りかかれと言うのだろうか。
いや、もちろん痛そうではあるが……所詮小銭の詰まった袋だ、先に袋がだめになりそうというか、竜の息吹で焼かれそう……。


「片手を袋の中に入れて、小銭を掴んでください」


言われるがままに手を突っ込んで、小銭をがっつり握り締める。
まさか……これって……。


「じゃあ皆さんいっせいに。コマンド、「おかね」!!」





解説しよう!
「おかね」コマンドというのは幻想水滸伝特有のコマンドであり、いくらかの金銭を払う事でモンスターから確実に逃走できるという画期的なシステムである。
ではあるのだが、ぶん捕られる金額がハンパではないため、ただでさえ終盤まで(さえ)金のやりくりに苦戦するこのシリーズで多用する人もいないだろう。
というかほとんどの人は使わずに終わらせるのではないだろうか?
「にげる」や「にがす」を使えば大抵逃げれるわけだし、というか「おまかせ」でぶちのめした方が早いし。
もちろんこの手の戦闘終了はRPGの常識として、ボスには効くわけもないが……。

とテッドが考えていたのは実際一秒以下で、仲間に一瞬だけ遅れて彼も全力で袋の中身を黄金竜に向かって投げていた。



ボス戦闘曲が止んだ。















「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
崩れたバルバロッサを、シグール以外は呆然と見ていた。
ちょっと待て。



今、

何が、

起きた?



「皇帝陛下!!」
駆け寄ってきたカシムはたぶん今の光景を見ていないのだろう。
見ていたら仲良く固まったはずだ。
「カシムか……」
バルバロッサが息絶え絶えの風情で答えるのを、テッド達は無言で見ていた。
というかあまり目に入ってはいない。

いやだって……コマンド「おかね」だぞ!?
そんな、雑魚モンスターならともかく、あんた本編のラスボスだろう!?
わざわざ真の紋章まで使って変身しておいて……「おかね」一発で終了!?
「厳密に言えば一発じゃなくて、連打なんだけど」
真っ先に我に返ったテッドが全力でツッコミを入れると、シグールは笑顔でブイサインを作る。
「秘儀☆銭投げ!」
「違うだろ!!」
思わず軍主の頭をしばき倒していると、白い光が視界の端に見えた。
……ウィンディだ。

「…………」
「…………」
無言でテッドとウィンディが睨み合って(?)いると、シグールがくすりと笑って片手を上げた。
「…………」
ウィンディは塀の上に現れ、そこから動く気はないらしい。
まあ……無理もないだろう。あんなに見事に落とされてちゃあな。

場を仕切りなおすようにウィンディはこほんと咳払いをして、余裕綽々な笑みを作った。
「なんだい、負けてしまったのかい。黄金の皇帝の名が泣くよ」
「おのれぇ、貴様、皇帝陛下を侮辱することは許さんぞ!」
「お馬鹿さんねえ」
ウィンディが白い光を放つと、カシムはその場に倒れる。
それを見てウィンディは高笑いをした。
「はははははは、さあ、次はあんた……とテッドの番だよ、シグール」
「待てそこは俺を入れるな」
思わずツッコミの動作付きで突っ込んだが、シグールは動じず一歩前に出た。
「ウィンディ」
「な、なに?」
「ソウルイーターがあなたを選ばない理由、まだわからないの?」
「呪われた紋章は私にこそ相応しいではないか!」
わかんないかなぁと溜息を吐いて、シグールは隣にいたテッドの肩を叩く。

「ソウルイーターに限らず、真の紋章ってのは宿主を気に入らないと宿主はとっとと死んじゃうよね?」
「それは……そうだが」
「僕が今の宿主。で、テッドが前の宿主……本当にわからないの?」
首を傾げたシグールに、ウィンディは唇を噛む。

テッドも内心首を傾げた。
なんだろう、魂の素質とかだろうか。
魔力ならウィンディがテッドやシグールに劣っているとも思えないが……。

「まったく……長年追ってる紋章の研究くらい、ちゃんとしなよね」
「なっ……なによ!」
一呼吸おいて勿体つけてから、シグールはピシリとウィンディを指差して、大声で言った。
「ソウルイーターは、美少年好きなんだ!」

ドーン

……そんな効果音が聞こえた。
ちなみにテッドはその場でコケた。
「だからねウィンディ、あなたは絶対ソウルイーターを手に入れることなんかできない」
無駄な事はやめるんだね、と笑ったシグールにウィンディは叫ぶ。
「そんな――そんなことはない!」
まあ……そりゃあそうだろう。
当然の意見である。
何百年もソウルイーターを追ってきてオチがこれじゃあ、あんまりだ。
テッドにとっては人生通しての敵のはずなのに、同情したくなってきた。

「もういい、やめるんだウィンディ」
絶望(?)と怒り(?)に震えているウィンディをバルバロッサが止めに入り、後は昼ドラ的展開で誰も止められないまま二人は落下していってしまった。





呆然としている一同の前に、ふわりと光がまた光る。
それはウィンディのものではなくて、テッドにとっては見慣れたレックナートの光だ。
「シグールよ……満足しましたか?」
「え、もう終わり?」
棍を土から抜いたシグールが眉を顰めると、レックナートは重々しく頷いた。
ちなみにレックナートとシグールとテッドとルック以外のメンバーは景色も含めて固まっているから、これは時間が止まっているんだろう……なんだそれ。
「ちえー。黒フンで飛び込むサンチェスとか見たかったのに」
「………………戻りますよ」

ん? とテッドとルックは顔を見合わせて、次の瞬間レックナートに詰め寄った。
「ちょっと待て」
「じゃあ今回の黒幕は」
お前だったら容赦しねぇぞという意味の表情を浮かべている二人に、レックナートは首をぶんぶんと横に振った。
「ち、違います!! 私はただ戻り方を知っているだけです!」
「チッ……」
「まあ、これで元に戻れるな……行こうぜシグール」
「待って、これだけ言いたい」

シグールは急かすテッドを制して、胸を張って大声を張り上げた。


「僕は、僕が思うまま!! 僕が望むまま!! 好き勝手にやったぞ!!」


その台詞にザッと青ざめたルックがロッドでぶん殴って強制的にシグールを眠らせた理由がテッドにはイマイチよく分からなかったが、なんだかまずいことを最後の最後までやらかしたのだろう……こいつは。
「はあ……帰ろう」
もう二度とゴメンだ、とルックは呟いて。
それには心底同意する、とテッドとレックナートも頷いた。


これ、結局シグール一人が楽しかっただけだよな。









***
終わった!!