カシム将軍が加わり、解放軍はますます勢いをつける。
このまま一気にグレッグミンスターに突入してしまいたいという意見と、もう少し静観するべきという意見で場が割れていた。
先程からちっとも発言しないシグールは、何かを考え込んでいるように視線を伏せていたが、やおら口を開く。
「帝国軍はどのくらいかな」
「解放軍の方が人数ではやや優っていますが。やはり装備や訓練の面を考えると同等と言ったところでしょう」
「ふむ……」
何かを考え込んでから、シグールは端っこに丸まっていた地図を広げた。
「クワバの城塞かシャサラザードかってことだよね」
「ここはクワバの城塞を攻めるべきでしょう。こちらは、シャサラザードを攻めるだけの船を用意できない」
「もちろん、向こうもそう考えているでしょう。船のことはお任せください」
「そこは頼むよ――テッド、よろしく」
「はいはい」
シグールの呼びかけにテッドは腰を上げた。
先程から端っこに座っていたが、誰も注意を払っていなかったと思う。
今は一斉に向けられた視線をちょっと居心地悪く感じながら、シグールが拡げた地図の上にもう一枚の略図を広げた。
「テッド、お前……」
困ったような顔をしたパーンに、大丈夫だよとシグールは得意気に言う。
「テッドは三百年生きてる大長老なんだから」
「いや、しかし……」
「こちらからシャサラザードを攻めるのはいい案だ。だがそちらへの人数は最低限に裂いて、クワバの城塞を突入する」
「待ってくれたまえ、テッド殿。しかしクワバの城塞はアイン=ジード殿が守っている」
「アイン=ジードはグレッグミンスター内で最後の防衛線に入ってる。今クワバを守っているのはウィンディのパシリだ。あいつは強いが帝国への忠誠はないからな、不利になればさっさと逃げ出すだろう」
将軍達が沈黙し、幹部達も沈黙する。
テッドの作戦はかなりギリギリのものだ。シャサラザードの兵に死に物狂いの抵抗をされたらどうなるのか。
今までマッシュの策で動いていた彼らが躊躇うのも無理はないだろう。
「マッシュ、最後の最後で横槍を入れて悪いが……」
テッドの視線を受けて、マッシュは重々しく頷く。
「よりよい策になるならば構いません。しかしこの戦力にまで減ってしまうとシャサラザードはどうなりますか」
「シャサラザードを占拠したところで、帝国軍の逃げ道がなくなるだけだ。この数の軍勢で攻め入るなら本命はクワバの城塞だろ」
「もちろんそうです。だがシャサラザードを確実に抑える必要性があるのも事実です」
うん、と頷いてテッドは略図に線を書き込んでいく。
「シャサラザードを守るのはソニア=シューレン将軍だな」
「はい、それが?」
「俺は使えるもんはなんだって使うタチだからな……シャサラザードに攻め入る頭はテオ様だ」
「…………」
マッシュは目を細め、将軍達は息を呑む。
軍主のシグールはというと、何も言わない。
「ソニア将軍は多少なりとも動揺するだろう。そこを突いて最深部で追い詰める」
カッとテッドのペンが紙の上で鳴り、一同はしばし無言になった。
「しかし……テッド殿、それは……」
「あまりにも……その……」
「俺は軍人じゃねぇから卑怯上等だ。残りの兵力はクワバの城塞だ。個別に攻めるより被害が少なくて済む」
「被害?」
「物資の供給が完全に止まってんだよ。グレッグミンスター周辺の民はこのままだと干上がるぜ」
テッドのトドメの一言に全員が黙り込み、シグールがパンッと手を打った。
「いないと思ったら、そんなことしてたんだ」
「軍主様の仰せだったんでな」
「父さん、どうする? 否と言っても僕は構わないけど」
息子に問われたテオはじっとテッドの書いた略図を見てから、ゆっくりと首を縦に振った。
「率いさせていただこう」
「テオ殿!」
「しかし、ソニア殿は……」
口々に何かを言いかけた同胞を制して、テオはしっかりとした声で言う。
「ソニア=シューレンは帝国将軍の誇りを持って解放軍にぶつかるというのなら、私も武人の誇りを持ってぶつかるまでだ」
「では細かい作戦を詰めてから作戦書をお渡しします」
マッシュの一声で場が解散となり、幹部達がざわざわと話しながら部屋を出て行く。
がらがらになった部屋で、テッドは椅子の上にひっくり返った。
「っあー! 緊張した!」
「お見事な作戦でした」
「あれ? マッシュは知ってたの?」
テッドの肩を揉んでいたシグールが首を傾げると、マッシュは笑って頷く。
「はい。私も同時進行は考えていなくもなかったのですよ」
「なんで自分で提案しなかったのさ」
テッドに美味しいところとられちゃったじゃん! と人の体を前後に揺さぶりながら言うのはやめてくれないだろうか。
疲れてるのもあって酔う……昨日こっちは徹夜だぞ。
「シャサラザードにもクワバにも指示を出す軍師が必要なんですよ。適任者を決めかねていたので」
「テッドならいいって?」
「クワバの城塞を任せろとのことだったので、お任せしようかと」
「テッドかっこいー!」
シグールに背中から抱きつかれて、首を絞められて変な声が出る。
「ぐっ、しぐーる、しぬ、死ぬ!」
「えへへへへー、テッド頑張ってねー!」
「頑張るからこの手ぇ放せ!」
二人でぎゃあぎゃあしていると、こそっとマッシュが腰をかがめてシグールに耳打ちする。
「ところでシグール殿……この二人はなんとかならないのですか」
「ならないよ」
この二人とは、気付けばマッシュに張り付いているフリックとオデッサの事だろう。
そういえば会議の間もずっと傍にいた。
「なあに兄さん、可愛い妹が傍にいるのにご不満?」
「不満というか不安です。いったい今度はなにを企んでいるのですか?」
適切すぎる兄のツッコミに、思わずテッドは噴き出しかけた。
オデッサの笑顔が怖かったので引っ込めたが。
そんなテッドの必死の攻防戦の前で、兄妹の仁義なき戦いが始まっていた。
「いやねえ兄さんたら。妹のことを疑っているなんて」
「日頃の行いを振り返ってもう一度言いなさい。で、なんなんですか」
「兄さんの仕事っぷりを観察するためよ」
「で、なんなんですかフリック殿」
「えっ! ええと……その……あの……」
いきなりしどろもどろになったフリックをシグールとオデッサは冷たい目で見る。
「なんですか?」
目を細めて(いつもだが)にこにこしているマッシュに、フリックは明らかに言い訳にも聞こえない事を言った。
「オデッサが一緒にいられなかった時間を埋め合わせたいって言うからな!」
「はい、みえみえの嘘をありがとうございます」
「グフッ」
マッシュから笑顔のカウンターを喰らい、フリックは戦線離脱した。
ドンマイだ、ちょっと相手が悪すぎる。
「しかしシグール殿、クワバの城塞を守っている者とは一体……」
「大丈夫。マッシュはシャサラザードをお願い」
「人数はどの程度まで削りますか」
「兄さんの力を見込んでギリギリまで削っちゃっていいと思うわ♪ 私とフリックもいるしね」
オデッサが笑顔で言い放ったので、マッシュは苦い顔をしてオデッサを見やる。
「こんなんだから軍師には向かなかったのですよ、オデッサは」
「ははは、そんな感じはする」
思わず同意してくすくすと笑うと、後頭部にツッコミなのか一撃なのか判じかねる強い一撃が叩き込まれて、テッドは机に突っ伏した。
角度的に……いやどう考えてもオデッサだ。
もちろん分かっていた事なのだが、クワバの城塞を守っていたユーバーは十万の軍勢を従えていた。
「シグール様、て、敵はおよそ十万の軍勢です」
「十万だとそんな馬鹿な……と一応様式美で」
形通りに驚いておいてから、テッドはレックナートに向き直る。
「大丈夫です、そのほとんどは……面倒臭いので以下略でお願いします」
「せめてある程度は言えよ!」
テッドのツッコミにレックナートはおほほほと笑ってから、両手を広げかけて……ふとこっちに向き直る。
「そういえば私の力だけでは足りませんでした」
「……え、そうなのか?」
「はい。たしかあの時は……ヨシュア殿の力を借りましたね。今回はコントロールは問題ないのですが、魔力が少々足りません」
「俺のでいいんじゃね?」
レックナートはテッドの提案に凄く嫌そうな顔をして首を横に振った。
「その力はいけません」
「使いたくないだけじゃねぇか……?」
ジト目になったテッドの横に現れたルックが、そんな事だろうと思ったよと舌打ちする。
「シグール、後で僕にいい酒奢れよ」
「つまみもセットで用意させておくよ」
笑ったシグールに満足気に唇を吊り上げて、ルックはレックナートの隣に歩み出た。
「しょうがないから力不足のお師匠様に力を貸してあげるよ」
「まあ、ありがとうございますルック」
「……イヤミなんだけどね」
この人には通じるわけなかったと哀愁を漂わせるルックの力を借りて、レックナートはさっくりあっさりウィンディの呼び出したモンスターを消し去った。
「さて、湯葉が攻めてくるだろうからさっさと出撃するぞ」
「それにしても湯葉に記憶がないのは残念だね〜」
「あったら最初から尻尾巻いて逃げてるだろ」
僕が直々に出て行ってもう一回ぶん殴ってもいいけどね、としれっと怖い事を言ったルックだったが、シグールは冗談と捉えたようだ。
「ペットはちゃんと躾けないといけないものね」
前言撤回、本気の会話だ。
「まあ湯葉は動物だから躾けやすかったよ」
「ああ、アルベルトの方が苦労したって言ってたよね。結果的になんか本売られたし」
「……その件についてはこれ以上話したくない」
会話をぶった切ったルックが魔法隊として先陣を切って、戦線を開く。
十万が激減した帝国軍は、あっという間に総崩れとなり、さっさと解放軍の元に下った。
どうやらユーバーは早々に逃げたらしかった。
指揮者を失って総崩れになった帝国軍をいっそ哀れに思いつつ、テッドは忍者から情報を受け取る。
「シグール」
「ん?」
「シャサラザードの攻略完了。テオ様の説得に応じて、ソニア=シューレンが仲間になったそうだ」
「うわ、早いね。戦争もこっちより難度高いだろうに」
シグールは目を細めて、シャサラザードの方向を見つめる。
シャサラザードが手に入ったということは、帝国軍に後はなくなったという事でもある。
退却もできないし、援軍も期待できない。
「一度戻るよ、テッド」
「ついに終わるか」
「最後の最後まで気を抜いちゃダメだよ」
「……?」
シグールがにやりとしながらそう言ったので、テッドは首をかしげた。
勝利するまで気を抜くなという意味……ではないっぽい。
何かテッドが知らないイベントでもあるのだろうか。
「ああ、ちゃんと宿星を集めとけって意味……か?」
でもそれは俺に関係あるのか? と思いつつ、テッドは軍に指示を出しながら本拠地への帰還を開始した。
***
書いていない部分でテッドが暗躍してたりしてなかったり。
ソニアはテオがいれば楽そうです。なんとなく。
……シリアスでいくと相打ちとか(げふげふ