あっさりと北の関所は落ち、シグールはグリフィスの処断(もちろん助けた)を決めてから、彼を連れてモラビア城に行く事になった。
レパントとハンフリーに軍を任せる事に関しては異論はないし、更にミルイヒとクワンダも補佐で付いていくし、更に問題はないだろう。
あとはモラビア城に首尾よく忍び込めばいいわけだ。

「グリフィス、あなたは私を……」
指示しかけたマッシュを止めて、シグールは隣にいた父を示す。
「マッシュ、人質には父さんがなるよ」
「は? いえ、しかし……」
「マッシュ殿、私はこの解放軍の一員だ。軍主がそうと命じるのなら従おう」
「ですが」
「失礼ながら万が一何かがあった場合、マッシュ殿では守られるしかないでしょうし」
テオの申し出にマッシュは一瞬考え込み、何か言いたげな視線をシグールへと送ったがシグールは気付かないふりをする。

スパイが動くのは、シグールが記憶するあの局面だけとは限らない。
ここまで終盤になれば手の一つや二つ打っておきたくもなる。
「わかりました。それではテオ殿にお願いしましょう」
「ああ。よろしく頼みますぞ、グリフィス殿」
「い、いやテオ様に頭を下げられるような人間じゃねぇや……」
やりにくいなあと苦笑したグリフィスの横で、シグールは人員を発表する。

「グリフィスに父さんはいいとして……カスミ、クリン、後は……じゃあローレライにルビィかな」
前衛三名だったので後衛を強化し、シグールは一同を率いてモラビア城へと向かう。

道中、カスミとクリンが何やら言い争ったり、グリフィスが案外演技派な事を発見しつつ、一行は見事にモラビア城へと忍び込む。

グリフィスとテオを置いて(正直すぐにばれそうな気もするけど)奥を目指して駆けていく。
「随分シンプルな城だなぁ」
盗み甲斐がないねぇとクリンが笑うと、なんてことを言うの! とカスミが眦を吊り上げる。
「カシム将軍は実用性を重んじる人だからね、華美なものは嫌なんじゃないかな」
シグールの解説になるほどーとクリンとカスミが頷いていると、ローレライがなにやら興味深げに先程ルビィが放って壁に突き刺さった矢を抜いていた。

「どうしたのローレライ?」
「ここの石はどこからのものだろうと思ってね」
予想外の質問にシグールは素で首を傾げた。
「さあ……? 近場だとは思うけど」
「よその壁より強いように思える。エルフの矢なのに食い込みがあまり」
「……それは俺の腕が悪いという意味か?」
眉を上げたルビィを振り返って、ローレライは首を左右に振った。
「そういう意味じゃない。シンダル遺跡では傷もつかない素材が使われているから、この石もその素材に似たところがあるのかと思っただけだ」
「敵陣のど真ん中に潜入してるのに、よくそんなこと考えてられるわね」
呆れる前に尊敬するわ、とカスミが苦笑し、クリンが笑う。
ローレライは名残惜しそうに欠けた壁をなぞってから、手を離した。

「シンダル遺跡に入ったら用心した方がいいぞ」
「誰が入るか」
忌々しげに舌打ちしたルビィにはお構いなしに、ローレライは心得のようなものを彼に叩き込んでいる。
そういえばキリィと並んでかなりの遺跡マニアだった気がする。
「普通矢は折れていなければ回収するだろう、だがシンダルの遺跡では壁にぶつかって先に鏃がダメになってしまうからな。放つ方向を上手く調整しないと」
「ローレライは前に遺跡に入ったことあるんだね」
ルビィの機嫌がそれ以上悪くなる前に、とローレライの注意をひきつけると、彼女は重々しく頷いた。
「ああ」
「弓だと大変だった?」
「大変だったさ。初めて扱う武器だったし、いろんな方向に飛んでいって矢はダメになるし、連れには怒鳴られるし散々だ」
「へえ」

大変だったんだねぇと適当に相槌を打ちながら、一行はようやく牢屋の前までやってきた。
なお途中で綱渡りがあったが、全員身軽にこなした。さすがだ。
……フリックをつれてきたかった。

「シグール様、ここがそうみたいですよ」
カスミに言われて覗き込むと、見慣れた顔が一人転がっている。
「遅いぞぉシグール。待ちくたびれたぞ」
「故郷に帰って捕まってるなんて、芸がないねぇビクトール」
にやりと笑って手を出すと、ビクトールもにやりと笑ってハイタッチした。
「言ったとおりだろウォーレン」
「ああ、そうだな。シグール殿、助かりました、礼を言います」
ビクトールの言葉に頷いて、ウォーレンが礼をしてくる。

「あまり時間がありません。急いで逃げましょう」
「そうだね。父さんがそんなに上手くごまかせるとは思えないし……」
ウォーレンを仲間にして、バタバタと慌しく一行は駆ける。
もちろん戻ってくるのが面倒臭い事この上ないので、ヴァンサンも引っ掴んで脱走開始だ。
「おお、心の友よ!」
「いいから、足動かす」
絡んでくる相手を叱咤しつつ、謁見室にまで逆戻りだ。





「おっ、どうやら出番に間に合ったようだな」
真っ先に駆け込んだビクトールがにやりとして言うと、カシムはさすがに青くなる。
「むっ……」
「父さん、無事だね」
駆け込んでテオの安否を確認すると、彼は重々しく頷いて一歩カシムに踏み出した。

「友よ」
「……なにが友か、お前は都市同盟の奴らにこの土地を蹂躙させるのか!」
怒りに震えたカシムに、テオは鋭く答える。
「皇帝陛下は赤月帝国全土を蹂躙しているのだ」
「な……なんということを! 継承戦争の誓いを忘れたか!!」
友よ、とテオは呟いてもう一歩前に出る。

カシムが今剣を抜けば、すでにその間合いにいるテオは容赦なく攻撃されるだろう。
テオは捕虜である事を示すために、今は武器を携帯していない。
案の定、憤怒の形相のカシムが腰の剣を抜こうとした瞬間、シグールは地面を蹴って彼の真横に回りこんだ。

「将軍、刀を納めてください」
「むっ、シグールか……あの時以来だな」
「どうか父さんの話を聞いてください」
シグールはカシムの真横に立っていて、棍で完全に彼の腕の自由を押さえていた。

ままならぬと知ったのか、カシムは諦めたように首を横に振る。
「確かに皇帝陛下は……しかし」
「カシム、本当に今の皇帝陛下は我々が知る陛下だろうか? いやいい、お前の言いたいことはわかっている。私も――たとえ皇帝陛下が変わろうとも彼に忠義を尽くすのだと誓った。だが――それは、あの方が守りたかったこの国を踏みにじることではないのか?」
「……それは……しかし」
「私は陛下を尊敬している、忠義を誓った。だがな、カシム。私が忠義を誓ったのはこの国を平和に治める陛下なのだ。この国を滅ぼさんとしている今の陛下を見たら――あの頃の陛下はなんとおっしゃるだろうか。止めろとおっしゃるのではないだろうか」

止める権利などないかもしれないが、とテオは視線を伏せて言う。
「ここまでなにもできなかった私達にそのような権利はないかもしれない。だが、責務は果たさねばならぬ」
「責務……」
「お前がこの地で都市同盟の侵略を食い止め続けている理由はなんだ、カシム!」
声を荒げたテオに、カシムははっと目を見開く。
「私は――この地の民を守るために……」
「それなら、力を貸してください」
静かに言って、シグールは棍を下ろした。

「皇帝を止め、帝国を救うために。この地は必ず解放軍が取り返します、必ず」
頭を下げたシグールを見下ろしていたカシムはその表情を少し和らげ、ゆっくりと頷いた。
「そうだな……民への責務を忘れるところであった。よい息子を持ったなテオ」
「――ああ」
頷いたテオとカシムは硬く握手を交わした。








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シナリオでは説得はミルイヒの役目ですが、テオになると理由もちょっと変わりました。