とたとったたと走ってマッシュの所へ向かう。
ウォーレンとビクトールを助けてくれという旨をタガートから話を聞いて(ついでにヴァンサンもいたはずだ)、マッシュと視線を交わした。
「シグール殿。解放軍はいまだ、軍隊としては統率が取れておりません」
「わかってる。もう少し訓練をする必要があるね」
こくりと頷くと、よくお分かりでとマッシュの表情が緩む。
「はい、カシム=ハジルが来る前に兵達の訓練をしておくことが必要と思います」
「わかった」
「準備はお任せください」

つくづく良くできる軍師だなあと思いつつ、シグールはできるだけのメンバーの武器を鍛え上げ、防具の見直しをし始める。
怪訝な顔をしたフリックが近づいてきて、彼の手元を覗き込んだ。
「おい、リーダー」
「僕の名前はシグールだよぅ、青雷」
「……シグール」
「なあに?」
手を止めて振り返ると、全身青の顔は二枚目でも中身は察してくださいな男が腰にオデッサ++を引っ提げている姿が目に入る。
うん、改めて文章にすると結構面白い。

「なにをしてるんだ?」
「防具の確認。フリックもしておいた方がいいよ」
「はぁ? 近々戦争でもあるのか」
「明日の訓練は本気の訓練だもの、ちゃんと防具も装備しなきゃ」
「そんなもんかぁ?」
そんなもんだよ、と言いながらシグールは手にしていた兜を横に置くと、傍らに転がっていたそれを拾って、立ち上がる。

「水拭きでもするのか? んなもの雑兵に任せて」
「ううん、こうするの☆」
持ち上げたバケツを逆さにし、振り上げて――頭にセット♪
「!?」
いきなり頭にバケツを被せられたフリックが奇妙な声を出したが、それも込みでおかしかったので、シグールは大満足して親指を立てた。
もちろんフリックに立てたのではない。

「いいわシグール! ああフリック……素敵よ!」
いつの間にか二人の様子を窺っていたらしく、すぐ後ろにいたオデッサが親指を立てている。
まさに気分はグッジョブ! だ。
「オ、オデッサ!? オデッサなのか?」
よりによって彼女に見られたというフリックの顔は、おそらくバケツの下で真っ赤または真っ青なんだろうが、彼にはぜひこの光景を見て安心してほしい。
バケツを被った君に、オデッサは三割増で惚れ直している。なんなら一生被っていろと言いかねない表情の輝きだ。

「いいわフリック……そのバケツの輝きが青いマントにベストマッチのスペシャルマッチで、完璧なオブジェでもあり、動くと更に魔法のような現象ね!」
「あの……オデッサ、なにを言っているんだ?」
「その格好素敵ねって言っているのよ」
「…………」
「ああ、でも青いバケツだともっとよかったのに!!」
黙ってしまったフリックの肩が落ちているので、たぶんあれは落ち込んでいるのだろう。

逆にオデッサはうきうきした顔できゃあきゃあ言いながらフリックの周りにまとわりついている。
なんだか自分が思った以上にオデッサに好評だったバケツフリックだが、いつまでも彼をまじまじと見ている余裕はないので、ご機嫌がいいオデッサを手招きしてこしょこしょと囁く。
「お願い。バケツフリックの礼だと思って」
「うふふ、こんなにいいもの見せてくれたなら文句ないわ、任せておいて」
フリックのバケツ姿でオデッサの全面協力が得られるなんて安いものだ。フリックには今後もどんどんバケツを被っていただきたい。
というわけで一つフラグを立てたので、さっさとその場は立ち去る事にして背を向けた。















それからうろうろして準備を整えて、部屋に戻るとまだテッドがいた。
「あれ、まだいたのテッド」
「まだいたのじゃねぇよ……まあいくつか考えたけど、現実性を考慮して絞るわ」
「さっすが! じゃあ僕はもう寝るね」
「は?」
「ああ、訂正。マッシュがく――」
コンコンとちょうどそこにノックが響いて、はあいとシグールは答える。
入って来たのは予想通りマッシュだった。
「シグール殿、実は……」
「わかってるよ。訓練のふりをして北の関所を攻めるんでしょ」
「やはり汲んでいただけましたか。装備の強化も十分かと」
「あれ以上やるとさすがに本腰なのがばれるでしょ。ああそうだ、マッシュ」
さりげなさを装って、シグールは言った。

「今から君にオデッサとフリックを護衛につける」
「は? 私ですか? しかし……」
「大丈夫、フォローはちゃんとする。明日はもちろん仕切ってくれていいんだけどね」
「なぜですか?」
「二重三重に用心しとけっていうのが、商売人の心得なんだよ。大量に仕入れて値崩れが起きた時とか困るじゃん?」
「なにを爽やかな顔で言ってるんだお前は!」
背後にいたテッドに本気のツッコミを入れられそうになって、シグールは慌ててかわす。
「あっ……ぶないなぁテッド」
「うっかり三百とか言いかけた俺をお前は笑えるのか!」
もちろん笑える! と胸を張ると今度は避けられないデコピンを食らわされ、シグールが躍起になって掴みかかろうとすると、横で忍び笑いが聞こえた。

「ああ、すみません。シグール殿もそのような顔をされるのだな、と思って」
笑っていたのはマッシュしかいないので、二人の視線を浴びせられるが、ちっとも動じた様子はない。
やっぱりよくできた軍師だ。
「そりゃあ僕もお年頃だし……テッド、痛い、足踏まないで」
いつの間にか自分の足の上に乗っている足の持ち主は、嫌そうな顔で答える。
「お前のどこがお年頃なのか俺にもわかるように教えてくれや」
「マッシュ、テッドが酷いよねー?」
「やめろぶりっ子」
「うるさい十円はげ」
「おっ……お前それは言っちゃいけないことだよな! 原因がお前だし!」
「そんなの責任転嫁だ!」
「正々堂々とごまかすな!」

ぎゃあぎゃあと言い合いをしてふと気付くと、マッシュがいなくなっていた。
なんだか一気に色々空しくなって、シグールとテッドは同時に溜息を吐く。
「なにしてんだ俺達は……」
「片や五百歳なのにね……僕も本来二百歳越えだし」
「よ〜くわかってんじゃねぇか」
直視したくないけどねえ、と笑ってシグールはベッドの上にひっくり返った。
「あー眠い! 一緒に寝ようよーテッド」
「もうちょっと作戦考えたいんだが」
「いいじゃん、僕が戦争行ってる間に考えておいてよー」
ごろっとベッドの上で転がってからテッドを見上げると、しょがねーなーと苦笑した彼が靴を脱いだので、シグールも笑って自分の靴を脱ぎ捨てた。





 


***
オデッサからフリックへの愛は時に痛い。