シグールがぶらぶらと軍の書類をまくっていると、ひょいっとそれを斜め上から取り上げられた。
「おい、のんきだな軍主様」
「のんきだよーう」
「北方が完全に手付かずじゃねーか。まだグレッグミンスターには届いてねぇだろ」
「北の関所はちょろいもの。それに僕もただのんびりしてるわけじゃないよ」
ほほう? と眉を上げたテッドにシグールは伸びをしてから、抗議する。
「軍資金とか仲間集めとかの采配してる」
「お前自身はなにもやってないだろ」
「僕は最大の敵についてちょっと考えてた」
「ウィンディか」

違うよう、と首を振ってシグールはコキりと首を鳴らす。
「ウィンディに関しては、ルックが特上のワイン持ってレックナート様を説得してくれたから大丈夫」
「じゃあ湯葉か?」
「湯葉のどこが最大の敵なのさ」
「……え、じゃああとなんかいたっけ?」
「ソニア=シューレンだよ。あのおば……将軍は苦手なんだよなぁ、僕」

ソニア=シューレンはテオに想いを寄せていた女性だ。
彼を倒したシグールとの間には(最終的に仲間になったとはいえ)微妙な確執が存在していた。

まあ忘れ形見のように可愛がられてもそれは非常に微妙なので、結局あの無難と言えば無難な距離でよかった気もする。
でもあまりにも微妙だったその関係が、シグールに二の足を踏ませてはいる。
「普通にぶん殴って連れてこればいいだろうが」
「いやぁ、父さんが生きてるからね。なんか話がこじれそうじゃない? 逆に」
「……………………俺ぁ知らん」
そっぽ向いたテッドにシグールは溜息を吐いて、脇に寄せてた紙束を押し付けた。

「な、なんだこれは」
「もう一つの悩み事」
「あぁ?」
「アイン=ジードをどうやって説得するか。なんか個人的にはそんなに思い出もないし、宿星でもないんだけど……ここはコンプを狙いたいじゃない?」
「……可愛らしく首傾げてもあんま説得力ねーからな」
失礼な事を言って、テッドはそれをぺらぺらと捲る。
合間合間に殴り書いた作戦だが、シグールとしてはどれも微妙なのだ。
「テッドー」
おねがーい、と両手を合わせると、呆れたような顔になった。

「ちっとも可愛くねぇぞ」
「でも僕は可愛いでしょ?」
んねv と笑ってみせるとはあっと大きな溜息を追加されたけど、結局テッドはやってくれるんだから好きだなあ。

そんな事を思っていると、そういやアレはどーすんだ? とテッドが首を傾げたので、シグールも釣られて首を傾ける。
「アレってなに?」
「サンチェス」
「ああ、彼か。大丈夫、マッシュはちゃんとわかってるから作戦用意してくれるよ」
「つくづくお前の軍師は優秀だな」
「僕の参謀も優秀だよね?」
「……はいはい、精々アイン=ジードを適当に面白く持って帰る方法を考えますよ」

これまでに『フリックドッキリ大☆作☆戦』とか、ソニエールのイベントまるっと回避とか、ウィンディ一行を撃退作戦とか、ウィンディ穴に落とし作戦とか考えてきたテッドは、シグールのツボをよく心得ている。
これは彼に任せば大丈夫だろうと判断して、シグールはうんとこしょと腰を上げた。

「どこに行く?」
「そろそろ色々動かしてくる。テッドは来なくていいから、最終決戦までのんびりしててね」
「はいよー」
親友に手をひらひら振って、シグールは軍主部屋を出る。

すぐ外に控えていたグレミオが、坊ちゃんと言いながらシグールの服を直す。
「ここがよれてますよ」
「ありがと、グレミオ」
「お行儀悪く椅子に座ってらしたんじゃないですか?」
「えへ」
へらっと笑うと、「全くもう」とグレミオも笑いながら裾まで正してくれた。
「はい、これでよろしいです」
「ありがと」
「また、お出かけですか」
ちょっとしょんぼりしているようなその顔を見上げて、大丈夫だよとシグールは笑う。
「はいよるねんえきを狩りに行くわけでも、ガスパーをカモるわけでも、ちょっと各地の市場どうこうとかそういうんでもないから!」
「……そうですか」
若干信用していなさそうな目を向けられてちょっと悲しい。







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グレミオも後半になるとたくましくなったようです。