リュウカン曰く、竜達が目覚めない理由は毒だとの事だった。
解毒するには材料が必要で、その材料を調達しなくてはいけないのだ。
……そんな説明、今更受けずとも分かっている。
「で、首尾はオッケーだろうねルック」
月下草を採りにシークの谷に向かう前に本拠地に戻ってきていたシグールに捕まり、ルックは溜息を吐いて報告した。
ついさっき戻ってきたばかりなのに。
「あんたが言った通りにしてきたよ」
「ありがと。それじゃあルックもついてきて。後はフリックと……ミリアが固定だから、えーっと……」
唸りながらパーティを指定しているシグールを横目で見ながらルックは聞いた。
「今更だけどさ」
「なに?」
「テッドはどこにいったのさ」
「テッドは今休暇だよ」
「は?」
「囚われのお姫様。ルックが王子様役したいなら僕と立ち位置変更するけど?」
「やなこった」
察してルックは鼻の頭に小皺を寄せた。
何を考えてるんだこのソウルコンビ。
わざわざウィンディのところへテッドをやって、あえてあの時になぞらえるなんて、一歩間違ったらあの時の二の舞になるというのに。
……まあ途中から全く違ったものになるのは目に見えてるか。
こいつらが失敗するわけがない。
「そもそも、あれが囚われの姫だなんて可愛げあるの?」
「無力でもないよね」
「……あんたら、今回どれだけの人をからかったら気が済むのさ」
「たぶんテッドがいたら、「「ら」とか俺とシグールを同じにするな!」って怒ると思うなぁ」
「…………」
しれっとルックの言葉をかわしたシグールは、うんこれにしようと頷いた。
「シャレのわかる面子にしたよ」
「シャレって……」
「僕、ルック、フリック、オデッサ、ミリア、父さん」
「あんた自分の父親を平然と……いやいい、やっぱいい」
力なく呟いてルックは視線を逸らした。
せめてそこはシーナとかにしてあげればいいのに。
なんでよりによって真面目な帝国軍人の父親を選ぶんだあんたは。
「いやあ、実は父さんもウィンディにそんなにいい思いを抱いてなかったみたいでさ」
いい機会だと思ったんだよね、やっぱり身内の憂いは晴らしてあげないと。
いけしゃあしゃあと言い放ったシグールに、ルックは倒れそうになった。
だめだこの息子。
シークの谷は辛気くさい場所である。
ちょっと前までここで辛気くさい事をしていたので、よけいに気が滅入る。
どうでもいい話をぐだぐだしていると、やっと目的地に着いた。
わずかな保存食と水で、ここで延々作業をした思い出が蘇る。
まあルックはモンスター退治と現場監督と転移の三つが担当だったので肉体労働はほぼゼロだったのだが、フリックはずっと肉体労働だったので、思い出してげんなりしている様子だった。
「……そういえば」
「なに?」
シグールがミリアの案内で前に進んでいるのを見ながら、フリックが小声でぼやいた。
「ここに来た目的は月下草なんだって?」
「みたいだね」
「それってあの穴のすぐそばに生えてたあの花じゃないのか。なんで俺たちがとって持って帰っちゃだめだったんだ」
「すぐわかるよ」
目的地のすぐ手前にぐるぐる回転していたクリスタルコアはさっくり叩きのめされ(シグールとオデッサのレベルがもう反則だ)一行は月下草に近づく。
「これのことだよな」
「そうよ、それが月下草、気付け薬の材料よ」
響いた声にフリックは腰の剣に手をかける。
「誰だ、今の声は! 出てこい!」
フリックの叫び声に答えるように、ウィンディが姿を現す。
その場所は彼らと月下草の間。
被せられた土の、ほんの一歩だけ奥だ。
「よくここまで来たわね。お久しぶりねシグール」
「…………」
シグールはその場でウィンディを見上げている。
目測を誤ったのだろうか、気付かれたのだろうか、ウィンディの足はぎりぎりで穴の縁にある。
「さあ、シグール。そろそろ解放軍ごっこも飽きたでしょう」
「そうだね」
あっさりウィンディの言葉に頷いたシグールは、右手を差し出す。
手袋がつけられていない剥き出しの手の甲には、ソウルイーターが浮かんでいる。
「でもこれは渡さないよ」
「力づくで奪ったりはしないわ。そうね、もうちょっとエレガントな方法で。出ていらっしゃい、テッド」
ウィンディの横に現れたのは……もちろんテッドだった。言うまでもないし、見るまでもない。
そしてテッドは決まっている台詞を呟く。
「久しぶりだなシグール」
シグールはその言葉ににっこりと笑った。
「そうでもないけどねテッド」
「違いねぇ」
にかりと笑ったテッドは、ウィンディの真後ろに回る。
シグールの左手の動きで、オデッサとテオが穴の手前まで移動。
後はもう、考えなくても決まっている。
ものすごくイイ笑顔のテッドが、ウィンディの背中を押した。
「テッド、お前なにをし……きゃぁああああああああ」
ドサッとウィンディの足下の土が抜け、彼女の体は重力に従ってまっすぐ真下に落ちる。
うん、十分深かったようだ。
「な、なにを……」
目を白黒させながら頭上を見上げているウィンディに、シグールがにっこり笑顔で言い放った。
「のこのこと来たねぇ、ウィンディ」
「っ……」
「この俺がうかつにお前に捕まるわけないだろ。まあ休暇は結構休暇になったけど」
テッドが肩を竦めながら、手袋を取り去った。
「あら、斥候任務じゃなくて休暇だったの? じゃあ今後はしゃかりきになって働けるわね」
「気分転換ができたならよかったな」
オデッサ(確信犯)とテオ(天然)の「休暇済んだならしゃきしゃき働けよ」攻撃に、真っ青になったテッドはぶんぶんと首を横に振った。
「仕事です仕事! ほとんど仕事でした!」
そんな漫才を見つつ、シグールは笑顔で穴を見下ろす。
「さてと、大丈夫だよウィンディ。今から魂をちゅるんと吸うだけだからね」
「おう。じたばたすると痛いからおとなしくしてろよー」
笑顔のダブル裁きが炸裂する前に、ウィンディの姿はそこから消えていた。
なんだ残念とか呟いているシグールとテッドのコンビは、金輪際敵には回すまい。
その後、すったもんだあって薬の調合の結果、竜達は無事に目を覚ました。
ヨシュアが率いる竜洞騎士団は解放軍に与する事を了承し、そして竜騎士の一人は、竜を失った。
「…………」
無言で隣を歩くフッチを見下ろして、ルックは深い溜息を吐く。
彼は今後新しい相棒と出会い長い時間を過ごすが、今の彼にそんなことを言っても何の慰めにもならないし、嘘っぱちにしか聞こえないだろう。
「ねえ、ちょっと」
「…………」
「ちょっと、あんた」
「…………」
「フッチ! 辛気くさい顔で僕の近くにいないでくれる?」
名前を耳元で呼ぶと、ようやく顔を上げる。
「あ……ああ、悪い」
「相棒を失ったことがきついのはわかるけど……ブラックはあんたを庇って死んだんだし。でも、あんたとブラックのおかげで竜達は目を覚ましたんだよ」
もっと誇っていいんじゃない、と言うとフッチはぐしゃぐしゃと顔を服の袖で拭う。
「おう! ありがとうなルック!」
「いや感謝されることじゃ……ないけど」
僕より身長がなかったんだなこの頃は、とか思って素直に感謝されてあげていると、ひょいっと通りかかったシグールがくすくす笑った。
「美少年コンビだ」
次の瞬間、ルックがロッドでフッチを叩きのめしていたのは想像に難しくない。
***
フッチはササラ……混線しました。
このシリーズである意味一番やりたかった事は達成いたしました。